なんてね。本当はちょっと違うの
人の家で時を待つのは退屈でしかたがなかった。それも俺から言い出したことなので覆すこともできない。
起きては飯を食い、部屋にこもってまた時間になれば飯を食うだけの生活は、今すぐにでも不健康になりそうだった。
「監獄かここは」
よくよく晴れた青空を眺めながら俺はそう口にした。
「王の用事はすぐに終わると踏んでいたのにもう丸二日だ。実は用事なんかではなく、事件にも巻き込まれてるんじゃないか?」
傍でシーツをたたんでいるカイセイが否定する。
「もしそうだとしたら皆さん落ち着きすぎですよ。それに事件なら我々にも伝えられるはずです」
そうだよなとは思うが、俺は青空に睨みをきかせている。
窓の下は庭の隅であり、仕事途中の使用人たちが和気あいあいと会話を弾ませているのが見下ろせる。面白い話でもして笑い声が湧き上がると、この上の階にまでも届いてきた。
平和な日常だ。俺はこんなところで何をしているのだろうと考えてしまう。
「ちょっとこれ運んできますね」
カイセイはシーツを持っていくようである。
俺は部屋を出ていくカイセイを見ずに手だけ振って送った。建て付けの悪い扉がギュインと物騒な音を立てながら閉まった。
部屋に俺だけになると一層静かになり、下の使用人たちの話し声がよく聞こえてくる。
耳を澄ますと休日の話題で盛り上がっているようである。週末、家族と共にケーキを焼いて失敗したなんて話は別に俺としては面白くも何ともない。
諦めて遠くの方に目を移した。
すぐ隣の敷地にはこの豪邸よりも背の高い建物があり、その周りも数々の家で埋め尽くされていた。いわゆる住宅街という場所であった。
その中でひとしきり手がかかったとされる建物が見えていた。新しそうな建物だ。レンガで組まれた三角屋根の上には信仰のシンボルを掲げている。
「宗教か……」
あれは俺の国では大して広まっていない。
今日は平日なので人気は少なく、数人の女性が働いてホウキで地面を掃いたり、花壇に水をやったりする様子がそこにあった。
そういえばネザリアにも聖堂があったことを思い出す。最後は火を付けて国仕舞いを図った者がいたが、その後はどうなったんだろうなどと考えた。
考えたがすぐ飽きた。
その後も俺はずっと窓の外を見続けた。家に入っていく者を追い、家から出ていく者を追った。すると、やっぱり俺はこんなところで何をしているんだろうと思うのであった。
「遅くないかあいつ」
振り返ると扉は閉まったっきりである。まさか俺が人間観察にあまりに集中しすぎて気付かなかったなんてもこともあるまい。
「道にでも迷ったか?」
はぁ。とため息を吐き、ようやく移動する。
カイセイを探すべく俺は部屋の外に出た。
あまりウロウロと歩き回りたくは無い。あいつはシーツを運んで行ったから、きっと使用人のいる場所だと目星をつけている。
ちょうど同じ階の一番奥にある部屋に女性の使用人が入って行くのが見えた。
俺はそこへ向かうことにした。床がミシミシ唸り声を上げており、歩くだけで危なっかしい。
途中で床が抜けるアクシデントも無く到着だ。扉の形は俺が居た部屋と似たようなものだが、ここはいったい何の部屋なんだろうか。ノックをして開けてみる。
だが目が合ったのは女性ばかりであった。それも下着姿のな。
「キャアアア!!」
俺はびっくり箱をねじ伏せる勢いで扉を閉めた。
部屋の中は荒れる女性達の叫び声が鳴り止まない。あそこは更衣室だったのだ。
「すまん! 知らなかったのだ! 誰かカイセイを知らんか! 俺はあいつを探していただけなんだあああ!!」
他人の家はうろつくものではないな。どっと疲れた俺はトボトボと階段を下っている。
あの後の使用人は落ち着いて話を聞いてくれ、玄関のところで見たという情報をくれたからだ。
もちろん被害者は彼女らであるが、俺としてもショックである。叱られ、叩かれた上に更衣室を覗いたとシャーロットに伝われば、あいつは俺のことをミジンコを見るような目で見てくることだろうな……。
彫刻細工で掴みにくい手すりを頼りに進み、階段の踊り場に出る。
すると話し声が聞こえた。あまりにぼーっとしていたせいで、危うく登場してしまうところであった。
俺は慌てて静止してその場の床へゆっくりと腰を降ろす。手すりの影になる場所でそっと耳をすませた。
「そっちの国はどうなの? お兄様との連絡は付いている?」
声はシャーロットである。それに答えるのはカイセイだ。
