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Solomon's Gate(試作_9回目失敗)  作者: にしてつ
森の中の死体
6/6

2 包囲された城

 オーク達は谷底の渓流を歩き続け、そのまま谷の隘路に消えて言った。

 アイル達は川の脇の道に再び戻り、道の上を歩き始めた。道を進むと、木々の梢の隙間から間近に迫ったウルゴーン山脈の白い冠雪がちらちらと見えた。


 やがて、南部連隊の基地であるパルパット城塞の尖塔が見えた。砦はウルゴーン山脈を住処とするオークの侵入を防ぐために谷の隘路に立てられた古い砦だった。混凝土で造成された分厚い白い壁が深い谷の斜面から天空に向かって屹立していた。

 その重苦しい黒い色の城門は固く閉ざされていた。アイル達が近づくと、城壁の上には長弓兵たちが弓を番え、アイル達に向かって一斉に矢じりの先端を向けた。

 ゲイルが城壁の真下まで進み出ると、大声で叫んだ。

「俺達はスホルトから来た!お前たちの兵から言伝を預かっている!中に入れてくれ!」

 壁上の兵が答えた。「ならばその言を述べよ!」

「俺達は王弟に対してのみ直接伝えるように言付かっている!」

「ならん!貴様等は信用できん!」

「我々は符牒を預かっています!」アイルが進み出て、言った。「その王命は銀である、と!」

 壁上の兵士たちがざわめいた。「いま一度述べよ!」

「その王命は、銀である!」

「隊長!自分はあの細い方の男を知っています」兵士の一人が言った。「ゲイルという男で、10年ほど前にこの城で徴募兵として勤めていました」

「……ああ、ああ!私も見覚えがある!」隊長と呼ばれた男は言った。「……よし、上から縄を投げる!よじ登ってこい!」


 三人は縄を伝い、城壁の上まで登り切った。一人の兵士がゲイルのそばにより、声をかけた。

「よう、ケインだ。覚えているか?」

「ああ」

「久しぶりだな、ゲイル」隊長と呼ばれた、口ひげをたくわえた年かさの兵士がゲイルに声をかけた。

「隊長、お久しぶりです」

「城まで案内してやる。ついてこい」隊長がそういい、アイル達を先導した。

 彼らは側塔のなかにある螺旋階段を下り、地上に降りた。

 地上では下人たちがあわただしく動いていた。桶に目いっぱい入れた水を運ぶ下女や、肩に小麦の袋を担いでいる小間使い、胸にバリスタの矢を抱え走り回る兵士などをかき分けながら、彼らは道の奥へ奥へと進んだ。

 やがて彼らは二人の槍兵が守る城門の前にたどり着いた。隊長が目礼であいさつすると、槍兵は門前に組んでいた槍を空に向け、彼らは城内に通された。


 彼らは薄暗く湿った螺旋階段を上がった。隊長の鉄の具足が石畳の階段をたたく音が、うつろなホールにかつんかつんと響き渡った。彼らは廊下を進み、王の間の扉の前に連れてこられた。扉は分厚い樫でできており、脂の艶で茶色くあでやかな光沢を放っていた。

 門の前に立つ従者は隊長を一瞥すると、扉を開いた。


 扉をくぐると、部屋の中の視線が一斉にアイル達に向けられた。玉座の間は広く、豪華な調度品で飾られていた。高い天井には鮮やかなテンペラ画が描かれていた。東洋から取り寄せられたものであろう白磁の壺がくつも立ち並び、その下には東夷の女が編んだものであろう豪奢な分厚い赤い絨毯が部屋に敷き詰められていた。部屋の中央には大きな玉座があり、その上に従者に囲まれた老人が座っていた。


