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包帯に巻かれた戦王

 回数で言えば二、三度目のセルジオ城に入る。

 しかしだいぶ昔の記憶なので初見と変わらん。

 廊下は通るだけの道でしか無く、花瓶に花を活けてあるのが唯一の飾り物であった。なんとも面白みの無い城だ。

 果たして昔からそうであっただろうか。と、俺は辺りをキョロキョロ見回しながら考えていた。

 ガーネットは無言を貫いたままで先々を歩く。

 俺の方からおどけて突っついたりも出来ん空気感であった。

 まさかこのまま地下牢に連れて行かれるのでは無いかと途中不安がよぎった頃、ガーネットが壁のところで足を止める。

「あそこに療養中の王がいます。ここで少しお待ち下さい」

 そう言い、倉庫のような扉を開けてひとりで入って行ってしまった。

 残された俺達がここでどれほど不安を積らせていたかは知れない。


 医務室らしき部屋に医者とそれを手伝う者が二名取り掛かっていた。

 後からもうひとりの女性が部屋を行き来し、必要なものをどこからともなく持ってきたりしている。

 手際よく動いている三人の医療者は、まさに一大事と言わんばかりにあくせくしていた。

 中央のベッドには多くの包帯を巻かれた大男が横になっているのだ。

 つまりは無事にアルゴブレロのもとへ案内されたことに、正直驚きを隠せないでいる。

「良いのか?」

 俺はガーネットを振り返ってそんな尋ね方をしてしまっていた。

 怪我人は話せる状態なのか、と当人を前にしてやっと気を使いだしたのである。

 ガーネットはコクリと頷いた。だが、その後で俺にしか聞こえんくらいの小声で言う。

「私のことは忘れておいて下さい」

 それがどういう意味なのか問う前に、ガーネットは裾を翻して部屋を出ていってしまった。

 何か用時を思い出したとかではなくて、もう二度とこの部屋に戻ってくることは無かった。


 医療者の世話は頃合いが過ぎると落ち着く。

 あとでカイセイに話をさせたら、どうやら止血剤が足りなく、あるもので賄っている状況だと言う。

 いったいどうしてこの王は、そこまでして戦場に居続けるのだろう。

 薬のせいで眠らされているアルゴブレロをまじまじと眺めるのは妙な気分だ。

「起きるまで待つしかありませんね」

 窓を眺めながらカイセイがつぶやいた。

 厚ガラスの向こうでは川岸が薄く見えており、目を凝らせば接戦中の様子も見ることが出来る。

 ひとりひとりの悲鳴や雄叫びは届かないものの、大砲が鳴ると軽くドンと衝撃音が走ったりもした。

 そんな居心地の悪い場所には長居したくないものである。

「こっちには時間も無い」

 俺は寝ているアルゴブレロの頬を強めにつまんだ。

 こちらも剛鉄で出来ているのでは無いかと思うほど硬い頬だった。

 ピクリともせんから今度は少し頬を叩く。

 そのペチンという音を聞いて「ちょっとちょっとちょっと!」とカイセイは俺のことを振り返ったらしい。

 だが知らん。それでも起きないと言うなら鼻と口を同時に抑えてやる。

 アルゴブレロは目を閉じたまま苦しそうに首を左右に振っていた。

「お、お止め下さい」

「でかい声を出すなよ。人が来たらマズイからな」

 俺は悪人のようなことを言い、続けた。

 王の目覚めを今か今かと待ちわびていたら、その時は急に訪れる。

 自身の危機を察知したと、アルゴブレロは血走ったデカい眼を開眼させたのである。

 共に見下ろしていた俺とカイセイは「ぎゃああ!」と叫び、後ろの壁に後退した。


 王が目覚めれば事態は平和なものから一転する。

 その最も発言力のある声で「衛兵!」を呼びかければ、まさに鶴の一声というやつで、俺達は一瞬にして五十もの兵士に取り囲まれてしまった。

「戦時中であるのに用意周到だな」

 俺達はここでは剣を取らずに両手を上にあげていた。

 反抗的な態度は俺の口だけなのである。

「ジョーサンの息子か。どこから湧いて出た」

 ざらついた声で言った。

「レイヴン・バルだ。つい先日にも会ったので名ぐらい覚えていて欲しい」

 するとアルゴブレロは鼻で笑う。

 ……そのまましらばっくれて水を飲んでいた。

「おい! 笑うぐらいなら何か言え!」

 俺に向けられた槍先がずいと前に出て抑えにかかる。

 ジジ臭くぬる水で寝起きの喉を潤したアルゴブレロは、俺をよそ目に一息ついていた。

「……まあ、そう噛み付いてくるな若造」

 アルゴブレロは包帯で巻かれた自身の左足を両手で持ち上げ、すこし位置をずらしたようだ。

「あの馬鹿息子を助けたいとか言ったか? そりゃあ貴様らの好きにすれば良い。アレの命があろうが無かろうが、俺の明日が左右されることは無い」

 そう言いながら右足の方も両手で持ち上げる。

 両足は痺れてかして動かんのだろう。痛みを我慢するよう歯を食いしばっていたのを俺は眺めている。

 肩や頭にもガーゼが貼られていた。変えたばかりであるのに、もう徐々に血もにじみ始めてもいた。

「人の生死を言う前に、瀕死そうなのはお前だろう」

「ふん。先に死ぬのは貴様で決まりだがな」

 だがアルゴブレロはその口ぶりに反し、衛兵に指示して俺達に向ける刃物を降ろさせていた。

「貴様が消える前に要件だけは聞いておこう。遺言としてな」

 アルゴブレロは天井を見上げながら言った。


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