「いいえ。こちらから連絡する手段も無く……」
「ほんっとにもう。兄弟揃って何を考えているのよ」
どれだけ経っても怒り冷めやらない様子を想像した。
「シャーロット様は、どうしてバル様がよろしいのでしょうか」
「え?」
カイセイからの質問はシャーロットも意外だったのだろう。声をひっくり返して驚いているようだった。
カイセイは「僭越ながら」と一言告げた上で続きを言う。
「たしかにバル様は他の王とは違い、地位や立場にこだわりを持つ方ではありません。ですのでシャーロット様がバル様とご結婚されれば、ある程度の自由は許されるのだと想像は出来ます。しかしお相手が例えばメルチ王国のリュンヒン王であれば、ニューリアンは今以上に安定することでしょうし、何より彼は向上心に蓋をしない人物です。きっとシャーロット様のお望みを後押ししてくださると思いますが」
我が側近はまことにナイスなことを口にした。
ここは俺も固唾を飲んで答えを待つことにする。シャーロットがどう返すのか俺も知りたいところだ。
シャーロットは少し悩んでいるのかも知れない。少し沈黙の間が続いていた。
やがて彼女の中で答えが出たらしく、俺の方にも「そうね」と小さく聞こえた。
「そのリュンヒン様が良い人ならそれも良いかもしれないわね。でもわたくしが心の底からお慕えしているのはバル様なのよ?」
まさかシャーロットがここでも俺に本気で惚れているという解答を出した。
本音を期待した俺は、彼女がいつものシャーロットで変わりなく若干ホッとする。しかしそれも束の間。次には「なんてね。本当はちょっと違うの」と言うのである。
「バル様のことは大好きよ。きっと結婚してもわたくしは彼の事をずっと好きで居られる気がするわ。でも実はわたくし、いくらバル様をお慕えしていたとしても本心はずっと独身でいたいのよ」
「えっ!? そ、それはどういう意味ですか?」
カイセイの戸惑う声がする。
それは上級階級に生まれて嫁がない姫など存在しないからである。
「皇族女性が結婚を望まれないというのは……」
「あなたも分かってくれないのね。カイセイ」
シャーロットの声は虚しそうであった。
「……女性は結婚するもの。子供を宿して夫に尽くすもの。家同士を繋ぐもの。わたくしもそう教えられてきたけれど、それでわたくしは幸せになれるのかしらとずっと悩んできたのよ。周りはわたくしのことを国の献上品としか思っていない。でもわたくしは人間なの。自分で考えて自分の行動ぐらい選択できるわ。ただ、その自由を許さないのが結婚だということ」
少し沈黙が出来た。
きっとカイセイも俺と同じように考えを巡らせている。
「難しい顔をしないで。別に大したことじゃないわ。私の人生において結婚することはあまり重要じゃないだけ。自分の行動でどんなことが出来るのか試してみたいの」
そう言い切ると、シャーロットは子供のような明るい笑い声を廊下に響かせた。
「自分のことを話すと少し恥ずかしいわね」
照れ笑いだったようだ。
するとバタバタと掛ける足音がこちらへやって来た。
使用人だろうか。たった一言「女の子でした」とだけ聞こえる。一体何の話かは分からん。
「……そう。分かったわ。すぐに行く」
シャーロットはカイセイに別れを告げる。
「あなたとスイナが結ばれるのも時間がかかると思うわ。是非スイナのことを色々知ってから考えてちょうだい」
それから駆け足が遠ざかっていった。
「よう」
「盗み聞きですか」
「まあな」
踊り場までやってきたカイセイと鉢合わせになる。別に俺は悪いとも思っていないのでその場にずっと居た。
カイセイも別に驚いた様子は無かった。それよりもシャーロットや自分のことを考えるので手一杯のようであった。
そのまま一緒に部屋へと向かうことになるが、お互い何も話し出さずに無言のままだ。横並びに階段を上がって行き、部屋に入っても背中を向けてだんまりであった。
……自分の行動でどんなことが出来るのか試してみたい。そんな美しい動機で今に至るまで生きてきたことが無い。見習うべきかもしれんと俺も考えていた。
「ただしそうするには婦人という足枷が邪魔になる……か」
身勝手で横暴な権力者なら山のようにいる。そんな男のもとへ嫁いでしまえば最後だろう。
俺はそのような事をしない。むしろ無関心だったりもする。
……なるほど。シャーロットが執拗に俺と結婚したがる理由がだんだん分かってきた。




