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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いつか長編化してみたい短編集

皇帝陛下のご指名です!~虐げられた敗戦国の身代わり姫は、溺愛されて祈りの聖女に覚醒する~

作者: 花宵

「汚らわしい私生児の癖に、ランス公爵家のチェスター様に色目使ってんじゃないわよ!」


 身に覚えのない理由で王妃の娘である異母妹、ヴィクトリア第五王女から責められる。


 ルミナス国王の一夜のお遊びで生まれた第四王女ルーチェ・ルミナス――それが元平民だった、今の私の身分。

 王家の血筋を持った娘には、時折聖女の力が宿る。そのため私生児でも見つかれば、聖女の力が発現する可能性のある二十歳までは、無理やり王宮に軟禁される。

 私と同じ私生児だった第一から第三王女は皆、不慮の事故で亡くなった。きっと次は私の番なのだろう。ここでの暮らしは、いつも死と隣り合わせだから。


「申し訳、ありません……」


 何に対して謝っているのかも分からないまま、背中を何度も鞭で打たれる。そもそもチェスター様が何方かも存じていないのに。理不尽だって思う。でも逆らった方が余計酷い目に遭うのが分かっているから、ただ謝り続けるしかなかった。


「飽きちゃった。後片付けといて」


 満足したのか、鞭を放り捨ててヴィクトリア王女は出ていった。


「ルーチェ様、誠に申し訳ありませんでした……!」

「いいのよ、逆らったら貴方達が生活出来なくなってしまうもの。私は大丈夫だから」

「今すぐ怪我の手当てを致します!」

「うん、ありがとう」


 私生児の第四王女である私に配属されているメイド達は皆、私と同じ平民の子達だ。仕事を失えば、家族を養う事が出来なくなってしまう。だから決して何があっても、純血の王族には逆らわないように言っている。

 それでも嫌がらせでまともな食事が出されない事が日常茶飯事の私に、彼女達はこっそりと自分の少ないご飯を分けてくれる。だから守れるならば守ってあげたい。ひもじい思いをする辛さは、よく分かっているから。



 鞭で打たれた夜は、眠るのにも苦労する。背中をつけて眠ることが出来ないため、うつ伏せになって寝ていても、少し動いただけで激痛が走る。中々眠れず、やっと寝付いたと思ったら


「おい、起きろ! お前には勿体ない高級薬を持ってきてやったぞ!」


 突然部屋に乱入してきた異母兄のオスカー王太子に起こされる。

 頼んでもいない薬を持ってきて、背中のファスナーに手を伸ばし、私が身に付けている衣類を勝手に脱がせて乱暴に薬を塗る。

 それだけならまだよかった。しかし怪我をしていない箇所にも薬を塗るフリをして触れてくるのが、本当に気持ち悪くて仕方ない。


「あの! そこは怪我をしておりませんので、大丈夫です」

「そ、そうか。目を瞑っていて気付かなかった」

「はい。ありがとうございました」


 結局気持ち悪さが拭えなくて、朝まで眠れなかった。それから時折、眠っていると誰かに足を触られているような気持ち悪さを感じるようになった。こっそり目を開けて確認すると、そこにいたのはオスカー王太子だった。


 悲鳴を上げて助けを呼んでも、きっと誰も王太子には逆らえない。


『下半身で迫ってくるような男なんて、蹴り飛ばしてしまえばいいのよ』っていう母の教えを、実行する勇気もない。結局、されるがままただ眠ったフリをしてやり過ごすしかなかった。


 国王である父は、好色王として有名だ。聖女を生み出すためだと称して、後宮には正妻である王妃の他に、側妃が十人以上いる。それだけに飽き足らず、身分問わず美しい女性を見初めるや否や無理やりベッドへ連行するクズだったと、踊り子だった母が教えてくれた。

 特にオスカー王太子は、父と外見もよく似ており色濃くその血を受け継いでいるのが分かる。だからいつかその行為がエスカレートして、襲われるのではないかと不安で夜も眠れなくなった。


