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町‐彼女の国は‐

 俺だと行き先が不明ならばついて行こうと思わないのだが、エセルは特に聞いてくる様子がない。石畳の途切れて土になった小道も、ずっと上まで行く階段も、文句を言わずに後ろを歩いて来ていた。

 君に見せたいものがあるんだ。くらい言えば良いのにタイミングを逃したせいで、無理に歩かせてしまっているのではないかと思ってしまう。

「大丈夫か。あの上が目的地だ」

「大丈夫です」

 長い階段を登ってきた。あともう少しで登り終える。

 思っていたより過酷な道のりであった。思えばここへ来るのは相当昔のこと以来であったから、想像するより遥かに違っていた。エセルも俺も、ぜいぜい荒い息を吐いている。

 最後の一段を登り終えると、目の前にだだっ広い丘が現れた。高台になっているこの場所から見下ろせる位置に来ると、先程いた噴水のある広間が上から見られる。奥の森には城の屋根も小さく見えていた。

 道中は険しかったが一応それらが見られると、エセルは「わあ!」と喜んでいるようであった。それはとても有り難く嬉しいことだ。

「ネザリア王国はもっと広いのだろう?」

「はい。この国と同じように時計台がありますが、上まで登っても先まで見通せないくらい広いです」

 ここは三方山で一方港であるからな。特に人の住む場所は中央にぎゅっと寄せられていて、上からは見易いはずだ。

 それに対してあちらの国は平地が多く、ほとんどの国境が他の国と隣接している。それだから人口は多いし貿易も盛んであろう。ここよりもっと進んだ生活がされているのだと想像できる。

 陽もだいぶ傾いてきていた。少し寒いくらいの風が吹き抜けている。そろそろ戻ろうかと声をかけようとしていたら、エセルが自ら口を開き出した。

「子供の頃、ネザリア王国は自然豊かな国でしたが変わってしまいました。都市化が進んでどんどん大きな工場が出来てきて、今は国を挙げて軍事国家になろうとしています。大きくなるのは良いことばかりではありませんね。争い事も頻繁にありますし、市民は貧しい暮らしをしているんですよ」

 こじんまりと纏まった国を見下ろしながら苦笑まじりに言っていた。しかし内容からは悲痛な思いが感じ取れる。

 戦争とは、とにかく金がかかるものであるし、当たり前の生活さえ奪われることもある。国自体が軍事的に動いているのなら、市民への負担もかなり大きいだろうに。このエセルという国王の娘は、大きくなる国家を喜ばずに民の生活を案じているようであった。

「さて帰りましょう。リトゥを心配させてしまいます」

 明るい笑顔を作って振り向かれる。

 何なんだろうか、俺は胸がざわざわしていた。知れば知るほど素直で良い娘であるのに、ネザリア王は何故こんな貧寒な秘境の国に彼女を渡らせたのかが気になる。軍事国家を築き上げようとするならば、この娘の素直さは逆に邪魔になったのではないか。それか、こちらの国にも狙うものがあってのことなのか。憶測は尽きない。

「どうされましたか?」

 俺が思い悩んでつっ立っているものだから、エセルが心配して声をかけてきた。真っ直ぐに向けられるその瞳が、今まで以上に澄んでいて美しいものに見えた。

「……たしかに争いは将来的に良い結果をもたらすことが多いが、その地下では失われるものもあることを忘れてはいけない。それに国や民の明暗を王が一人で掌握するのは、たいへんに恐ろしいことだぞ」

 エセルの反応が薄かった。よく分からんようだ。

 俺の方もよく分からん。頭で言いたかったことと違うことを口が勝手に言っている。

「つまり言いたいことはだな……」

 ぽりぽり頬を掻きながら目を泳がせていた。

「……何とかしてやりたいな、ということだ」

 特に対抗できる策も、事態を動かせる権力も、国家武力すら無い。ただの気持ちの上だけでものを言った。他人事のように言うなと殴って良い無責任な発言であった。

 しかしエセルは違う。

 期待では無く希望の眼差しで「はい!」と答えたのだ。


「結構遅くなってしまったな」

「でも楽しかったですよ」

 明るく言葉を交わしながら中庭に戻っていると、外廊下にいたリトゥがすぐにこちらに気付いて掛けてくる。血相を変えており目には涙を浮かべているかのように見えた。

「エセル様!! どこにいらっしゃったのですか! とっても心配いたしました!」

「あ、あの。ごめんなさい」

「まあ……! まあ……! こんなにお召し物が汚れてしまって。エセル様を危ないところに連れて行ったのではないでしょうね!」

 丁寧に扱うエセルの場合とは違って、俺には鋭い矛先を向けられた。

「リトゥ、違うの。これはちょっと足を滑らせてしまって」

「まあ! あなたが居ながら怪我をされるところだったのね!」

 エセルが本当の事を言ってくれているのに、リトゥが俺に攻撃的であるのは変わらなかった。俺のことをキッと睨んだままでエセルに手を添え誘導している。

「お部屋に行きましょう。お着替えしませんと。あらあら肌にもこんなに土を付けて……」

 強制的に背を向けられると、リトゥはエセルを連れ去った。俺にもわざと聞こえるように言いながらだ。俺はひとりでその場に取り残されていた。

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