それぞれの
長い滞在期間を終え、ようやく我が城に戻って来ることが出来た。
予定未定とは知らせてあったが、さすがに長期間の留守であったため、もうすぐで失踪説が作り上げられるところだったらしい。
門番の兵士がそう楽しげに話していた。まあ留守中、城は平和だったと捉えておこうと思う。
「王子!」
城の中に入ると、柱の陰からこちらに駆けてくる人物がいる。
「エセル!」
彼女はひさしぶりの再会に嬉しさのあまり抱き付く……なんてことはなく。きちんと俺の目の前で足を止めた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
久しぶりに見たエセルの顔に少し安心する。
あっちに滞在中は俺も知らずに気を張っていたのかもしれない。今になってその時の疲れがなんだか急にドッとのしかかってきた。
「大丈夫ですか!?」
それで俺は少しフラついていたらしい。エセルが心配してくれて初めて自分で気付ける。
不意に額に冷たいものが当たった。「熱は……」と言っているから手のひらで診てくれているのだ。
「少し疲れただけだ。ちゃんと今日は早めに寝る」
エセルの冷たい手を取って、俺は自分の頬に当てる。こうしていると気持ちが良いし、心まで癒やされていくのだ。
このまま目もつぶれば立ちながらでも眠れそうだと思い、実際ウトウトもしていた。
「バル様! バル様!」
しかしカイセイが俺を呼んできたことで我に返らされた。閉じていた目もぱっちり開いた。
それが大事な要件ならまだしも、カイセイはマルク王の土産をどこに運ぶかと聞いてきたのだった。
「食品はキッチンに決まっている!」
俺は腹を立てて玄関の全員に聞こえる大声で怒鳴っている。
傍でエセルは小首をかしげていた。
「食品?」
「シャーロットの父親からの土産だ」
エセルは馬車から次々に運び出される野菜たちを見送っていた。そして突然ハッとなって俺にせがむようにして言う。
「わ、私もお手伝いをしてきます!」
「やめとけ。力仕事は男共に任せたら良い」
「大丈夫です! エーデンさんの重たい資料を運んだりしていますし!」
俺は行こうとするエセルの首根っこを掴んで、全力で阻止するのであった。
「変わりは無いようで安心した」
俺はエセルに笑いかけながら言った。
だが彼女は「はい」と言いながらも、何故か浮かない顔を浮かべている。
「何かあったのか?」
すぐさま問うと、エセルはモジモジと手を組んだり離したりしだす。
口も開いたり閉じたりで、言おうかやめようか迷っていそうだ。
「あ、あの……」
「どうした?」
エセルは一度唇を噛み締めてから息を吸う。
「私、ネザリアに帰っても良いでしょうか」
「えっ!?」
「こ、ここが嫌になったとか、王子が嫌いになったとかでは無いんです。ロマナさんに国のことを色々教えてもらったら居ても立ってもいられなくて。きっと私に出来ることがまだ沢山あるんだと思うんです!」
エセルはブレない眼差しで俺のことを見つめて力強く言った。
俺から見ればそれは迷っている段階ではなくて、もう決めてあると言いたげなくらいに確固たる信念を持っていそうであった。
「あの国は不安定で荒れている。内戦に巻き込まれることになるかも知れないんだぞ」
「分かっています!」
「貴族狩りとかいう動きもあると聞いたし」
「ロマナさんから聞きました。絶対に素性は隠します!」
……と、エセルは言うが心配しか無い。
しかし直近聞いたばかりのシャーロットの言葉を思い出してしまう。
ここでエセルを引き止めるのが彼女の為になるのかどうか。だが行かせたことで俺が後悔しない保証はまるで無い。
まっすぐに見つめるエセルの瞳だけを見ている。
「わかった。でも、少しだけ考えさせてくれ」
疲労を抱えてベッドに入る俺は、それからやっぱり考え込んですぐには寝付けないのだろう。
エセルがネザリアに旅立って数日経ったある日。いつも通りの日常を取り戻し、俺は書斎にて認可印をつく仕事をしていた。
留守中の溜まっていた仕事を片付けているのであった。
ふとノックが鳴り、扉が開く。外からカイセイが帰ってきたようである。
「バル様。お耳に入れたいことが」
書斎に入るなり真面目な声を出していた。
「何だ?」
「リトゥ様が姿を消しました」
それを聞いて一度は仕事の手を止めていたが、俺はすぐに再開する。
「そうか。良かったじゃないか。これでネザリアの無法者達もうちへ干渉してこないだろう」
「そんな呑気なことを言われては、リトゥを任せていた兵士たちに示しがつきませんよ」
カイセイはそれから深刻そうな面持ちになり、心配事が尽きないようであった。
「何か起こったら対応すれば良いだけだろ」
俺からは無責任な言葉を投げておく。
来客の知らせが入る。ロマナが来たらしい。気は進まないが、とりあえず中に入れろと俺は言った。
ロマナは扉をバーンと押し開けて、サーカス団のように両手を広げて華々しく登場してきた。
「バル君、もう風邪は治ったのかい」
「一体いつの話をしているんだ」
マルク王の畑の手伝いのせいで風邪をこじらせたというのは、もう二週間も前の話であった。
ロマナは跳ねるウサギのごとく軽快に俺の前までやって来る。別にこの人物は嬉しいことがあってそうするのでは無い。
「さあ心して読みたまえ」
俺の方に便箋をよこしてきた。国境外政府機構の紋章付きである。わざと俺に見えるようにしてロマナは渡してきたのだ。
もう封は開いている。先に王妃とロマナで読んだのだろう。
便箋から手紙を取り出すと、真っ先に飛び込んでくるのは宛名であった。それは『レイヴン・バル様』と、丁寧に俺の名だけが書かれている。
ロマナに進められてカイセイも俺の方へまわってきた。二人で顔を揃えて手紙を読んだ。
呼吸も忘れるくらいに集中して黙読を続ける。内容のどこも漏れ落とさないように慎重に文脈を追った。
最後に俺が息を吸うタイミングでロマナが言う。
「時は来たって感じだね」
随分大袈裟なことを言うのだなと、俺は一度苦笑をした。
「やむ終えなしだ。俺は後悔している」
「またまた君はそんな事を言って。私には君の覚悟が見え見えなんだけど」
ロマナの目がキラリと輝いていた。
手紙は、この春に行われる九カ国首脳会議への出席が、正式に認められたことを通達する文章であった。
宛先は俺の名であるので、ここは王妃の代わりの代理出席ではなく指名されたことになる。
……さあ。ネザリアの王を討ったという大事件。リュンヒンが上手く濡れ衣を着てくれたが、政府が俺を呼び出してくるとは何かしら感づいているのであろう。
一体どれほどの国債を課されることになるのだろうな。少々楽しみだ。




