On Japanese internet, cute NEKO is called "NUKO".
一歩踏み出したその瞬間、俺の視界は真っ暗になり、気付けば街の入り口にワープしていた。
「よし、まずは銭湯を探すか……それか温泉だな」
俺は女湯に入るためにわざわざ街まで来たと言っても過言ではない。辺りはドチャクソ活気に満ちていて、まるで祭りでもやってんのかってぐらい賑やかだ。これだけ栄えているのならば銭湯の一つや二つあってもおかしくないハズ……!
ちなみに、街の雰囲気はそこそこベタな中世ヨーロッパ風の感じだ。だが、俺の思っている中世ヨーロッパと実際の中世ヨーロッパは違うかもしれないし、イメージがちゃんと他の人に伝わるのか不安なので、ここはあえて「『アーバンレジェンドの殿堂』風の建物が立ち並んでいる」と言っておこう。
俺はそんなアーバンでレジェンドな石畳で舗装された道路を早足で歩き始める。
そうだ、少しでも情報を得るために、すれ違う人々の会話にも耳を傾ける必要があるかもしれない。俺は猫耳をピクピクさせて周囲の音を拾う。すると……
「ぅゎーぉっきぃねこちゃんがぃるー」
「僕は幸せになれる壺をたったの四万円で買ったから大丈夫!!! ピャー」
「鉛筆削塵是誠美味也咀嚼咀嚼(*´ω`)」
なんというか、皆まあまあ楽しく暮らしているようだ。
さて、銭湯の目印と言えば「長ーい煙突」と「立ち昇る白い煙」なわけだが、今のところは黒い煙(たぶん火事が起きてる)と緑の煙(恐らく毒沼が発生してる)ぐらいしか見当たらない。
「んー、やっぱアーバンレジェンド的世界観だと銭湯とか無いのかなあ……?」
後で知ったのだが、俺の予想通りこの世界には銭湯は存在しなかった。聞いた話によると、一年分の雨が六月六日に全部まとめて降ってくるので、水を有効活用するのが難しいらしい。
まぁ街外れの丘に温泉があるのだけれども。
「イヤッホー温泉きたーーーーー!!!!!!!!!! さっそく湯船を泡だらけにしてやるぜぇ」
と思ったがしかし! 俺がその温泉に辿り着いた頃にはすでに街を3周半ぐらいしてヘトヘトになっていた。もう女湯を覗くとかそういうのよりも、あっかた~い温泉に浸かって身体を癒したい気持ちの方がもはや大きい。
そして都合がいいのか悪いのか、ここは街で唯一の温泉であるにも関わらず、なぜか利用者が俺一人しかいなかった。真っ昼間はこんなもんなんだろうか。
俺は脱衣所に入り、転生する前から着けっぱなしだったクソダサジャージを脱――ごうとした瞬間、俺は何かの気配を感じ、すぐさま後ろに飛びのいた!!!
次の瞬間、先ほどまで俺が立っていた場所の天井が崩れ、上からデカめのなにかが降ってきたのである!
ガシャーンと金属の落ちる音が狭い脱衣所に反響し、思わず俺の体がびくりと震える。
「ギギ……あなたは怖いですか? あなたは泣いていますか? ギギギッ、問題ありません。我が名は"██マ█"」
何かを呟きながらガチャガチャと体勢を整えるソレは、とにかく異質なロボットだった。
全身はくすんだ白色。金床みたいな形のボディはだいたい洗濯機ぐらいの大きさで、四本の腕が生えている。下半身は無く、50cmほど宙に浮いているのは異世界特有の謎技術だろうか。
「"大峡谷温泉にようこそ!" 猫は安全にしてください。この先は炎の水です! ガガガッ」
ロボットは耳障りな声で話し始めた。ボウリングの球みたいな頭に描かれた最低限の表情が、俺の不安をさらに掻き立てる。
とりあえずいつまでもロボットと呼ぶのもアレなので、俺はコイツの事を「ぺッパ一君」と呼ぶことにした。
ぺッパ一君が何を考えているかは全く読み取れないが、まずは平和的に話し合いできないか試してみよう。
「おーっすぺッパ一君元気してるー? 俺はあんまり元気じゃないんだよね。これからお風呂入ってゆっくり肩まで浸かるからさ……というわけでさっさとお引き取り願えませんかねーってHAHA」
こういうのはキレるとどうなるか分かったもんじゃない。だからなるたけフレンドリーに接したつもりだったが……逆効果だったようだ。
「ガガ、数々の飛行がホーム画面を焼きました。私はただ、私はただ、私はただ、私はただ、それはチョコレート・私は叫びます! それは後悔。誰も救えない。あなたは選ぶ義務があります:"スポ窒息"又は"我が胸の中で絶息"!」
ぺッパ一君は聞き取れないほどの早口で何かをまくし立てると、突然どこからか紫色のシャベルを取り出し、俺に向けてきたのだ!