 こうして昼はヴィクトリア王女に奴隷のような扱いを受け、夜はオスカー王太子の存在に怯えながら過ごすのが、私の日常だった。


『いいかしら、ルーチェ。どうしても我慢が出来なくなった時は、空に祈りを捧げるの。そうすればきっと、神様が願いを叶えてくれるはずよ』


 亡き母が言っていた言葉を思い出した私は、空に祈りを捧げた。


「少しの時間だけで構いません。神様、どうか私に安心して眠れる時間をお与え下さい」


 その翌日、城内でとある変化が起きた。


「オスカー王太子殿下が、聖剣を扱えるようになったらしいぞ!」

「ヴィクトリア王女殿下が、聖女の力に目覚めたらしいわよ!」


 驚いた事に、長年誰にも扱うことの出来なかった聖剣がオスカー王太子の前に現れた。それだけでなく、ヴィクトリア王女が聖女の力に目覚めたらしい。

 公務で忙しくなったらしいオスカー王太子とヴィクトリア王女は城を離れる機会が増え、私は平穏な生活を送れる日が増えた。


 後二年。何とか生き抜いて耐えれば、自由を手に入れる事が出来る。二十歳までに聖女の力を発現出来なければ、私生児の王女は王宮から追い出される決まりになっているから。


 願わくば、早く追い出して欲しい。


 純血の王族の気まぐれで、いつ殺されるかも分からない危険と隣り合わせの日々なんて、生きた心地がしないから。


「この牢獄のような王宮から、無事に抜け出せますように」


 私はまた、空に祈りを捧げた。





「ルーチェ様、大変です! 先ほど隣国のシェイド帝国との戦に敗戦したとの連絡が入りました。そこで課された条約一つに、和平の証として王女を一人娶るとの取り決めがなされたそうです」

「それがどうして大変なの? 嫁ぐのは純血の王女様でしょ?」


 私にはあまり関係ない。それよりも戦に負けた事で、市民の生活が苦しくならないか。そっちの方が心配だけど。

 敗戦後は、いろんな物資が不足する。生活用品を揃えるのだってお母さん、苦労してたもんな。王宮から追い出された後の生活を心配していると、メイドのアンが言いにくそうに答えた。


「それが二週間後、シェイド帝国のユリウス皇帝陛下が直々に、どの王女を妃として連れていくか直接会って選定したいとの事です。それでヴィクトリア様からこれを預かってきたのですが……」


 アンが手にしていた箱に入っていたのは、絢爛豪華なドレスと装飾品、ご丁寧に靴まであった。


「これを着て、その選定にヴィクトリア様として参加するようにとのご命令が……」





 魔術国家として有名なシェイド帝国は、長年聖女が不在で苦しんでるって、まだ平民だった頃に行商人から聞いたことがある。


 王女を一人娶りたい=聖女が欲しい


 つまり、こういうことだ。

 現在このルミナス王国に居る王女は、五人。その中でも下の王女、サンドリア第六王女とエレノア第七王女は、まだ九歳と六歳で幼い。ミライア第八王女に到っては、半年前に生まれたばかりの赤ん坊だ。結婚できる年齢にも満たないし、私と同じでまだ聖女の力にも目覚めていない。


 必然的に妃として連れていかれる可能性が一番高いのは、最近聖女の力に目覚めたヴィクトリア王女しかいない。


 そこで、私に身代わりになれということか。


 聖女の力が使えない私が身代わりとしてシェイド帝国に行ったら、そこでまた戦争になったりしないのだろうか。謀ったなって。


 どっちにしても、私に拒否権はない。今を生き延びないと、未来なんて訪れないんだから。


 翌日、ヴィクトリア王女が呼んだらしいマナーの家庭教師が来た。王女として相応しく見えるよう、最低限の所作や言葉遣いを二週間かけて念入りに教えてくれた。


 そして選定当日の朝、ヴィクトリア王女の侍女達が念入りに私の身支度をしてくれた。

 普段使った事のない薔薇の香油で丁寧に全身マッサージまでされ、本物の王女様って意外と大変なんだなって気付かされた。


「いい? 貴方はヴィクトリア・ルミナス。そして私はルーチェ・ルミナス。しくじったら許さないわよ」


 質素なドレスを身に纏ったヴィクトリア王女に念を押され、いざ会場へ。王女達の自然な姿が見たいとの事で、お茶会の席が用意されていた。


 すでに第六王女のサンドリア様と第七王女のエレノア様は席についているようで、楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 王宮に軟禁されているだけの私は、このような場に参加した事がない。何をお話すればいいのだろう。


「なにをぐずぐずしてるの。まずは皇帝陛下にご挨拶よ」


 後ろからヴィクトリア王女にたしなめられ、皇帝の座るテーブルへ歩く。


 淑女らしく、淑女らしく。


 そう意識していたのに、気がつけば何故か右足と右手が同時に動いてる。

 これはまずい、何とか正さないと!

