表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海賊公女は七つの海を越えて  作者: たなかし
第一章 旅立ちのレコンキスタ
3/41

第二話 幽霊船

 ここは奴隷貿易船。奥の子供たちはもう寝ている。私と同じように海賊に連れ去られ、この船の奴隷商人に売り渡された。

 地中海では奴隷貿易は禁止されているから、市場というのはアゾレス辺りなのだろうか。確かあそこには、ブリタニア貴族相手の奴隷市場があったはず。


 そして私は記憶を辿る。


 ――そう、私はあの日舞踏会でリシャールに「船を操舵そうだしたい」とおねだりした。急なわがままだったけど、翌日彼は小型バルシャ船を手配して、沖に出てから私に舵を任せてくれた。


 そして私の操舵する船は、海賊船に衝突した……。


 リシャールはそのとき、もう船上にいなかった。衝突の衝撃はすごかったし、そのときに海に放り出されてしまったのかもしれない。私のせいで……。

 どうにか、無事であって欲しい。私は信じてる。彼は生き延びて、きっとお父様に報告してくれたはず。そうなれば……私がさらわれたとあっては、イスパニアの無敵艦隊だって黙っちゃいないわ。

 もうすぐ救出に来るはず――と考えて、あれからもう一年なのよね……。


 衝突した海賊船にいた赤髭の男。ターバンこそ巻いていたけど、顔立ちはアラブ人のようには見えなかった。とにかくあいつが私を、奴隷商人に売り飛ばしたのだ。そして現在に至る、と……。


「――マリア聞いてるかい? まぁ明日売られちまえば、もうこんなことしなくて済むさ。まぁここ以上に、ひどい目に合うかもしれないけどね。ひっひひ」


 あのときのことを回想していると、おばさんはそう言って笑った。


「ねぇおばさん、私をこの船に売った赤髭の男のこと知ってる?」

「あぁ? ハイレディンのことかい?」

「ハイレディン?」

「あぁ、あれはかなりやばい奴だよ。船乗りなら、知らないやつはいないだろうさ」


 私は知らない……まぁ、船乗りじゃないしね。


「バルバロス・ハイレディン。アルジェの海賊。通称赤髭。地中海で奴を見たら、もう諦めるしかないね。イスパニアの無敵艦隊でさえ捕らえられず、散々被害を出してるって話だ」

「そんな危険な男なのね……もしかしたらリシャールは……」

「なんだ、男かい? 諦めな。赤髭は営利目的の誘拐しかしない。奴隷として売れる女子供しかね。男は残念だけど、相手が悪かったね」


 おばさんは私の気持ちを汲み取ってくれたのか、最後は言葉を濁した。でも赤髭の船で、リシャールの姿は見かけなかった。きっと逃げ切ったに違いない。


「って、マリア! あんたのせいで、つい話し込んじまったじゃないか! ほら、早く終わらせな。今日みたいな、月のない夜は出るんだからさ」

「出るって、何が?」


 急に強張った顔で言うおばさんに、私は床を掃きながら聞いた。


「幽霊船だよ!」

「ブウゥゥゥッ」


 吹き出してしまった。このおばさん、真顔で幽霊船なんて。いくら教養がないと言っても、そんな迷信を真顔で言われても、ねぇ。


「笑いごとじゃないよ! ここいらアゾレス諸島と言えば、幽霊船のメッカさね。ったく、つくづく生意気な小娘だね!」


 おばさんは相変わらず真剣だが、これ以上相手すると本当に笑ってしまいそうなので、無視して掃除を続けた。まぁ、確かにここはそう言った、色物の話が多いことでは有名だけど、さすがにねぇ。

 自分で言うのもなんだが、私は公女としてありとあらゆる学問を学ばされた。とても博識なのだ。そのおかげであらゆる迷信やおとぎ話など、信じるに値しないと分かってしまっているのだ。


「あ、そうそう。明日はお別れなんだ。あんたにこれを返しておかないとね」


 おばさんは不意にそう言うと、ポケットからネックレスを出して私に渡した。


「これは……?」

「宝石は抜き取られちまったけど、きっとあんたの大事なものだろ? それだけはあたしがなんとか、くすねることが出来たからさ」


 これは私の婚約が決まったとき、お父様から贈られたネックレスだった。本来ルビーが埋め込まれていたところは、ぽっかりと抜けている。でも私にとって、確かに大事な思い出のものだった。


「おばさん……ありがとう……」


 おばさんの気遣いに私は感激し、溢れそうになる涙をこらえながらお礼を言った。思えば母を病で亡くした私にとって、この一年間はおばさんがまさに、母親のような存在だった――すぐに箒で頭を叩くのを除けば……。


「何があっても、諦めずに生きるんだよ。いつかきっと、報われるときが来るからさ」


 そう言い残すと、おばさんは別の部屋に行ったようだ。おばさんの言葉を噛みしめながら引き続き床を掃き、明日の最後の食事になるだろう、カラカラに乾いた豆を袋に入れて床に就く。


「とても人間の食べ物とは思えないけど。なんだかんだ、これでこの船最後の食事になるのね」


 結局最後まで、一度でも美味しいと思えた食事はなかった。それでも最後となれば、私も少しは感傷的になる。

 あれ?

 しんみりしながらこの一年を振り返るも、仕事ばかりでちっともいいものはなかった。話し相手だって、このすぐ箒で叩くおばさんくらいしかいない。

 一緒に奴隷として売られる子供たちは懐いてはくれている。だけど、スラブ人であろうこの子たちとは言葉が通じない。いまいちコミュニケーションがうまくいかないのよね。

 はぁ、ブリタニアに売られるのかぁ。でも相手は貴族。お父様の名前を出せばきっと――それとも、ノルマンディー公の名前を出したほうがいいかしら? でも、ブリタニアとフランクは情勢が危ないし……。




 なんともまとまらない考えの中、眠りに就こうとしたまさにそのとき「ドドドドドド」と、甲板のほうから騒がしい音が響いた。

 眠気よりも好奇心が勝った私は、急いで甲板に出る。

 奴隷貿易船と言っても、女子供しか乗せていないので警備は緩いのだ。海に逃げ場はないしね。

 そしてすぐ、マストの下に立つおばさんを見つける。


「ねぇおばさん、なんか騒がしかったけど、どうかした?」

「あんた、あれが見えないのかい……」


 目を丸くして言うおばさんが指した方向を見ると、そこにはうっすらと船影があった。


「船? あれがどうかしたの?」

「どうしかしたじゃないよ……幽霊船だよ……」


 震えながらおばさんは言う。どんどん近付くその船は、ボロボロの帆に折れたマスト、木片の剥がれた船体。噂話で聞く幽霊船そのものだった。


「――まさか、漂流してる難破船でしょ……」


 もちろん私は信じない。信じないけど……それと恐怖は別物よ!

 私も震えながら言うと、更に近付くその船に、今度は人影ひとかげも見えたのだ。船員たちもうろたえて、右往左往している。


「ほら、マリア。急いで逃げな!」


 逃げると言っても、海の上なんですけど……。おばさんも動揺しているし、これは隠れろってことだろう。子供たちも心配なので、私はおばさんの手を引いて船倉に向かった。


 はぁ……私、無事でいられるのかしら――。



お読み頂きありがとうございました。


未熟な文章ですが皆様の心に残るような作品を作るべく頑張ります。

少しでもこの作品をいいと感じて頂けましたら、大変お手数ですが下記のブックマーク登録と、☆☆☆☆☆欄から率直な評価を頂けると幸いです。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