 三人は王弟に敬礼し、お辞儀をした。

「この者たちが、殿下に言伝を持って参りました」隊長が言った。

「名乗れ」王弟が言った。彼は低く威厳のある声をしていた。

「私はスホルト村において狩猟を営むゲイルというものです。兵士からの言伝を授かってここに参上した次第であります」

「あいわかった。それを述べたものの名は」

「名は分かりません。ここに軍票があります」

 彼はそう言い、アイルか軍票を受け取り、それを差し出した。モノクルをかけた文官らしき装いをした男が、それを受け取り、検分した。

 彼は驚きに一瞬目を見開いた。

「トルドー軍曹のものです」文官は言った。

「彼はどうした」王弟は訊いた。

「死にました」ゲイルは答えた。

「分かった。トルドーの言を述べよ」王弟が言った。

 ゲイルは一瞬躊躇して、答えた。「なりません。王弟とのみで直接話せと申しつかっています」

 王弟は文官に目配せを送った。彼は首を振った。

「ならん。いますぐここで話せ」

「は。”裏切者の名は、クラウザーだ”と」


 玉座の間が静まり返った。文官は目線を伏せたままその場に固まった。王弟は玉座のひじ掛けを強く握った。彼の、歴戦の戦士のように筋張った太い指が、ひじ掛けを覆う厚い布地に食い込んだ。

 アイル達は、何事かと顔を上げた。部屋の高官たちの視線は、一人の人物に注がれていた。

 アイルはその視線の先を追った。灰色のローブに身を包み、ながく白いひげを胸元まで蓄えた魔法使いが、表情を消して、遠くを見つめながら立っていた。

 やつがクラウザーなのか?アイルはことの成り行きを息を詰めて見守った。

 王弟が玉座から立ち上がろうと腰を浮かした。

 その瞬間、灰の魔法使いは、口元をにやりとゆがめた。彼の小さな黄色い歯が、唇の隙間から飛び出した。

 彼は杖を高く振りかぶりった。瞬間、杖の先端にはめ込まれた宝石が、赤く眩しい光を放った。

 隊長がアイルを突き飛ばし、魔法使いに突進した。そして走りながら剣を抜き放ち、上段に刃を振りかぶった。

 しかしその剣は間に合わなかった。宝石の赤い輝きはその臨界点に達し、一瞬の閃光が部屋をまぶしく照らした刹那、杖の先から灼熱の赤い炎が噴き出した。

 炎が隊長の体を包んだ。彼は叫び声をあげ、その場に崩れ落ちた。

 すでに呪文の詠唱を終えた文官が、その両の手のひらを魔法使いに向け、白い光線の魔術を放った。魔術師は杖を振りその光線を弾き飛ばした。激しい擦過音とともに鋭角にはじかれた白い光は、天井のテンペラ画に太い線条痕を残した。魔術師はすぐに身をひるがえし、玉座の後ろのステンドグラスを突き破って、外の空間へ飛び出した。

 王弟もすでに呪文の詠唱を終えていた。その両手の間には、直径三フィートはある大きな水球が浮かんでいた。彼は隊長に向けてそれを放った。水球が隊長の全身を覆い、彼を包んでいた炎はすぐに消えた。

 肉の焦げる甘い匂いが部屋に漂っていた。

 ゲイルは割れた窓の下へ駆け寄り、外を覗き込んだ。高さ八十フィートはあろう空間から地面に飛び降りたのにも関わらず、クラウザーの姿はもうどこにもなかった。

「医者をここに呼べ」王弟は言った。「奴らはすぐに動いてくる」

 その時、下方に見える家の路地の隙間から、一本の赤い煙が一本の筋を描いて空へと高く立ち上った。

「煙があがっています!何かの合図かと!」ゲイルは振り向いて叫んだ。

 同時に、南の城壁の方角からなにかの爆発音が響いてきた。

 