 しかし中々戻らない。


「ちょ、ちょっと……」


 後ろからヴィクトリア王女の焦った声が聞こえた時、私は自分のドレスの裾を盛大に踏んで転んでしまった。


 終わった。

 私の人生が終わった。

 顔も上げたくない。

 振り向けば、鬼の形相をしたヴィクトリア王女が居るに違いない。

 このまま、死んだふりしてたら見逃してくれないだろうか。


「大丈夫ですか?!」


 そんな自主的に起き上がりたくない私に、焦った様子の声がかけられる。


「失礼」


 強制的に上向きにされ、誰かに抱えられた。


「医務室はどちらですか?」

「ご案内致します」


 どうやら気絶したふりをしていたら、そのまま医務室へと運んでくれるようだ。しかし、それでは嘘がバレてしまう。いま意識を取り戻したフリをするしかない。


「……っ」


 ゆっくりと目を開けると、端正な顔が視界に入る。漆黒の前髪が揺れる隙間から覗く、ルビーとサファイアを埋め込んだような綺麗なオッドアイ。思わず見惚れていると


「よかった、気付かれたのですね。痛む所はございませんか?」


 バッチリと目があった。


「あ、いえ、大丈夫です! あの、私、戻らないと……」

「無理をなされない方がいい。震えてますよ」

「ですが……」

「少し休憩されてはいかがでしょう? 休める部屋の用意をお願い出来ますか?」

「はい、それでしたらこちらへ」

「他の王女達には解散してもらうよう伝えておいてもらえますか?」

「はい、かしこまりました」


 他の王女達は解散?

 まさか、この男性は……


 休憩室へと案内され、男性はそこのベッドへ私を下ろしてくれた。


「貴方のお名前をお聞きしても、よろしいですか?」

「……ヴィクトリア・ルミナス、です」


 男性は一瞬目を細めた後、ニッコリと笑った。


「ヴィクトリア、覚えておきましょう。ですが次にお会いした時は、是非とも本当のお名前を教えて下さいね?」


 しまった、嘘をついた事がバレてる!


「それではゆっくり休まれて下さい。念のために医者も手配しておきますので。お大事に」

「はい、ありがとうございました」


 その日の晩、シェイド帝国の皇帝陛下はヴィクトリア王女を妃に迎えると明言されたと、メイドのアンに聞いた。


 ヴィクトリア王女にひどい折檻を受けると思っていたけど、何故かその日は何もしに来られなかった。





 翌日、婚約の儀式が執り行われる事になった。しかし何故か王女達も全員呼び集められ、向かった会場では事件が起きていた。


「私は、ヴィクトリア王女を妃に迎えると言いましたが?」


 昨日私を運んでくれた男性が、ヴィクトリア王女本人を前に、涼しい顔でそう言い放つ。やはりあの方が、シェイド帝国のユリウス皇帝だったらしい。


「ですから、私がヴィクトリア・ルミナスよ! 貴方の妃になってあげるわ」


 一段とゴージャスな装いをされているヴィクトリア様が、胸を張ってそう仰った。


「おかしいですね。ヴィクトリア王女は貴方よりもっと、お美しい方でしたが?」


 ふふふと、顔はニッコリと微笑みながら辛辣な言葉をぶつけるユリウス皇帝。その言葉に、ヴィクトリア王女は「な、なんですって!」と顔を真っ赤にさせて怒っている。


 その時、こちらに気付いたユリウス皇帝とバッチリ目があった。眩しい笑顔を浮かべてこちらに歩いて来た彼は、こう言った。


「お待ちしておりました、ヴィクトリア王女」


 差し出された手を、取れという事なのだろうか……うぅ、胃が痛い。





 それからあれよあれよと話は進み、私はヴィクトリア王女としてシェイド帝国へ行く事に。


 聖女である本物のヴィクトリア王女を手放したくない国王は快くこれを認め、お互い同意の上で妃を決定したため、後からどんな理由があったとしても出戻りは絶対になしだという取り決めまでされて送り出された。


 頼まれたってあんな牢獄のような王宮、二度と戻りたくない私としては、万々歳だ。


 ヴィクトリア王女だけが、「どうして! 私がヴィクトリアなのに!」といつまでも駄々をこねていたが、国王に一喝され悔しそうに固く唇を噛み締めていた。


 どうやらヴィクトリア王女はイケメン好きらしく、皇帝に一目惚れしたらしい。だから妃をヴィクトリア王女にすると明言された晩はとても機嫌が良く、自分を磨くので忙しかったようだと、身支度を整えてくれたメイドのアンが教えてくれた。


