序章
ここは、半の国の都。
とある食堂の厨から、香ばしい匂いが漂っていた。
厨の中にいるのは、栗色の髪と瞳を持つ少女。
彼女の名前は鈴蘭、十五歳である。
食堂が空く昼下がりに、ここを使わせてもらっているのだ。材料も一部使わせてもらう代わりに、作ったパンをお裾分けしている。
パンが存在しないこの国で、何故作り方を知っているのか。
その理由は、鈴蘭が前世の記憶を持つことにある。
前世の鈴蘭は、日本という国で暮らす普通の女子大学生だった。
特筆すべきところと言えば、明るい性格。
そして、パンが大好きだったところだろう。
平日の朝昼晩、いずれもパンを食べる。休日はパン屋巡りをして、そこでしか味わえないパンを楽しむ。
そんな感じで、人生を享受していた。
が、ある日交通事故に遭って死んでしまった。
生まれ変わったのは異世界だった。前世でいうと、半は昔の中国のような国だ。
そして、その性格と、パンが好きなところは今世でも受け継がれている。
前世で、一時期パン作りにハマっていたおかげで、今世でもパンを食せている。ちなみに、前世はハマってからしばらく経って、食べる派に戻ったのだった。
そんな鈴蘭には、野望がある。
一つ目は、この国全体にパンを普及させること。
二つ目は、前世で食べたことがないようなパンを味わうこと。
一つ目の野望はパンの作り方を周囲に教えているので、一歩前進したと言える。
しかし、二つ目の方は全く進んでいない。
と言うのも、鈴蘭の家は貧しいので、材料を色々と試すことができないのだ。周囲は周囲で、普通のパンで十分だと言う。
卵や牛乳だって、この国では高級品であり、手が届かない。
「でも、いつか必ず…!!」
「おい、大丈夫か?」
独り言を言って、様子を見に来た料理人に心配される鈴蘭であった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
本日は四話投稿します。