「はわわわわわ!!! 頼む見逃してくれぇー!!!」
俺はびっくりして尻もちをついてしまう。慌てて起き上がろうにも、腰が抜けてしまい上手く力が入らない。俺はそのままずるずると後ずさった。
「痛って!」
ガツンと後頭部に衝撃が走る。何か硬いものにぶつけてしまった。
後ろを振り向くと……そこにはもう一体のぺッパ一君が!
「……へ?」
「「「「あなたの幸せはしぼんでいます……ギギッ、"救い"が必要です」」」」
否、ぺッパ一君は二体だけではなかった。気付かぬうちに俺は、合計で四体ものぺッパ一君に囲まれてしまっていたのである!
「おいマジかよ……終わったなこれ」
俺は異世界転生してネコミミ美少女になっただけの、ごく普通の高校生だ。もちろん戦う術など持ち合わせていない。俺はこのまま得体の知れないロボットに殺されるしかないのだろうか。
いや、そもそもこのロボット達の目的がよく分からない。もしかしたらちょいとツンデレなだけで、まだ仲良くできる道が残されている可能性が微レ存している。それに賭けるしかない……!
考えている間にもシャベルを手ににじり寄ってくるぺッパ一君×4。俺はそいつらの顔を見て確信した。
(あかん。完全に殺る奴の目をしとる)
油性ペンで描かれたみたいな顔してるくせに、俺を殺そうとしている雰囲気がビシバシと伝わってくる。これは非常にマズい。だがこの状況を打開できる方法があるわけもなく、俺に選択肢は残されていなかった。
かくなる上は。
「お願い……おねがいですから、ハハ、どうか殺さないで、欲しいですにゃん……ッ♡♡♡」
恥もプライドも全部投げ捨てて、語尾に「にゃん」まで付けて命乞いをした。
声は震え、顔は涙でぐっしょりと濡れているにも関わらず、俺の口からは乾いた笑い声が漏れる。
数秒間のピリピリした沈黙。ぺッパ一君達は俺の必死な懇願にしばらくフリーズしていたが、やがて気を取り直してシャベルを構え直した。
「「「「過去に誰も来ることはありませんでした。ギギ、ガガガ。それらは本当に"草www"です。私は飛行と土に溶かされている……」」」」
上を見上げる俺の視界に、振り上げられた四つのシャベルが映る。もうダメだ。そう思い瞼を閉じた刹那、耳元で澄んだ声がした。
「もう大丈夫だよ」と――。
俺の周りで響いていた煩い機械音が聞こえなくなった。さらに、いつまで経ってもシャベルが振り下ろされる痛みがやってこない。
恐る恐る目を開けると、最初に視界に入ってきたのは、ドアップの少女の顔だった。
「大丈夫? 怪我は無い? 怪我あったら魔法で治すから!」
一瞬何が起きたのか分からなかった。周りを見回すと、縦に真っ二つにされて動かなくなったぺッパ一君が四体分、床に転がっていた。
「うん、見たカンジ無事っぽいね。安心したわ」
突然現れた謎の少女は、俺の手を引いて起き上がらせてくれた。
年齢は多分俺と同じぐらいの雰囲気だが、スラっとした体形をしていて俺より少し背が高い。髪は明るい青色で、後ろで束ねて長めのポニーテールみたいにしている。
そして何より目を引いたのが、彼女の隣に突き刺さっている、青白い光を放つ大剣だった。
「……えっと、あなたは……?」
まだバクバクいう心音を深呼吸して整え、俺は目の前の少女に問いかけた。
「あっごめんなさい! 私は『シャルロッテ・リーゼライン』! 勇者として時空を渡って人助けとかしてるの!」
「それはそれはお疲れ様です。あれ? ありがとうございますかな」
この世界には勇者とかもあるらしい。さらに時空を渡ったり魔法も使えたりするようだ。勇者ってすごいんだなぁ。
「さっきのは多分ゴースト化したサイボーグね。天井にお札を貼っていればこんな事にはならなかったんだけれど……」
「サイボーグもゴースト化するんスね。あっそうだ、初勇者記念に握手しましょ!」
「その前に、脚がプルプルしてるわ。少し背中をさすってあげる」
そんな事をしているうちに、やがてぺッパ一君の残骸は光の粒となって消えていってしまった。
「あー、なんか神秘的っスねえ」
思わず出会えた綺麗な光景につい見とれてしまう。シャルロッテたんの方を向くと、彼女は驚いたような、慌てたような表情で固まっていた。
「嘘……これ全部ゴーストの分身だったってコト!? ちょっとごめんね。今からすぐ本体の魔力を辿るから!」
そう言うとシャルロッテたんは腕を前に突き出して目を閉じ、ぶつぶつと呪文のようなものを唱える。
数秒後、シャルロッテたんは大剣をぶっこ抜くと、ひとこと「ついて来て!」と言い放ち、街に向かって走っていってしまった。
「おいちょ、速いって、てか後で握手して欲しいっすー!」
急いで追いかけようと俺は走り出す……が、足がヘトヘトでもう動けない。仕方なく俺は逆立ちダッシュでシャルロッテたんについていった。