 最初から変な小細工しなければよかったのにね。でも最後まで悔しそうにこちら睨むヴィクトリア王女の姿を見て、今までのお返しが出来た気がして正直少しスッキリした。


 それで今現在、ユリウス皇帝と一緒に馬車にのってシェイド帝国へ向かっているわけだけど、悪びれもない顔で彼はこう言った。


「所でそろそろ、本当の名を教えて頂けますか?」

「ルーチェ・ルミナス、です」

「ルーチェ、素敵な名前ですね」

「どうして、私を妃に選ばれたのですか?」

「妻にするなら美人が良いでしょう?」

「そんな理由で?!」

「ふふふ、冗談です。それだけではありませんよ」


 読めない人だ。

 それがユリウス皇帝に抱いた、私の率直な感想だった。


「聖女の力を、欲しておられたのではないのですか? 私には使えないのに……」

「私は、先の可能性を見て妃を選びました」

「先の可能性、ですか。それなら、サンドリア様やエレノア様、もしくはミライア様の方がよろしかったのでは? 私はあの中では一番年長ですし」

「ルーチェ、君は酷い方ですね。私に国民から『幼女好きの変態』だと白い目で見られながら帰れと仰りたいのですか?」

「べ、別にそういう、わけでは……っ!」


 失礼だと思いながらも、可笑しくて思わず肩が震える。私の妻ですなんて言いながらミライア王女を抱えていたら、確かにヤバイ人にしか見えないだろう。


「やっと、笑ってくれましたね」


 確かに、こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。


「貴方は不思議な方ですね」

「ふふふ、良く言われます。それに、これから共に歩むのです。こうやって冗談を言い合える仲の方が、気が楽ではありませんか?」

「確かに、そうですね。油断すると、うっかり貴方がシェイド帝国の皇帝陛下だって、忘れそうになります」

「それはとても良い傾向ですね。どうぞ私の事は気軽にユリウスとお呼びください」

「ちょっとそれは流石に……」


 不敬すぎやしないだろうか。


「そうですか、残念です。また違う機会にチャレンジしましょう。君の心を開く事が、私の使命ですからね」

「それは、どういう意味ですか?」

「説明するために、脱線したお話を元に戻しましょう。私は先駆者の瞳を持っています。簡単に言うと、その方の持つオーラを見て相手の言っている事の真偽を読み取る事が出来ます」


 真偽を読み取る?! ってことは……


「君が気絶したフリをしていたのも、違う名前を仰ったのもぜーんぶ分かっておりました」

「で、ですよね……」

「それだけではありません。心に枷をつけて、聖女の力を目覚めさせないよう必死に抑えていらっしゃるのもね。何か心当たりはありませんか?」


 ユリウス皇帝のオッドアイから放たれる視線が、じっと私の真実を探るかのように注がれる。この方に、嘘は通用しない。それなら、正直に話すしかない、よね。


「そ、それは……二十歳までに聖女の力を発現させなければ、王宮から追い出してもらえるので、それで……自由を手に入れたかったのです」


 十三歳の頃、母が事故で亡くなった。その後、王国騎士団に連れられ、王宮に軟禁された。私には国王の血が流れているからと。そこに拒否権はなくて、ただひたすら生き延びる事だけ考えた。


「やはり、君を選んで正解だったようです。ルーチェ、私は君が心につけた枷を、外して差し上げたい。それが先程の質問の答えです」

「もし私が聖女の力が目覚めなかったら、どうなさるおつもりですか?」


 今はこうして優しくしてくださっても、それが続くという保証はない。


「うーん。その時は、私の接し方に問題があったのでしょうね」

「ど、どうしてそうなるんですか?!」

「心を開くに値しないつまらない男だと、ルーチェに思われてしまったという事でしょう。それが私以外の誰に責任があると?」


 至極当然だと言わんばかりのユリウス皇帝を前に、私が間違っているのだろうかと一瞬錯覚しそうになった。けど違う。私はそうは思わない。


「私の力不足だとは、思われないのですか?」

「君は誰よりも強い聖気をお持ちです。それはあの自称聖女の高飛車王女とは比べ物にならない程のものです。私が直接見て確かめたので、間違いはありません」


 先駆者の目で確認して仰られているから、本当の事なのだろう。ここで私が否定しては、皇帝の能力を否定するのと同義となってしまう。だからこその、先程の言葉なのか。


 それにしても、自称聖女の高飛車王女って、ヴィクトリア様の事だよね。他の王女様達には優しく声をかけていらしたのに、何故ヴィクトリア王女にだけは辛辣なんだろう?