 爆発の重低音が空気を震わせ、その振動がアイルの脚を伝い響いてきた。王弟たちはみな、窓に駆け寄り、南の方角を注視した。

 南側の城壁では、爆発の砂塵が一面に広がり、その中央からは黒い煙がもくもくと天に向かって立ち上っていた。

「今すぐ兵を出すぞ。ジークラッドはどうだ?」王弟は訊いた。隊長は甲冑を外され横たわっていた。モノクルの役人が隊長の胸に両手を当てて呪文を唱えていた。隊長の体は白い光に包まれていた。恐らく医術のたぐいだろう、真っ赤に染まった隊長の体の水ぶくれは、みるみるうちに萎んでいった。

「もう大丈夫です。命に別状はないかと」役人がそういうと、隊長は天井に握った手を掲げ、自分は無事だと王弟に合図を送った。

「コルトを呼べ。ハミルトンは私と兵舎に来い」王弟が言った。

「我々にできることがありますでしょうか」アイルが王弟に言った。彼は黙っているべきだったが、愛国心から彼の口から言葉が衝いて出てきた。

「ない。君たちははやくここから逃げなさい」王弟は言った。

「私は10年前にこの砦に勤めていました」ゲイルがいい、ついで隣に立つヤゴーを指さした。「この男も、軍務経験はありませんが、力はあります。手伝わせてください」

 王弟は三人を見つめ、そして言った。「わかった。君たちも兵舎に来い」


 アイル達は、王弟の後に続いて城を出て、路地裏を進んだ。王の姿を見ると、町の人々は頭を下げて道を開けた。

 突如、路地の建物と建物の細い隙間から男がすらりと抜け出し、王のもとへ近づいて言った。アイルはそいつが間者の類かと思い、一瞬足を速めて間を詰めた。しかし、兵士たちはその男を見とがめるでもなく、男は王のそばへと寄り、彼の耳元に語り掛けた。

 アイルの耳にその男の話声が聞こえてきた。

「王宮がすでに間者に包囲されています。」

「なんだと……!」王は驚き、男の顔をまじまじと見た。

「おそらくクラウザーの手の物かと。黒い外套を羽織った見慣れぬ賊が、王宮を取り囲み、すでに護衛と戦闘を始めている模様です」

「……わかった。イーサン」

 王弟が呼ぶと、モノクルの役人が王の横に並び、王の口元に耳を置いた。

「貴様は今すぐパレスへ向かえ。なんとか手段を講じて娘を脱出させるのだ。やつらの狙いは、娘の体だろう……」

「承知しました」イーサンは踵を返し、路地を反対の方向に走り出した。

 王はその足を速めた。

 

 兵舎には、すでに多くの兵士が集まっていた。彼らは各々全身に甲冑を身につけ、手には剣や槍を持っていた。皆、兜の奥の堀の深い顔に断固たる決意が浮かべていた。

 通りには二十名ほどの近衛兵がすでに馬に乗り待機していた。彼らは銀色に輝く磨き抜かれた鎧に身を包んだ、選び抜かれた練達の兵士たちだ。手入れされた馬の茶色い絵毛並みが、路地裏に差し込む太陽の光を反射してなめらかに輝いていた。彼らは王弟が到着すると、頭を下げて道を開けた。

 アイル達は兵舎の奥へ案内された。兵舎の中では戦闘員ではない、おそらく城付きの職人や商人たちであろう者も、各々の手に武器を取っていた。

 兵舎の奥で一人の下女がアイルに手招きをしていた。下女に合図されて背中を向けると、彼女は胴鎧の背面をアイルの背中に乗せ、腹帯を締めた。次に、アイルは胸甲を手渡された。その分厚い鉄の鎧はアイルの手にずしりと重かった。彼はそれを胸に当てると、下女は背中から腕を回し、帯をぎゅっと締め、アイルの胸に胸甲をはめた。

