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彼女からの質問2

 やがて何も聞こえなくなると、足元のエセルがひょっこり顔を出す。

「この寒空にピクニックですか」

「いや違う。仕事だ。何か大事な案件なんだろう」

 俺は話をしながら自分の椅子を引いて、そこへしゃがんだ。ランプの灯りは机の裏には届かずに、影の中でエセルとは目線が近くなる。

「で、さっきの続きだが……」

 これなら目が泳いでいようが顔が赤くなろうが気にしなくて良い。

「俺はお前のことを一人の女性として好きだからこの城に連れ帰った。この気持ちは夫婦で無くなったとしても何も変わっていない。たとえ誓約書が無くても、俺はお前と一緒になりたいから側に置いているんだ。それはまずひとつ確信して欲しい」

 エセルは俺の目を見つめたままコクリと頷いてくれた。

「それと、俺とお前の結婚はネザリアの政略的陰謀だった。だから俺の婚歴を知る者が少ないし、縁談もこれまで通りに舞い込んでくる。お前と出会う前なら端から門前払いができたが、今はそうもいかなくてな……」

「何かあったんですか」

 エセルには知らせなくても良いことだったのだが、俺はうっかり口を滑らせてしまった。ここで「何でも無い」は無いだろう。話さなければならない。

 一旦息を整えてから俺は静かに告げる。

「今、ネザリア・カイリュが没したことは、色々なことを考慮してリュンヒンひとりの策略だったということにしてある。だが周囲各国は、メルチ王国と付き合いのあるこの国にも何かあるんじゃないかと目を付けだしたのだ」

「目を付けた……」

「ああ。この域にある九カ国で行う首脳会議に招集がかかった。会議にかけるために既に情報機構が動いて、うちとネザリアとの関係を探っていることだろう。俺は母上の意図で、とにかく目立たないように立ち回ることになっている。……だから、好き好んで他の女性と会っているのでは無い」

 俺はエセルの髪を一束すくってそっと口づけをした。

「お前しか選ばない。信じてくれるか?」

 少々気恥ずかしい行動を取った。すぐに返事が欲しいのだがエセルはまだ何かあるようだ。

「求婚のお手紙だったりもしませんか?」

「うん? ……ああ、これのことか」

 さっき受け取ったばかりの二通のシャーロットからの手紙である。

 机の上から取り上げて「読んでも良いぞ」とエセルに向けた。だがエセルは受け取らず、代わりに笑顔をこぼしたのだ。

「なんて嘘ですよ。大丈夫です。信じています」

 それを見て俺の方もやっと安心できた。

「すみません。一人で暴走してしまって。お恥ずかしい」

「いや、俺こそ不安にさせて悪かった。これからはちゃんと言葉でも態度でも示していくよう努力する」

 エセルは自分の情けなさに両手で顔をまた隠そうとする。俺はそのエセルの手を取ってそうはさせない。

 驚いている彼女のその瞳を少しばかり見つめた。部屋の僅かな光を受けてキラキラと星のように輝く美しい瞳だ。

 もっと近づきたい。エセルに触れたいと思うと、自然に俺の方から徐々に近づきつつあった。

 慌てるエセルを押し込めてでも自分のものにしたい衝動で俺は顔を寄せる。

「ちょっと待てよ」

 だが寸前のところで停止した。

 いったい何事かと目を見開いているエセルに、俺は指を立てて問う。

「お前はどうなんだ。ただの俺の片思いだったら続きに進めんだろうが」

 エセルはわかりやすく目線をあちこち動かす。

「そ、そりゃあもちろん。わっ、私も王子のことが……すっ好きですよ」

 言葉に詰まりながら言う。

「その”好き”は、ちゃんと愛しているの意味でなんだろうなぁ?」

「当たり前です!」

 そこだけははっきりと物申すエセルであった。

 ならば、と俺は再び彼女の唇を奪おうとした。

「ま、ままま待ってください!」

「なんだ」

 俺の胸を両手で押さえてエセルから距離を取られる。

「あの。私、こういうのは初めてで……」

 うんたらかんたらと、エセルは色々な言葉を並べていた。

 過去の恋愛事情がどうだったかなど、このまま話しておけば言わんでも良いことでも言いそうだ。

 そんなことよりも大事なことにエセルの御託は触れていない。俺はそのことで痺れをきらす。

「お前なあ!!」

 強めに出れば、エセルはひっくり返った声で返事をした。

 俺はもうしっかりと熱くなっている自分の頬を掻きながら告げた。

「お前が勝手に忘れているだけで、もう初手は奪ってある!」

「ええ!?」

 エセルが驚いている隙に唇を指でなぞり、そして俺からキスをした。

 唇を離して見つめれば、すぐにエセルは恥じらい顔を逸らして逃げようとする。

「……俺は相当ショックだったんだからな」

 とにかく追いかけ何度も唇を重ねた。

 次第に笑い合えるとエセルは「ごめんなさい」と謝って自らキスをしてきた。

 しかし満たされると、途端に凄まじい恥ずかしさが荒波のように俺たちを飲み込んで、二人同時に撃沈した。


 影の中から這い出た俺達は平然を装うのに必死だ。

 俺は椅子に座り、エセルは机の上の物を片付けていた。最初は俺も片付けの手伝いをしていたが、ふと手と手が当たって二人で飛び上がったので今は見ているだけだ。

「じゃ、じゃあ。両思いなので、恋人同士ということで……」

「そうか。まあ、そういうことになるか……」

 持ち帰る本を抱えたエセルは、目線を泳がせながら言った。

 俺の方もまた同じである。皇族に恋人とかいう概念が無いのでピンと来ないが、たぶん婚約者と同じようなものなんだろうと思って了解した。

「では、おやすみなさい……」

「おやすみ……」

 終始二人共目を合わせずに、礼をしたり片手をあげたりして今晩はお開きとなった。

 扉が丁寧に閉められると、彼女の居ない部屋はより静かになったような気がする。

 俺はようやく息が吸えると深呼吸をした。しかし、まだエセルの香りなのか暖かさなのかが身についていて、感じる度に何とも言えんもどかしさに暴れたくなった。

 扉続きであったエセルの部屋は今もう俺の倉庫に戻してある。エセルは別館の自室へと帰って行った。

 これまでのように隣の扉が開く音はもう聞こえては来ない。

 仕方のないことだが、この静かさはほんの少しだけ寂しく感じるものだ。

 あれほど満たされたと思っていたのに、すぐにまた足りなくなる。さっきここに居たばかりなのにもう会いたくなる。

 なんて恐ろしい感情なんだ。自分でも自分が怖すぎる。


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