監視役がやってきた
城ではいつもどおりの生活が始まる。
ただし、いつもと違うのは、常に視線を向けられ続けているということである。
仕事をしていても食事を取っていても着替え中も、朝から晩を越えて次の朝まで俺は一人にはなれない。
この日の書斎でもそうであった。
「……」
机の上に山積みになった資料に手を伸ばし、一枚取って内容を読む。
それが良いものであれば許可の枠に判を押す。そうでなければ不可の場所に押す。
「……」
「……」
紙がなびく音と、判を突く音だけが鳴っていた。
この部屋にいる俺もカイセイも、まさか極限まで集中しているのかと外部の者には勘違いされそうである。
外で小鳥でも鳴いていてくれれば、この張り詰めた空気も多少は緩和されそうであるが、この時は小鳥もそんな気分じゃ無いらしい。
俺は邪念により集中力を注げないで資料の文章を何度も始めから読むことになり、実は全然仕事が進まないのである。
こんな静けさを作り出したのは監視役の目が光るからだった。
かしこまった軍服はうちのものでは無く、髪の毛一本も乱れの無い完璧な兵士がそこにいる。
優しさを効かせて椅子を用意したのに、その彼は直立したままで俺のことを絶えず注目していた。
「おい、カイセイ。ちょっと」
時に誰かと相談したい場合もある。
「はい」
カイセイは自分の席を立って俺の傍に寄ってきてくれるが、端から伺う監視の目はさらに光を増した。
「……お前もこっちに来い。遠くから見られていると何か悪いことでもしているみたいだ」
監視役に言う。そう言えば名前などはまだ聞いていない。
聞いても教えてくれるかどうかは分からんが。
監視役は返事も頷きもしないで、背筋を伸ばしたまま俺の机に近づいて来た。
「酒税の件だ。どう思う……」
「ああ。あの店主ですか。なかなか折れませんね……」
わざわざ別国から派遣された優秀そうな監視兵。ここに来たのは時間のムダであったな。
なにせ別に監視される程の話などこの国には無いのだ。
相談の結果、酒税は引き下げない方向で進むことにした。
大した話でもないので監視役にはガッカリぐらいしてほしいものである。また定位位置に戻って再び俺のことを睨みっぱなしだ。
俺は大きな溜息をつき、カイセイも少し困った表情を浮かべていた。
「バル様、ロマナ様が来られました」
急に鍵守の兵士が外から言い、俺とカイセイは驚いている。
そしてその後から、遠慮がちなノック音が鳴らされた。
「なんだ? 順番が逆だろう」
そう思って口に出していたら、何やら扉の向こうで女性の爆笑が聞こえてきた。
とりあえず用があると思うのでロマナを中に呼んだ。
扉を自ら開けて入ってくる中性的な顔は、まだ笑い止まず涙目であった。
「みんな緊張しちゃって面白いねぇ」
それでひとり爆笑しているらしい。
「城中どの道を通っても監視兵士と出会ったよ。バル君から聞いた話だと、私はてっきり君ひとりを見張る兵士が派遣されて来るのかと思っていたけど、違った?」
「ああ。俺もそう思っていた。迎えに出たらとんでもない数の兵士がいて驚いたものだ。まるで占拠されるみたいにな」
すっかりツボの浅くなったロマナがまた腹を抱えて笑い出す。
だが実際、監視役として派遣された兵士はこの国の兵数より上回る数である。
それも皆叩き上げを受けたエリート集団みたいな軍勢だ。うちの兵士が怯えてたまらん。
「で、何用だ?」
人の職場で腹を痛めている者に問う。
笑い納めたロマナは息を整えつつしゃんと立った。
「別に? バル君暇してないかなーって思って来てみただけよ」
「それが本当なら実に迷惑な理由だ」
俺は長年の付き合いにより、このパターンは何度か経験済みであった。なので早速暴いてやる。
「どうせ荷物持ちにでもスカウトしに来ただけだろ」
するとロマナは不敵な笑みを浮かべた。
「やるじゃないの。さすが私の教育した王子だ」
「あまり褒められた気がせん……」
ロマナは聞いておらず勝手に話を進める。
「私の愛犬が居なくなっちゃってさ。頼める相手が見つからないのよ。だから」
「だったら適当な兵士に頼めばいいだろう」
俺は真っ当なことを言ったつもりだったのだが、ロマナは心底嫌そうな顔をした。
嫌がる理由は「面白くない」とのことだ。物を運ばせるのに面白みが必要なのかと真剣に問えば「そうだ」とロマナは譲らない。
そんなところへ新たな来客が訪れる。例のトンネル開通に動く兵士であった。
「カイセイ様。間もなく着工するとのことでご連絡を」
皆が注目する中でカイセイが懐中時計を確認した。
思っていた時間よりも過ぎていたらしく「あっ」と少し声を漏らしていた。
「分かりました。少し遅れてから行くと伝えておいて下さい」
「はっ!」
カイセイの言伝を受けて部屋を出ようとする兵士。
「ちょっと待って」
そこで待ったをかけたのは俺ではなくてロマナである。
「視察ならバル君が行くよ。そう伝えておいておくれ」
「おいおい勝手を言うな。俺は暇では無いんだぞ」
机に乗った仕事の山を見るように示した。なのにロマナは「仕事が進んでいないみたいだ」と違う見方をした。
「ちょっと気分を変えるつもりで付いてきてくれたまえ。ほんの二時間程度だ。なあカイセイ、別に良いだろう?」
カイセイの許可を得たことで、俺はロマナに引きずられて書斎を出て行かされる。
そして少し忘れていたが、俺の後にはもれなく監視役の兵士も靴音を立てて付いて来た。
城の玄関ではすでに荷物を小包にしてまとめてあった。
「はい、これ。くれぐれも落とさないでくれよ?」
当然のごとく、この国の王子に重いものを持たせる教育係である。
「こっちは君が持ちたまえ。働かざるもの何とやら、だからね」
俺が驚いたのは監視役にも荷物を持たせたことだ。
いや、俺よりも監視役の方が驚いているに違いない。あんなに澄ましていた表情に焦りが出ている。
「さあ、歩いて町に出よう」
「馬は使わんのか!?」
「当たり前だろう? 走っている途中で荷物が落ちたら大変だ」
さっきからやけに荷物を丁重に扱えと言っている。
「これは一体何なんだ。どこへ運ぶ?」
「ん? 最新兵器の設計図だけど?」
「……お前なぁ」
ロマナが先を行くから追いかけた。
「あんまり物騒な嘘を付くな。あいつは見て聞いたこと全部を持ち帰るのだぞ。お前が面白がって誂ったことも全地に広まるのだからな」
「そうかそうか。ごめん、じゃあ今のは無かったことでよろしく」
監視役にも新兵器などでっち上げだと分からせるよう、わざと聞かせるために大きめの会話をした。
しかしロマナは反省の色がまるで無い。
「いやぁそれにしてもバル君に手伝ってもらって正解だった。働く腕が六本もあれば、これは往復しなくても一度で済むよ。こういうのを一石二鳥って言うんだね」
ハハハと爽やかな笑い声を響かせた。
もう俺は呆れて怒る気も失せている。




