静かな夕食‐鉄壁の国‐
音楽も無く静かな夕食を頂いた。
シャーロットの家族も同じ席で食事をするはずであったが、その用事というものがまだ終わらないらしく欠席なのである。
よって長テーブルは寂しくガランとしていた。テーブルセッティングだけが彼らを待ちぼうけており余計に虚しい。
この広い空間を活用できずに、俺とカイセイとシャーロットは端で小さくまとまる。
この三人で他愛も無い日常会話を少しし、上等な肉料理と食後のデザートも食した。最後の茶をすすりながら、そろそろお開きだろうかと思っている。
そこへ扉のノックが鳴った。ギリギリで家族の者が間に合ったのかと思ったが違った。
顔を出したのはシャーロットの執事である。
「申し訳ございません。遅れてしまいました」
執事は丁寧に謝りはするが、まるで急いでやって来たという雰囲気では無かった。
執事はもうとっくに退職すべき年齢まで来ているし、むしろ歩かせてしまったことをこちらから詫たいくらいで責めたくはない。
「遅いわよ。もう少しでお部屋に戻ってしまうところだったじゃない」
「申し訳ございません。奥様の方に付いておりましたので」
「何よ。私の執事でしょう?」
手厳しいシャーロットに執事は困り顔だった。
外ではこの執事がシャーロットに叱りを入れる姿をよく見かけるのだが、家の中ではこのように逆転することもあるのか。逆転する立場を俺は驚いて見ていた。
執事はシャーロットの隣の席に座る。つまり二対二で対面したというわけである。
「今から食事をとるのか?」
俺から執事に問いかけた。
「いいえ、私はあなた方に説明をするために参りましたので」
「説明?」
執事はゴホンと咳払いをする。
「この度、あなた方を私達の国へ招いたのは他でも無く、シャーロットお嬢様との婚約を再度結んで頂きたい理由でございました。まずはその点を事前にお伝えしなかったこと、謹んでお詫びを申し上げます」
執事とシャーロットは深く頭を下げていた。
「い、いや。そんなことをされても」
結婚はしないぞと言いたかったのだが、そのままの姿勢で執事が言葉を続ける。
「ネザリアの一件お見事でございました。無事に帰還したあなたにとって今が大事な時期かとは存じております。しかしながらこのニューリアンにおいても、あなた無しでは先の未来が危ぶまれており、それはもう困ったの何ので右往左往しておりまして大混乱も大変で……」
執事の言葉は止まらない。
へりくだった言葉たちは「とにもかくにも俺に話を聞いて欲しい」という内容である。俺は嫌になる前に早々とストップをかけた。
「分かった分かった。もう分かったから二人とも頭を上げてくれ。説明だな。説明は聞いてやるが、情に訴えても俺は動いたりせんぞ」
目の前の二人は顔を上げた。
「大成功のようですな、お嬢様」
「ねっ言った通りでしょう? 彼は情に弱い男なのよ」
だがこの二人、肩をすくめて笑い合っていた。
「……全てが丸聞こえだ。クスクスと笑われて気分が悪い」
「しかし説明は聞きましょう。バル様が自らそう仰られたのですから」
カイセイがそのように言うとますます大げさに笑われてしまう。
「事の発端はニューリアンより東部に位置します『鉄壁の国』と呼ばれる王国から。まずはその話から語りましょう……」
「大げさに言うな。セルジオ王国のことだろう? もう知っている」
「ほっほっほ。まあ近所の国ですからな。バル様も足を運んだことがあるでしょう」
執事の重い表情は一転し、ただの老人のふにゃりとした笑顔に変わった。続きは穏やかな口調で語られる。
「幾度の戦争を勝ち抜くセルジオ王国は、その領地までも敵陣を踏み入らせない。まさに鉄壁のようだと周知されている国です。しかし外からの攻撃には強かったものの国内は常に荒れておりましてな。当主の入れ替えやらを繰り返し、安定せぬままなんとか王権で繋いでおったものの、ついに内部の裏切りによって真っ二つに割れてしまいました」
「ああ。だから知っている」
カップを傾けながら俺は言った。執事は目をまん丸にしたまま硬直した。
「新聞に書いてあった。内戦の末、大河を挟んで南北に分かれたのだろう?」
「えっ……」
次に声を漏らしたのはシャーロットだった。彼女もまた大きな目をさらに大きく見開いて、俺のことを見つめていた。
執事の語りが続かないのでカップをテーブルに置く。
「セルジオが分断国家になった話とは違うのか?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あなたが新聞を読むの!?」
ニューリアン組で何に驚いているのかと思ったら、そのことであった。
「俺が新聞を読んだらダメのか」
シャーロットは「嘘みたい」とこぼしたのちに、首をぶんぶん振って否定した。それから今度はまた泣きそうなのか目をうるうるさせてくる。
「やっと……やっと他国の情勢を気にしてくれたのね。わたくしはすごく嬉しいのよ」
知らんが感動してくれたみたいだ。
別に俺は嬉しくは無いので話を元に戻したい。
「で、王は存命なのか? たしか若い王子もひとり居ただろ。読んだ記事ではその辺の情報が濁してある気がした」
執事はまた咳払いをして「そうでございますなぁ」と語りを再開した。
「お二方とも存命でございます。お城は南部にありますので現在も王が統治しているようです。……が、残念ながら王子は裏切り事件の要員でして、数人の公爵と共に北部へ移動したようです」
「王子が裏切りを?」
「さようでございます」
うーむ。と俺は唸りながら頭を掻いている。
たしかセルジオの王の方は破天荒な部分があった気がする。王子の方は大人しい性格だったはずだ。
セルジオに渡ったのもずっと前のことなので参考になりそうもないが、俺の知っているセルジオの王子とは、虫も魚も怖がるようなビビリ気質の子供であった。
その王子が反抗期で気を起こしたか。身分のある家では無くもない話である。
「それとシャーロットとの結婚がどう繋がるんだ?」
「実は……シャーロットお嬢様は、そのセルジオ北部のキース王子と、同じくセルジオ南部のアルゴブレロ王より、ご結婚を申し込まれておるのです」
まあそういうことだろうなと予想していた通りだ。
シャーロットの顔を伺うと、彼女も二人から同時に求婚されて喜んでいるようには見えない。
それに王子はともかく、王の方も求婚してくるとは平和じゃないな。
「王はお父様より七つも歳上よ」
それを聞いて俺はある種の恐怖さえ感じた。
執事は言葉にならない呻きのようなものを発しながら小さく縮こまっている。
「なるほど。困っているというのは、シャーロットが親より七つ歳上の老害王と結婚させられそうになっているということなんだな」
執事もシャーロットも暗い顔をするばかりであった。




