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たすけて
たすけて・・・・・
たすけて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
声がした。
声がした。
どこからか、声が聞こえた。
どこからか?
夢の中からだ。
夢の中で、声がした。
知らない女性の声だ。
助けを求めているような、そんな声ではなかった。
でも、どこか懐かしく感じる、不思議な声だ。
誰なのか、本当に分からない。
誰の声か見当がつかなかった。
覚えているのは、それだけだった。
朝だった。
「やれやれ、最近はこんな夢ばかり見るな」
独り言が多くなった俺は、習慣のようにテレビを点け、身支度を始めた。
顔を洗い、髭を剃る。
髪も整え、スーツに着替える。
朝は食べない。時間が無いから。
なんとなくだが、助けてって、きっと俺自身の願望だろう。
正直、死にそうだ。
俺はフリーランス扱いだが、結果として働き方改革の外に居る存在になる。
つまり、奴隷労働だ。
それでもうまくやっている奴は居るが、その分、俺みたいなのが割を食っているんだろう。
「俺が助けて欲しいよ」
愚痴をつぶやきながらも、健気に出勤することにした俺だった。
天気予報は晴れと確認してから、テレビを消した。
以前、夕立の予報を見逃してしまい、急な雨にあったからだ。
「ゆっくりしてると、遅刻するぞ」
自分に向かってつぶやく行為を、いつしか恥ずかしくなくなっていた。
いいことではないな。
俺はせっかく整えた頭をポリポリ掻きながら、靴を履いてアパートを出ることにした。
「どこがフリーランスだよ」
やめやめ。
独り言はやめ!
通勤電車に揺られ、いつものように会社に着くと、ふと、ここ、火事になんないかなあとか思った。
ああ、ダメだ。
発想が危険域に入っている。
「諦めよう」
俺はいつものように、作業を開始した。
社畜以下の扱いとなっている俺は、今日も散々働いた。
ほとんど休憩も取らずにだ。
しかしその日は、意外に早く帰宅出来そうだ。
仕事も順調だし、クレームも来ない。無茶な指示も出ず、そもそも面倒な上司も出張で居ない。
まあ、フリーランスに上司も何も無いんだけど。
「お疲れ!」
まだ居残る同僚に挨拶し、背中に浴びせられる怨嗟の声を聞き流しながら、俺はジャケットを肩に引っ掛けた。
この呪われた社屋から、一目散に退散するために。
「手伝ってくださいよお」
それが最後に聞いた、同僚の声だった。
俺の仕事を手伝ってくれたこと、一度でもあったのか?
大変だから手伝ってくれと頼んだ時、さんざん嫌味を言っておきながら、手伝ってくれずにさっさと帰ったことを俺は忘れてないぞ。
「手伝って欲しいのは、俺だっつ~の!」
そう独り言をつぶやいた時だった。
ふと、道路を見た。
そこに見えたのは、異様な光景だった。
その光景に、俺は唖然とした。
そこに、人が居たからだ。
人が、道路のど真ん中に座っていた。
でも何で、俺はそっちを見たのだろうか?
まるで何かに吸い寄せられるように、自動車が走る夜の道路を見てしまった。
「外国人か?」
車のライトに反射して光る、銀色の長い髪。
女性が身にまとう白いドレス風な服は、こんなビジネス街には場違い感一杯のはずだが、不思議と違和感が無かった。
「パーティの帰りか?」
恐らくは、北欧系の人かな?
遠目から見ても、かなりの美人だが、よく見るとどうも大人ではないようだ。
しかし、子供でもない。
でも、いったいそこで何してる?
ここは観光地ではないし、何でこんな場所に外人が居るんだ?
なんで、道路に座っている?
う~ん、もしかしたら向こうの国では、こういう道路に座るのはアリなのか?
いやいや、いくらなんでもそれはないだろう。
いずれにせよ、放ってはおけない。
「お~い!危ないから、こっちに来い!」
俺のキャラではない。
普段の俺なら、こんなことはしないはず。
人目を憚らずに、大きな声で呼びかけていた。
どうしてだろうか?
「お~い!」
英語で呼び掛けるか?
「ええっと、何て呼ぶんだったっけ?」
その時だった。
たすけて
「え?」
たすけて
「え?なんだ?」
どこから聞こえる?
どこだ?
どこなんだ?
たすけて
少女は口を閉ざしているように見えるし、声がこんなにはっきりと聞こえる程近くには居ない。
助けを求めるような人は、せいぜいあの少女しかいないが、どう見ても助けを求めているようには見えない。
たすけて
何なんだ?
「だれなんだ!」
俺は思わず、声を荒げてしまった。
すると、俺の荒げた声に気付いたのか、少女はこっちを見た。
なんとなく、嫌な感じがした。
少女はその場からゆっくりと立ち上がり、こっちに向かって歩き出した。
左右を確認せずに。
「おい!危ない!」
トラックが猛スピードでやってきた。
クラクションも鳴らさずに。
道路に少女が居るのに、気付いてないのか?
居眠りか?
それとも、ながら運転か?
「気付けよ!!!」
咄嗟に俺は、その場から走り出した。
こんなの、俺のキャラじゃない!!!
その時だった。
少女と目が合った。
少女の目は、深い紫色をしていた。
紫色の瞳は、宝石のようでとてもキレイだと思った。
少女は、俺を見て笑っていた。
笑って、両手を広げた。
まるで、俺を招き寄せるように。
ああ、本当にキレイな少女だ。
吸い込まれそうだ。
・・・・・・・・・・。
バカ!!!!
そんなことを考えてる場合か!!!
俺は少女に向かって叫んだ。
「よけろおおおおおおっ!!!」
俺は、何かにぶつかった。