 下女が手を離すと鎧の重みがアイルの全体重にかかった。それはアイルが想像していたよりもはるかに重量があった。

 アイルは長剣を受け取り、兵舎から出た。表通りでは、兵士たちが王弟の周りを取り囲み、王弟が演説を始めていた。


「同胞たちよ!」王弟は高らかな声で叫んだ。その声は、しんと静まり返った大通りに凛と響いた。

「同胞たちよ、今、この国は危機に瀕している。折から魔物どもが我々の国境を越え、我々の自由と生命を脅かしている。

 私は諸君に戦いを呼びかける。我々は強い!この南の地で、諸君より優れた兵はいない!我々が力を合わせれば、魔物などをものともせず倒すことがでる。

 我々は、国家を守るために、戦わなければならない。魔物どもに、我々の自由を奪わせるわけにはいかない!

 我々の力を、魔物どもに見せつけようではないか!断固たる決意で、やつらの野望を粉砕しようではないか!

 我々は勝利する!我々は国を守る!そして我々は、自由と平和を取り戻す!

 同胞よいざ行かん!ともに戦おう!」

 兵士たちは鬨の声を上げた。そして南門へ向かって一斉に走り出した。


 彼らは南の城壁にたどり着いた。その白い混凝土で造成された分厚い壁に、直径20フィートは優に超える大きな穴が開いていた。周囲には瓦礫が散乱し、あちこちでくすぶる火種からはいまだ白い煙がと立ち上っていた。

 その穴を通り抜けて、オークたちが次々と押し寄せてきた。先に到着した兵士たちがオーク達に向かい矢を放っていたが、その数は圧倒的だった。彼らは魔物の巨体から放たれる剣や斧の攻撃を受け、次々と倒れていった。

「行くぞ!!!」王弟は叫んだ。彼はその白銀に輝く剣を馬上に高く掲げ、先陣を切って突撃した。

 兵士とオーク達は激突した。

 一匹のオークが斧を振り上げ王弟にとびかかった。それは赤く染めた鬣を逆立てた、若いオークだった。一番首の名誉を狙ったその目は、赤い血管で血走っていた。

 王弟は白銀の剣を横薙ぎに払った。白い一瞬のまたたきが空気を裂いた。

 赤髪のオークはその胴体を真っ二つに引き裂かれ、血の塊を吹き出しながら石畳の上を転がり、牙の間から長い嗚咽を漏らし、即死した。

 その一瞬の出来事に、後続のオーク達はひるんだ。

 そのわずかな空隙に近衛騎士団が割って入った。

 彼らの白銀に輝く細剣が宙を舞うと、瞬く間にオーク達は手足を切り刻まれ、倒れた。わずか10秒ほどの間に、十体を越えるオーク達が血まみれの肉塊となった。そのおびただしい血は石畳を血の海に染めた。

「さあ、次に来るものは!」王弟は叫んだ。オーク達は一歩二歩と壁際に後退し、今や逆に、壁際に追い詰められていた。


 壁の穴の手前で臆病風に吹かれたオークが何体も立ち往生していた。そのうちの一匹の肩に、後ろから巨大な手が置かれた。

 オーク達を割って、一人の巨大なオークが身を乗り出した。それは他のオークと違い、イノシシというよりは野犬のような前方に伸びた尖った鼻骨を持っており、その長い鬣は緑色に染められていた。

