ドキドキトキメキ!ラブストーリー!(にはならなかった)
以前連載短編集に載せていた小説です。
連載から短編への移行作品となります。
平民の少女が王子様に見初められるお話、転生して悪役になった少女が自らの手で意中の相手と結ばれるお話、近所のお兄さんとのドキドキラブストーリー……。そんな、胸がときめくような、甘酸っぱくて少し切ない恋愛小説が大好きだった。「私もいつかこんな恋をするんだ」、そう思っていた。
しかし現実はどうだろうか。近所に住むのは恋愛に興味も無い悪ガキばかり、王子様がお忍びで街へ下りてくることも無く、事故死して転生するような事態も起こらない。毎日家の手伝いをして一日が終わってしまう。ときめけるような出来事なんて、そもそも起こらなかった。
「あーあ、私もドキドキしてみたい」
「ドキドキしたいの?じゃあ俺がお前をドキドキさせてあげようか?」
欲求が強すぎて思わず出てしまった声を誰かが拾った。慌てて振り向けば、そこには近所で一番の悪ガキと称される、私より一つ下の少年が立っていた。容姿は悪くないのにしょうもないイタズラばかりしている、所謂「残念なイケメン」というやつだ。
誰があんたみたいなガキと、と言おうとして、ふと考える。
"近所に住むイタズラ好きの年下イケメン"
……ラブコメのようなその字面、悪くない。中身は子供だけどイケメンだし、そのままゴールインすることもやぶさかではない。
「アンタなんかが私をドキドキさせられるの?やってみなさいよ。お手並み拝見してあげる」
***
心臓がバクバク言ってる。呼吸が荒い。足はガクガクするし、しがみつく手が離せない。
「どーお?ドキドキしてるー?」
煽るように見下ろしてくるクソガキに対して言い返す余裕も一発殴る事も叶わないのがもどかしい。
恐怖で青ざめる中、これだけは言わせてほしいと、渾身の力と勇気を振り絞って叫んだ。
「――こういうドキドキは、求めてないっ!!!!」
容赦なく吹き上げてくる風、ゴツゴツした岩肌――私が今居る場所は、崖だった。
あの後山につれて来られて「登山デートかな?」なんて呑気に思っていた数十分前の自分を殴りたい。崖の淵までやってきたかと思えば、このクソガキはあろうことか私を崖に突き落としたのだ!!
一応ちょっと下に広い足場があり、私はそこに落ちた。クソガキは「ちゃんとそこに落ちるように計算して突き落とした」なんてほざいているけど、その計算が狂ってたら……と思うとゾッとする。
なんとか登り切った私は四つん這いになってゼェハァ息をする。そんな私の元にしゃがんだコイツは一言。
「ドキドキしたかったらいつでも俺に相談してよ。もっとドキドキさせてあげるから」
そのムカつくまでに整った悪魔の笑顔が私の拳で歪められるまで、あと1秒。
お読みいただきありがとうございました。
ちなみに落とした時に足場の上に上手く落ちなかったり、登っている最中に落ちそうになったりしていたらクソガキが助けてくれる予定でした。助けてもらっていたらラブストーリーが始まっていたかもしれません。