一話、鈴蘭
「女将、出来たよ!」
「ありがとね。あたしは露店の点心よりも、あんたの『ぱん』が好きだよ」
食堂の女将に出来立てのパンの半分を渡したら、そう言われた。
(うんうん、パン好きが増えるのは良いことだよ)
残りの半分が手に入ってホクホク顔の鈴蘭は、食堂を後にした。
作業の後で空腹になったので、早速パンの食べ歩きをする。
まだ若干熱が残るパンから漂う、小麦粉の香り。硬めではあるものの、噛む程に味わいが増す。
「ん〜、美味しい!」
ペロリと食べてしまった。ちなみに、家族は鈴蘭がパンに目がないことを知っているので、残さなくても良いと言ってくれている。
ふと、道端に人だかりが出来ているのが目に入った。気になった鈴蘭は近づいてみる。
人だかりの真ん中には立札があり、その横で身なりの良い男が声を上げていた。
「十代から二十代の女ならば、女官試験に参加出来る。そして、合格した者は後宮で働くことになる」
「後宮ってのは何ですか?」
聴衆の一人がそう聞いた。
「皇帝陛下の妃達が暮らす場所だ」
同じく後宮を知らなかった鈴蘭は納得した。
(へえ。でも、私には関係なさそう)
しかし、鈴蘭の考えはすぐに覆ることになる。男が女官の給金を言った途端、聴衆がざわめいた。
「試験に参加しようかしら?」
「あたしも、もっと若ければ、、」
「へぇ!」
鈴蘭も、その一人だった。
「えっ、そんなに!?」
それだけあれば、高品質なパン作りの材料も買えるのではないか。家の金銭状況も良くなり、家族も喜ぶはずだ。
期待が膨らむ鈴蘭は、男に試験や女官の仕事について質問した。
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「私、女官試験受けるよ!」
両親と三人暮らしの家に帰るなり、鈴蘭はそう叫んだ。が、父も母も固まってしまった。
しばらく経ち、ようやく二人は反応した。
「そういや、さっき近所の奴がそんなこと話してたな」
「お妃様が暮らされてる場所って聞いたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。女官になると後宮で暮らす必要があるらしいけど、」
初めは渋っていた二人も説得の末、試験を受けることを了承してくれた。
粗相をしないよう、何回も念押しされたが、、
(私って、そんなに危なっかしいのかな!?)
モヤモヤする鈴蘭だったが、一週間後の女官試験までにやるべきことを脳内でまとめていった。その後は、夕餉の粥を食べて寝ることにした。
時が経つのは早いもので、女官試験当日の朝が来た。