「やつは、緑青……!」アイルの隣にいた兵士がつぶやいた。アイルは彼を見た。その両目は恐怖に見開かれていた。

「緑青?それはなんですか?」アイルは訊ねた。

「ここらで暴れているオーク遊撃隊の長だ……」

『こんなところで止まるんじゃねえ!』緑青は人の音吐よりもはるかに低い声で言った。『ここを突っ切ってパレスへ向かうぞ。ついてこい!』

 緑青はそう言った直後に突進し、先頭を切って壁際の兵士の列に突撃した。

 彼は兵士たちの槍衾に突っ込み、何本もの槍先が腹の肉をうがつのも気にせずに、巨大な両刃斧を振り回しながらがむしゃらに突き進んだ。

 緑青は兵士の列を通り抜けた。そしてくるりと振り返ると、裏側から兵士の列に切りかかった。

 その斧は兵士を甲冑ごと斜めに切り刻んだ。兵士の上半身は一瞬のうちに消し飛んだ。

 勢いづいたオークが兵士たちを挟み撃ちにし、あっという間に戦列に穴を開けた。

 最初のオークが戦列の向こう側に出ると、緑青は手を大きく振りかぶって合図し、そのまま町の中心へ向かって走り出した。

 緑青に続いてオーク達が走り出した。

 戦列の後方に陣していた兵士たちは、このオーク達を追った。アイル達もこれに続いた。

 やがて彼らは路地に走り込むオーク達に追いつき、これを横撃した。そして剣戟が始まった。

 その激突の中から一匹のオークが、するりと抜け出た。

 それは路地の細道に向かって突進した。その先には、逃げ遅れた老婆と、彼女を抱きかかえる女がいた。

 ヤゴーは横からオークに向かって突進した。彼は剣を腰に溜め、全体重をかけて剣の峰ごとオークに横からタックルした。

 二人は転がり、地面にたたきつけられた。ヤゴーは急いで身を起こした。剣はオークのわき腹に鍔まで丸ごと突き刺さっていた。

 オークは茫然とその剣を見ていた。傷から血が噴き出し、オークのごつごつした緑色の手の甲とは対照的な、乳白色のつるつるした手のひらを赤く染めた。

 死を悟ったオークは動かなかった。二人の間に沈黙が流れた。

「ヤゴーなにやってる!とどめを刺せ!」ゲイルが叫んだ。彼と並んで、彼は抜き身の剣とともに、全速力で走ってきた。

 彼らはオークに漸近すると、剣を頭上に振りかぶり、全体重と速度を剣に込めオークの頭にたたきつけた。それでは終わらず、何度も何度も剣を振りかぶり、その頭部を滅多打ちにした。

「アイルもやれ!」ゲイルは叫んだ。「100回たたきつけるんだ!」

 アイルは重量のある幅広の剣を鞘から抜くと、オークの血まみれの頭に振り下ろした。剣の下で頭蓋骨が砕け、歯が口から吹き飛び、石畳の上にカツンカツンと跳ねた。

 アイルは夢中になって、何度も何度も剣をふるった。

「もういい」やがてゲイルが言い、アイルは剣をふるうのをやめた。彼は肩で息をしていた。オークの顔面はずたぼろのミンチと化し、ぴくりとも動かなくなり、死んでいた。

 

