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ピクニック

 俺とカイセイは城の裏から出て除雪された道を歩いていく。道として切り開かれているものの左右は森である。

 虫や動物などは冬眠中なので静かだ。枝に乗った雪が落下した音だけ時々鳴るが、そうでなければ無音だった。

 凍った土の道をザクザクと踏んでいると、目的地に着く前にカイセイが情報をくれる。

「今から行くのはリトゥ殿が住む小屋です。分かっているかとは思いますけど、くれぐれも内密にお願いしますね」

 そう言われたのは、俺がリトゥの居場所を知らないからであった。何かの弾みでエセルに情報が行ってしまわぬようにと、カイセイとの間で決めたのである。

 その決め事を忘れてしまったのかと聞くと、カイセイはそうでは無いと即答した。

 しかし次の発言は、言葉を慎重に選び取っているかのように、ゆっくりと間が作られてからだ。

「実は一時、城壁辺りでエセル様を奪還しようとする動きが見られていたのです。相手はエセル様が核となって動いていた反カイリュに旗揚げした者たちです。ネザリアから山を越えて徒歩で駆けつけたのでしょうが、道中の過酷さで大数が満身創痍な状態でして……」

 俺はこの場で素直に驚いた。

「何も聞いていないが。俺は初耳だぞ」

「はい。王妃様のお申し付けです。ネザリアが落とされるまでバル様には秘密にと」

「俺には、か。他の兵士やエセルは知っていたのか?」

「はじめにお気付きになられたのはエセル様で、私はその後王妃様から教えられました。一部の兵士にはこの事態を伝え、エセル様の身を守るよう今も指示を出しています」

 ううむ……俺だけが外されたのは少し心外だ。だが、母上の考えそうなところだと、俺がエセルやネザリアに対して余計な関わりを持たせない為にそうしたか。

 国同士は対等な関係を保ち、あの政略結婚を成功させたかったのだろうな……。

 それを俺は自ら天秤を壊したのだから、母上があのように怒っているのは無理もない。

 ”守るものは国と国民”と掲げておいて、自分で敵を挑発してから自分で槍で刺しに行ったのは、もはや奇行だと思われているだろう。

「バル様、こっちです」

 考えふけっていてふと顔を上げると、除雪で積み上げられた雪の山が壁となって立ちはだかっていた。

 行き止まりの道を振り返れば、カイセイが少し後ろで横道の方へ指をさしている。

「……道案内が下手だな」

 咳払いを済ませたらすぐにそっちへ行く。

「で。その満身創痍だった奴らはどうしたんだ?」

「治療した後、ネザリアへと送りました」

 一日三食メシを食わしてやり、道中の薬まで持たせて馬車でネザリアへ送ったのだと言う。

 俺から経費の嫌味を言わせる前に「王妃様の心遣いです」と、カイセイが制して言った。

 まあ、そうだろうなとは思っていた。たとえ相手が極悪の盗賊であっても、ネザリアから来たと言われれば手厚くもてなすのだろう。


 あるところから除雪作業が手薄になっていた。だんだんと雪の笠が増えていき、深いところでは膝下あたりまで雪に足を埋めながら進まなければならない。

 おそらく城の領地を外れたからである。ここから先は民間のものだ。そのため、街へと降りる目印で枝木にリボンを巻いていたり、今は使われていない畑があったりした。

 人気は無かったが暗黙の了解というやつで、ネザリアの話題は互いに口にしない。話すとすれば何気ない日常会話ぐらいなものである。

「さあ、見えましたよ」

 そうカイセイが言うものの、おそらくリトゥが住んでいるのであろう小屋は、ずっとずっと遠くの場所にあった。

 木々の隙間からレンガの屋根がほんの気持ち程度だけ見えはするが、あれだと廃墟かどうかも判断できない。

 小屋の周辺をおそらく柵が囲んであるのだが、それとてずいぶん遠いところにある。

「あんまり見えんのだが」

「彼女と会うために来たのではありませんから」

 カイセイは声を抑えるような話し方をした。

「あそこです。木の陰から覗いて見て下さい」

 そう言い、カイセイが示すのは小屋とはまったく別の方向であった。とにかく言われる通りに、木の陰から瞬間的に顔を出してその方の様子を伺った。

 サッと木に隠れると目で見たものを思い描く。何人かの農民が、焚べた火の周りで談笑していたかと思うが。

「例のネザリアの者たちです」

「はあ?」

 もう一度覗いて見てみた。

 こちらもかなり遠いので雰囲気でしか掴めないのだが、何人かの人の背と焚き火と鍋のようなもの。さらには紐か何かを木に結んで洗濯物でもかけているのかもしれない。

 まるで小屋でも建てて住んでいそうだ。

「やることがだんだん大胆になってきますね」

 カイセイがため息を吐きながら言った。

「お前らが親切にしてやるからだ。ネザリアよりも住み心地が良いんだろう」

 こっちの気も知らずに、あちらの連中は話の花畑を咲かせており、時々わあっと笑い声を上げているのである。人の敷地で陽気な奴らだ、まったく。

 リトゥにも連中らにも接触はせず、俺達は元の道を引き返していた。

 再び除雪された道の上に足が付くと、カイセイは詳しい話を聞かせてくる。

「反カイリュ勢力は一般市民の集まりでして、今回の件でカイリュが没すると解散したかと思われました。しかし実際は、カイリュを憎むものが半数離れただけで、残った半数は次の事態に抗議し始めるという新しい運動を始めています」

「その新しい運動がさっきのか?」

「はい。その一環でしょう。彼らの目的はエセル様では無く、今はリトゥ殿奪還に力を入れているようです。そのためリトゥ殿のいる小屋にも度々押し掛けて来ます」

「うーん、よく分からんな」

 リトゥはネザリア城の侍女でありエセルの世話係であった。そんな彼女自身に大きな力は無いはずだ。

 カイリュに対しても支持も反発もしていなかったと思う。従順にエセルの傍に居ただけの人物だろう。

「その連中にとって何の利益になるのだ」

 カイセイは「さあ」と言って首を傾けている。

「でも、城で働いていた身ですし、政治には関わりがあったという点で何かの切り札にしたいのでしょうか。……だとしたら、エセル様の方がお力はあると思うんですけどね」

 俺とカイセイは同時に唸り声を出し考え込んでいた。

 あんまり不注意になると、足元が滑って二人交互に転んでいる。

 とにもかくにも色々な因果関係を紐解き、可能性の話をさんざんした挙げ句、結局俺達が行き着いたのは諦めの境地であった。

 気付くともうそこに城の門が見えている。

「たらればの話をしていても仕方がない。とりあえずリトゥは連中らの好きにさせてやれ」

「良いんですか!?」

「ああ、良い」

 俺が許可を出しているのにカイセイは浮かない顔をしていた。

「母上には俺から伝えておくから心配するな。不正入国者が住み着いているのでは治安が保てんだろう。どのみち放置できん問題だ」

「まあそうですよね」

「たとえリトゥを取られたとしても、こちらは抱え事がひとつ減って万々歳ではないか」

 当然カイセイの賛成は得られない。だが、そこまで目くじらを立てられもしなかった。

「相手の動き方を様子見……ですね」

「そうだ。得意技だろ」

 カイセイは苦笑を返していた。

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