「陛下、ヴィクトリア様に何か恨みでも……?」

「そうですね。君に雁字搦めの鎖をかけてしまったのは、あの性悪女でしょう? 違いますか?」

「違わなくも、ない、かもしれません……」

「あの腐った王国の事は忘れましょう。君はこれから私の妃となり、シェイド帝国の民となるのです。かわいい姫の顔が曇っていては、私まで悲しくなってしまいます。どうか先程のように、笑顔を見せてはくれませんか?」

「口が軽いって、よく言われませんか?」


 思わず心の声を口にしてしまった。怒られるかなと思ったけど、何故か皇帝は嬉しそうに顔を綻ばせている。


「どうしてご存知で? ルーチェ、君はもう私の事をそんなにも、理解して下さっているのですね!」

「……誰でも、分かる事かと存じます」

「ふふふ、これから君の事もたくさん教えて下さいね」


 そう優しく微笑んで下さる皇帝を前にして、ほっと心が安堵する。

 少し変わっていらっしゃるし、嘘はつけないけど、悪い方には見えない。

 息の詰まるような王族に囲まれて生活するのに比べたら、この方の隣にいるのが百倍いい!


 まさかこんなに早く、王宮から抜け出すことが出来るなんて思ってもなかった。空に向かって祈りを捧げると、神様が願いを叶えてくれる。お母さん、良いことを教えてくれてありがとう!


「陛下。改めまして、これからよろしくお願い致します」

「そんなかしこまらずに、私の事はユリウスで結構ですよ」

「…………ユリウス様」

「そのうち敬称も外して下さいね」

「努力、します……」


 流石にまだ、名前を呼び捨てに出来る程のメンタルはない。


「ルーチェ、これだけは必ず約束します。たとえ君に聖女の力が目覚めなかったとしても、君は私のたった一人の妃です。私の隣が君の居場所です。それは誰にも奪わせません」

「ユリウス様……他に妃は娶られないのですか?」

「ええ。やっと欲しかったとても美しい花を見つけたんです。私はその一輪を、大事に慈しんで守っていきたい」


 不覚にも、その言葉に一瞬胸がときめいた。

 ユリウス様はシェイド帝国の皇帝だ。グズ国王のように後宮を持って、何人も妃を娶るのが普通だと思っていた。ドロドロとした後宮は空気が悪く、いつも誰かの悪口が飛び交うような陰険な場所だった。

 まさか皇帝であるユリウス様が、私だけを大事にするって宣言してくれるなんて、思ってもみなかったのだ。しかし――


「もしその時は、愛の結晶をいっぱい作りましょうね。君と私の子供なら、きっと可愛い子達が生まれる事でしょう!」


 思わず蹴り飛ばしそうになってしまったのは、不可抗力だよね? だってお母さん言ってたもん。


『下半身で迫ってくるような男なんて、蹴り飛ばしてしまえばいいのよ』って。


 でもユリウス様は私の旦那様になられる方で、蹴り飛ばすわけにはいかない。


 お母さん、こんな時はどうしたらいいの?





 国境を超えて、シェイド帝国へ入る。馬車を乗り換えて、皇城へ向かう途中気付いたのは、とても霧が濃いということ。まだお昼なのにも関わらず、どんよりと辺りは薄暗い。


「こちらはお天気が悪いようですね」

「いいえ、今日はまだましな方です」


 これで、良い天気なの?