 アイル達は、すぐに王弟たちのもとへ舞い戻った。オーク達は皆殺しにされ、残ったわずかなオーク達は壁の際まで追い詰められていた。

 アイル達が息を切らしつつ、再び戦列の後ろに並んだ。

 アイルが善ぽの様子を覗こうとつま先立ちになったとき、突然、何か金属同士が打ち合う鈍い音が響いた。

 アイルは音の方向を見た。そこでは、近衛兵の一人が、四肢から血を吹き出しながら宙を舞っていた。

 彼は石畳の上に激突した。その関節はあらぬ方向にひしゃげていた。そして銀の甲冑は火山の火口のようにへこんでいた。彼は口からおびただしい鮮血を吹き出し、絶命した。

 アイルは壁の穴を見た。20フィートはある大穴から、それを優に超える体高を持つ、巨大なオークがのっそりと現れた。

 その全身は、赤い甲冑に覆われていた。その手には、鉄塊としか表現しようのない分厚く巨大な両刃の斧が握られていた。

「彗星……だと!」兵たちの一人が声をあげた。

「おいおい……、彗星ってのはなんのことだ」ヤゴーが聞いた。

「……あの化け物の、名だ……」兵士は声を震わせながら、つぶやいた。


 彗星は、その巨大な斧を振り払った。斧の柄は人の背丈より大きく、鉄の刃は馬の体より幅が広かった。

 彼がその斧をふるうと、兵士たちは紙くずのように吹き飛ばされた。彗星は間髪入れず、再び斧を振り払った。そのひと振りで、今度はさらに多くの兵士たちが死んだ。

 彗星に勢いづけられたオークたちは、城内になだれ込んできた。兵士とオークとの間にいくつもの剣戟が舞ったが、彼らはオークたちの勢いにじりじりと後退した。

「押しとどめろ!」王弟が叫んだ。「私が出る!」

 王弟は馬を跳躍させ、彗星の前に立ちはだかった。そして剣をふるった。王弟の剣は、オークの持つ鉄塊に真っ向から直撃し、破壊的な轟音を立てつつ、それを押しとどめ、そしてはじき返した。

「ありえない……」兵士のだれかが言った。王弟は続けて剣を振るい、そのすべての剣戟が彗星の鉄斧と真っ向からぶつかりあい、そのたびに心臓まで震わせる強い打撃音が響いた。そして王弟はついに、返す刀で彗星の手甲を切り裂き、深い剣筋を作った。

 その傷穴から赤い血が噴き出した。

 兵士たちは歓声を上げた。

 しかし、彗星は強かった。王弟の深すぎる踏み込みを、彼は見逃さなかった。王弟の剣は空気を切り裂き光の残像を放った。その剣を彗星は鉄斧の尻で受けた。その八面体にかたどられた固い金属は火花を放ち、王弟の剣をはじいた。王弟の剣が流れた。

