風荒れる丘‐好意か同情か‐
「エセルさんは当分そっちには戻らないと思うよ」
焼けるような赤い空を見上げながらテダムが告げた。
「彼女は自分の国でやらなくちゃいけないことを見つけたみたいだ。もしかしたらもうあの国を出ないと決めるのかもしれない」
「何故そう思う?」
「断定する理由は無い。強いて言えばエセルさんが一生懸命だからだ」
それを聞いたら、なるほどなと思う他無かった。
エセルは国のあり方などを学んだ途端に自国に帰りたいと言い出したのである。
きっと戦争とは何かを知り、負けた国がどのような末路を辿るのかを悟った上での行動だったのだ。
「エセルの素性のことは聞いているのか?」
「素性?」
その聞き方だとたぶんリュンヒンから聞かされていないのだと思う。
「あいつの父親はカイリュでは無い別人だ。血縁者であると作り話に騙されていて、それで俺のもとへと嫁されて来たのだ。もとは反政治運動の一員で、遠い地からも市民を案じていた。実の母親をカイリュに殺され復讐心をも抱いてもいた」
手短だがだいたいは伝わっただろう。
「エセルさんが復讐心を?」
「気持ちの上だけだったがな」
実際に人の体に刃を立てるというのは別の度胸がいる。
エセルはそれが出来ずにいた。俺もエセルに「やれ」など言いたくは無い。
……俺は俯き考える。
あの時の俺の選択は良いものだったのだろうかと。
彼女にとって嬉しい結果だったのだろうかと……。
「あの戦いはエセルとは切っても切り離せん事件だ。きっとあいつなりに責任を感じているのだろうと思う」
テダムは「そういうことか」と、こぼしていた。
「話してくれてありがとう。おかげで謎が解けた」
「謎? エセルに何かあったのか?」
「いいや違うよ。ただ彼女は……」
テダムは言いかけたものを一旦飲み込む。そして一度頭の中で整理をかけた上でもう一度口を開いた。
「戦争とは手段だろう。勝てば得るし、負ければ失うなんて当然のことだと思っている。だから僕は余計に彼女が嘆く理由が分からなかったんだ」
「……そうだな」
俺も同じだ。結構前にあった出来事を思い出してここで語る。
「俺もエセルと話した時にそんな話題になったことがある。あいつをまだ皇室の姫だと思っていた時だ。軍事的になっていく国の変わり様を嘆き、市民の暮らしぶりを憂いていた。なんて心の優しい姫なんだろうと、この胸を打たれたぐらいだ」
テダムがわずかに笑う。何か知ったような口ぶりで「そこがきっかけだったわけだ」と言った。
「政治家と市民では見えている景色が違うのかもね」
「ああ。俺もそうかもしれないと思っている」
俺とテダムは夕焼け空を見上げていた。そこには形の違う雲がぽつぽつと浮かんでいる。
今にしても俺とテダムとで見ているものが同じとは限らないよな、と俺は思うのである。
「まあとにかくエセルさんのことは僕に預けて欲しい」
横でテダムが身を起こした。そして揃えた靴に足を入れ始めた。
俺はのんびり空を見上げていたが、それどころじゃ無かったと思い出す。
今まさに最愛の人を横取りされようとしていたのだった。
「そうだ。ひとつ教えておいて欲しいんだ」
俺が物申す前にテダムが言う。
「君がネザリアで事を起こしてから、彼女を自国へ連れ帰ったのは何の為だろうと疑問だった。素性を聞いたらなおさら不思議だ。君は彼女に好意があるのか、はたまた同情しているだけなのか、そこが知りたい」
「は!?」
「別に答えはどっちでも良いんだ。ただし答え方によっては、僕からエセルさんへの接し方を変えるかもしれない」
だから素直に答えた方が良いぞ、とテダムは俺に釘を刺しているらしい。
俺は、なんだそれはと思って溜め息を付いた。だがテダムの目は真剣だった。
「それが早くから判明していれば、俺は二度もエセルを手放したりしていない」
「つまり迷っているということ?」
「いいや。愛情が何であるかは、俺はまだ掴みきれていないということだ」
立ち上がったテダムは遠くを眺めながら俺の言葉を落とし込もうとしている。
唸った末、それが難しいらしくテダムは問うてきた。
「エセルさんのこと愛してるの?」
惜し気もなく平気な顔で俺を見た。
「なっ……!」
急に頭の先まで熱くなっていると、テダムはそのままで柔らかく微笑む顔に変わる。
「そうか。よかったよ。ちゃんと考えている証拠だ」
何か俺から答えを引き出して納得したらしい。
また生きてたら会おう、とテダムは手を振りながら俺の行く方とは違う道に消えていこうとする。
「ああ。婚姻の許可は本人にも聞いてみることにするよ」
遠くなった場所で思い出したようだ。手を振りながらテダムは言っていた。
まさかエセルが自分の国で心変わりするはずがない。
テダムと再婚など有り得るものか。
そう俺は思うのだが、懲りずにまた風が強く吹いてくるから何だか不穏な感じだ。