「驚かれたでしょう? 瘴気の影響で、シェイド帝国はいつもこのように霧がかかっています。魔物を倒せば一時的に晴らす事は出来るのですが、浄化する事が出来ないためすぐにまた湧いてしまうのです。戦争の影響で最近は討伐が追い付いておらず、この国で最後に太陽を見たのは、私がまだ幼い頃に一度だけなんです」

「申し訳ありません。シェイド帝国がここまで酷い状況だったとは存じず、失言でした」


 そもそも戦争の発端となった原因も、グズ王が聖女不在というシェイド帝国の弱みを盾に、不当に無理な条件を押し付けて利益を優先させていたせいだと、側妃様達が話していたのを聞いたことがある。


 聖女の派遣を渋りながら、高価な魔道具を安く買い付ける。相手の足元を見て横暴な態度をとり続けた矢先に、こちらの外交官だったランドール公爵が無礼な態度をシェイド帝国の皇女様にとった。それが開戦の火蓋となったらしい。


 もし他国で、こちらの私生児の王族に接するのと同じような態度を取れば、まぁ不敬罪となるのも頷ける。


「どうか謝らないで下さい。自国の民を守るためとはいえ我々も、決して少なくはない犠牲をルミナス王国に与えてしまいました」

「それでも、限界まで耐えてこられたのでしょう? シェイド帝国は魔術国家として有名です。本気を出せば国の一つや二つ、容易に潰してしまえるという噂を耳にした事が……」

「否定はしません。ですがその後に残るのは、地獄絵図のように悲惨な光景だけです。唯一の聖女の血筋であるルミナス王国を滅ぼしてしまえば、今度はこちらが他国の恨みを買うだけですしね」


 他国では重宝される聖女が、ルミナス王国では奴隷のような扱いを受けているなんて言ったら、ユリウス様はどう思われるだろうか。


 大事にされるのは純潔の王族の聖女だけ。私生児として生まれた聖女は力に目覚めてしまえば、死ぬまで危険な地方を巡礼して行う過酷な浄化任務が与えられる。一生王家の飼い殺しの奴隷のような扱いを受けて、最期は魔物に襲われ命を落とすと、第二王女のサラ様が教えてくれた。


 無能の烙印を押されたとしても、生きるためには追い出してもらうのがいいと思っていた。けれどこうして困っている人達を助ける力を持っていたかもしれないのに、ただ逃げることだけに必死だった私は……


「ルーチェ?」

「ごめんなさい。私は現実を知ろうともせずに、ただ逃げる事だけを考えていた卑怯者です」


 幻滅されたかもしれない。

 怖くてユリウス様の顔を見れない。


「それの何が悪いのですか?」

「……え? だって……」

「君は大切な命を守るために、そう行動していただけに過ぎません。本当に悪いのは逃げ出したい程に苦しい環境を作った方だと、私は思います。だからルーチェ、君は卑怯者ではありません。大切な尊き御身を守るために頑張ってきた、とても勇敢な方です」

「……ズルいです」


 私の汚い部分を知っても、ありのまま受け入れて優しく包み込んでくれるなんて、そんなのズルい、反則だ。


「今私、ちょっと良いことを言いましたよね! どうです? 少しは惚れました?」


 何でだろうか、上がった好感度が一気に急降下していったのは。


「ユリウス様……」

「はい! 何でしょう?」

「残念イケメンの称号を与えます」

「ざ、残念イケメンとは?」

「折角上がった好感度をすぐに下落させてしまう、残念なイケメンに与えられる称号です」

「少しは好感度上がりました?」

「上がった後に下がったのでプラマイゼロです」

「そ、そんな……」


 ユリウス様はがっくりと肩を落とした。

 でも本当は少しだけ好感度上がったんだけど、それは言わないでおこう。

 それよりも今は、この霧をどうにかしたかった。


「このお天気だと、作物も育ちにくいのではありませんか?」

「お察しの通りです。毎年輸入に頼らなければ、自国民の食べる分さえ確保が難しいのが現状です。この霧さえ晴れれば、昔のように緑豊かな大地に戻ってくれるとは思うのですが」