 彗星は掬い上げるように鉄塊を振るった。それは王弟の胴体に下から直撃し、彼を空中に吹き飛ばした。

 王弟は、地面に激突し、そのまま動かなかった。

「王弟を守れ!」兵士の声が響いた。兵たちは彗星と王との間に壁を作り、そして彼に向かって次々と切りかかった。

 そして何人もの兵たちが一瞬のうちに倒れた。

 神官たちが王弟のもとへ駆け寄り、すぐに医術を施した。しかし彼は、神官たちの手を振り払った。

 王弟は体を起こした。兵たちは、彼の体を見て、そして息をのんだ。

 彼の腹は内臓ごと吹き飛ばされ、大きな赤黒い穴が開いていた。

「くっ……」王弟は息を漏らした。彼は肩をついて息をし、その口からぜいぜいと吐息が漏れた。彼は言った。「ジークラットをここに呼べ」

「ここに」ジークラットが兵たちを割って入り、王のもとに片膝を立た。鎧の隙間から見える彼の皮膚は、かさぶたで赤黒く染まっていた。

「わしは、ここで死ぬ……」王弟が言った。

「ロアン……!」それを聞き、ジークラットが嘆いた。

「私は、ここで死ぬ……我々はなんとしても、民草を守らなければならない。君は民を逃がせ……!」

「ロアン!貴様を置いてなどいけるか!」ジークラットは言った。

「アマンダを頼む……」王弟ははそういい、手で腹の傷を隠しながら立ち上がった。「諸君、わたしは無事だ!わたしは無事だ!」

 王弟がそう叫ぶと、兵士たちは安堵し、またその顔に力がみなぎった。

「やつは手負いだ!一斉にかかれば倒せる!皆、今一度奮い立て!」王弟は叫んだ。

兵たちは鬨の声を上げた。そしてオーク達に突撃した。


「俺たちは民を逃がす!」ジークラットは立ち上がり、叫んだ。「人手がいる……わが隊は民を先導し、スホルトへ向かう!ゲイル、いたら返事をしろ!」

「ここにいます!」ゲイルは言った。

 ジークラットはアイル達を見て、言った。「君たちの村へ、案内を頼む……!」

 アイル達はうなずいた。彼らは北の門へ向かって走り出した。



 王妹ほか王族たちはみな、王宮の最奥の一室に逃げ込み閉じこもっていた。外では衛兵と侵入者との闘いが続いていたが、やがてその剣戟の音も鳴りやんだ。

 王宮の扉に、巨大な斧だろうか、何か重量物が打ち付けられた。扉はおおきく音を立ててきしんだ。

 王族たちはみな部屋の奥からその扉を見ていた。

 このまま扉が開けば、彼らは皆殺しにされるだろう。そして子供は、はるか南の国へさらわれるだろう。

 王妹は立ち上がった。彼女はその長い金色の長髪をはためかせて、凛とした足取りで、部屋の奥の戸棚まで歩き、そこから一つの瓶を取り出した。

 彼女は瓶を傾け、中の液体を確かめた。瓶の淵から紫色の粘性の液体が零れ落ちた。それは、自殺用の毒であった。

「王妹、何をなさるおつもりですか。おやめください」侍女の一人が震える声で言った。

「皆、聞いてほしい」王妹は話し始めた。「敵の数は圧倒的です。待つだけでは、ここで皆殺しにされるだけでしょう。イーサン、コルト、ルゲイン」

「は」そう呼ばれた二人は王妹のそばに寄り、ひざまずいた。

「ここの扉が破られたら、三人のうちの誰かが、なんとしもここから脱出してください。そして私がこれからすることをジークラッド隊長に伝えてください。そして、反撃の手はずを整えるのです」

「何をなさるおつもりですか?」イーサンは訊いた。

「私は毒を含みます」

「毒を……!」イーサンは声に詰まった。

「あなたたちも前線の人間ならわかっているはずです」王妹は言った。「奴らは勝利の祝祭として女の肉を食べる。特に王族の肉は好んで食べるのです。だから私は、毒を含みます。そして反撃の機会をうかがい、一矢報いるのです」

「……承りました」三人の役人は再び強くうなずき、扉の前に陣取った。


「アマンダ、リリィ、二人は奥の部屋へ」王妹はそう言い、扉の奥へ消えた。赤い髪の少女と、侍女の格好をした栗毛の小人の少女もそれに続いた。

 王妹は話し始めた。

「アマンダ……もうわかってると思うけど、あらためて話すわ。やつらの狙いは、あなたの肉体よ」

 アマンダはうなずいた。王妹は続けた。

「やつらはあなたの血を欲している。あなたはこの国で誰よりもソロモンに血が近い。この赤い髪はソロモンの血が先祖返りしたものよ。そしてやつらは、ソロモンの肉体を欲している」

 王妹は床に膝をつき、彼女を抱きしめた。

「あなたは屋上に行き一秒でも時間を稼ぎなさい。どんな物音がしても、決して、ここへ降りて来てはだめよ」

「承知しました、お母さま」アマンダは答えた。

「そして、わかっているわね。もしもやつらの手から逃れられないとなったら、その時は……」王妹は唾をのみ込み、続けた。「あなたは、死を選ぶのよ」

 アマンダはこくりとうなずいた。

「大丈夫。あなたは強い。きっと生き残れるわ」

 そのとき、部屋の中にひときわ大きな衝撃音が響き、木片がパラパラと床に落ちる音が響いてきた。王室の扉に穴が穿たれたのだろう。

 アマンダはもう一度うなずき、細い階段を昇って行った。

 彼女に続いて階段に向かった侍女を、王妹は手で静止させた。

「リリィ、待って。あなたにこれを渡しておく」

「これは……」

 リリィが何かをくるんだ布を開くと、その中身は銀色に輝くナイフだった。

「もし、アマンダが自分を殺せなかったときは、その時はあなたがアマンダを殺しなさい」

 リリィは目を見開き、首を大きく振った。「私にはできません!」

「いいえ!やりなさい!」王妹はぴしゃりといった。リリィはしばらくナイフを茫然と眺め震えていたが、やがてうなずいた。

「いい子ね。さあ、おゆきなさい。」王妹は言った。

 リリィは彼女に背中を向け、階段を昇って行った。

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