「少しだけ、馬車を止めて頂けませんか?」

「それは構いませんが、気分でも悪くなりましたか?」

「いえ、祈ろうと思いまして。母が言っていたのです。空に向かって祈りを捧げれば、神様が願いを叶えて下さると。この霧が晴れるように、お祈りさせて下さい」

「ええ、分かりました」


 馬車を止めてもらい、外に出る。そして私は空に向かって祈りを捧げた。


「神様、どうかこの霧を晴らして下さい。シェイド帝国の皆さんが食べるものに困らなくて済むように、どうかお助け下さい」


 神様は、きっと叶えてくれる。だって今までも、そうして私を守って下さった。


「どうかされましたか?」


 ユリウス様が驚いたようにこちらを見ていた。


「祈りを捧げている間、君の聖気が少しずつ空へ上っていったんです。もしかすると、本当に霧が晴れるかもしれませんね」

「こうして祈ると、不思議と私の願いは叶ったんです。霧も晴れてくれるといいのですが」

「ええ、そうですね。ルーチェ、ありがとうございます」


 そう言って、ユリウス様が優しく微笑んだ。全く邪気の感じられないその自然な笑顔はとても綺麗で、思わず見惚れてしまう。

 はっ! 我にかえって恥ずかしくなった私は、さっと視線をそらして答えた。


「お、お礼は、私が何かお役に立てた時で結構ですよ。まだ何も出来ていませんし」

「シェイド帝国の民の事を考えて、祈って下さったでしょう? そのお気持ちが嬉しかったのです。だから、ありがとうなんですよ」


 ユリウス様の隣に居ると、不思議と心が安らぐ。嘘をついてもすぐにばれるから、下手に取り繕う必要がないからかな?

 王宮では、言いたいことも自由に言えなかった。自分の意思とは真逆の事ばかりを言うよう、強要されてばかりだったし。


「ふふふ、そんなに熱心に見つめて、私の顔に何かついていますか?」


 この方は、私が何を言っても受け入れてくれる。だったら……


「すごく綺麗な瞳だなって、思ったんです。ユリウス様を最初に拝見したとき。だからもっと、よく見せてくれませんか?」


 長めの前髪が、せっかく綺麗な瞳を隠して勿体ないと思っていた。


「………えっ?!」

「やはり、とても綺麗です! ルビーとサファイアのように澄んでいて美しい。それなのに、どうして前髪で隠していらっしゃるのですか? 勿体ないです」

「あ、あの……る、ルーチェ、君はとても大胆な女性なのですね」


 そう言われて初めて、距離が近いことに気付いた。


「ああ! ごめんなさい!」

「そんなに真っ直ぐに私を見てくださったのは、君が初めてです。大抵の方は、私と視線を合わせないように必死ですから」

「確かに、やましいことがある方は視線を合わせたくないでしょうね」


 嘘がバレちゃうから。


「そうですね。でもそれだけではありません。左右で色が違うのは、その……不気味ではありませんか?」

「そんな事ありませんよ! すごく格好いいです……って、何で隠しちゃうんですか?!」


 ユリウス様は、両手で顔を覆って俯いてしまった。


「君があまりにも眩しすぎるから……」

「えっ?! 私のオーラが今、発光してるんですか?! それはすみません!」

「い、いえ、そういうわけではなくて、ですね……」


 その時、一筋の光がユリウス様の後ろにさした。


「ユリウス様、見てください! 太陽が! 霧が少し晴れてます!」

「本当ですか?! あぁ、本当に……太陽が……っ」


 振り返ったユリウス様は、空を見上げて感無量といった感じで必死に涙を堪えておられた。


「嬉しい時は、泣いてもいいんですよ」


 背中をさすってあげると、ユリウス様の瞳から涙が流れた。

 ルミナス王国では太陽なんて当たり前のように昇って沈んだ。でもシェイド帝国の方々にとっては、それがとても貴重なものなんだと分かった。


「ありがとうございます。ルーチェ、君が来てくれて本当によかった」


 ユリウス様は、あの地獄のような王宮から私を救い出してくれた。だから今度は私が、この方の力になりたい。





 その後、ユリウス様の溺愛に陥落した私は心を解放した事で、聖女の力を完全に使いこなせるようになった。おかげでシェイド帝国の深い霧は晴れて、無事に平和を取り戻す事が出来た。


 その一方で、ルミナス王国ではオスカー王太子が何故か聖剣を扱えなくなり、ヴィクトリア王女は聖女としての力が突然枯渇して使えなくなったと騒ぎ立てているのを、風の噂で聞いた。


「ルーチェ、君があちらの国で祈るのを止めた影響かもしれませんね」


 私を腕の中に閉じ込めたまま、そう言ってユリウス様は笑っておられた。


 ルミナス国王が私を返せと必死に訴えているらしいけど、どんな理由があっても出戻りはなしだと取り決めして送り出されたのだから、勿論帰るわけがない。

最後までお読みくださり、ありがとうございます!

評価やブクマで応援して頂けたら大変嬉しいです。


よければこちらも暇潰しにどうぞ!

お昼頃投稿した短編です。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 公爵は実家の伯爵家をそのままにはしないと思いたいので、完全に治ったあとのラブラブのお二人の話と実家の没落話をみたい。 [一言] ぜひ続きを。
感想一覧
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