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男共が出した結論

 寒さが酷い日のこと。

 昼食を食べた後に館の方をうろついているとエセルを見かけた。医務室からの頼まれごとを運んでいるようだ。ちょうど別室の人物に小包を渡しているところである。

 エセルはそのまま引き返して、ひとりでどこかへ行くようだ。

 俺は遠目から見守りはするが、追いかけたり声をかけたりはしないでおいた。

 その場にぼーっと立ち尽くし、凍結注意の渡り廊下を危なげに歩いていくエセルの後ろ姿を見ていただけだった。


「こらっ」

 頭に衝撃が走る。ここは廊下ではなく勉強をするための部屋だ。

「ぼーっとしないの」

 頭の真ん中をさすっていると背後からロマナが顔を出した。

 手には分厚い本を持っている。あれで今さっき叩かれたのだ。

「急にやる気を出したかと思ったら……なんだ、頭の中は彼女でいっぱいかい?」

 俺はどこかに飛んでいた意識をこちら側に引き戻した。読み途中であった新聞のはぐれた文章を探し出す。例の首脳会議に向けて予備情報を集めていたところだった。

「職務を蔑ろにするのはどうかと思うね」

「話しかけるな。気が散るだろう」

 ぴしゃりと言うとロマナは黙っている。

 何年も前の新聞をペラペラめくっていると、逆にその静かさが気味悪く思い俺はそっと顔を上げた。

 薄ら笑いを浮かべる顔が俺のことを覗いている。目が合うと「おっと」と言ってわざとらしく目線を逃していた。

「何なんだ」

「別に?」とロマナは言うが今にも話したそうな顔をしている。

 そして数分経てば自ずと言い出した。

「この国を頼んだよ」

 俺から返事はしないでおいた。


 監禁状態で隣国の情勢を頭に詰め込んだ後、ようやく開放されて部屋を出る。そのまま少し外の空気を吸おうと近くの窓を開けた。

 極寒の温度が熱い脳には心地よい。思いっきり鼻から吸うとツーンと痛くなり、勢いよく吐き出すと白いモヤになり空中に溶けていく。

 空模様はずっと灰色の波である。濃淡あれど見渡す限りずっと雲ばかりだ。太陽や青空は久しく見ていない。

 そして今日もしんしんと降る雪は止むことなく、窓の下の中庭では雪掻き作業に追われる兵士がたくさんいた。

「平和だな」

 こんな雪もやがて春が来たら溶けると分かっている。

 俺はそんな当たり前の事を幸せかのように考えて呟いたのであった。

 行く宛を探しながらとりあえずうろつくか、と俺はどこかへ歩いていこうとする。すると後ろから「王子!」と呼ばれた。

 振り返って見えたのは当然エセルであった。エセルしか俺のことはそう呼ばんからすぐに分かる。

「これから勉強か?」

 すこし離れた距離であったから声を張って聞いている。

 エセルも同じように声を張って答えた。

「はい、これからです。王子は今終わったところでしたか?」

「ああ。少し休憩だ」

 そう言うとエセルはほんの少し間を作ってから言う。

「お客様ですか?」

「ん?」

 一瞬何のことか分からなかった。

 もしかして俺が明日に会おうとしている研究者のことだろうかと思った。何故それをエセルが気にして聞いてくるのかは謎であるが。

「今日は来客は無い。明日の午後だが何か?」

「そうですか。いいえ何でもありません。どうか無理されませんように。では失礼しますね」

 エセルはさっき俺がいた部屋に入って行った。

 変な様子が気になって少し立ち尽くしていると、またすぐにエセルが扉から顔を出してくる。俺がまだここに居たのを確認すると声を飛ばしてきた。

「あの、王子。また夜に質問をしに行ってもいいですか?」

「まあ……良いぞ」

「ありがとうございます。ではまた」

 エセルは部屋の中に入ってしまい、それ以来扉はもう開かなかった。


 俺は城内をうろうろ歩きながらなんだなんだと考えた。しかし埒が明かない。

 通路でカイセイと出会ったが、今から王妃のもとへ行くと言うから引き止めず。エセルの慕うエーデン博士は不在であった。

 どっちにしてもこの二人に相談するのは、なんとなく何か違うと思ったのでまあいい。

 外廊下を抜けて兵士たちの住処である稽古場の辺りまでやってきた。不本意であるが俺はアルバートを探していた。

 あいつならこういう疑問に強いだろうと思ったからである。

 ただし、俺があいつに話をしたがるかどうかは、会ってみて判断しようという賭けみたいなところもあった。

 稽古場が見えてきた辺りで、先に何者かの声が聞こえてくる。入り口に立ったが声は建物内からでは無く、外からであった。

 何者かが稽古に励んでいる掛け声のように聞こえる。これはアルバートのものでは無いと断言できたが、気になったので俺はそっちを先に探した。

 しんしんと降る雪を肩や頭に積もらせながら、垣根の道をくぐり抜けて行った。

 そして稽古場そばの空き地にて、鉄の重りを剣に見立てて振っている人物を見つける。とにかくデカい図体であるから特定するのは容易だった。

「性が出るな。ベルガモ」

 ベルガモ隊長。我が国随一の武力者である。

 ベルガモはこんな寒空の下でも半袖でいて、俺を振り返ると共に額からびっしりと汗を流していた。

「バル殿。ご苦労さまであります」

 重りを置いて敬礼をされる。

「暇つぶしに来ただけだ。続けてもらって構わないぞ」

「はっ。ではお言葉に甘えます」

 断りを入れるとベルガモは再び重りを振り始めた。

 彼は清々しいほどに真面目な男であるから特に嫌に感じない。むしろ彼の努力する姿を見ていると、自分も何かしようかと突き動かされるくらいだ。

「これ、借りていいか?」

 俺もベルガモの傍に置いてあったトレーニング用具からひとつ重りを手に取った。それを抱えながら腰を落としたり伸ばしたりをしてみる。

 雪降る空き地には二人分の声が微妙にずれながら響いていた。

「なあベルガモ」

「何でありますか」

「男の自室に女性が積極的に入ってくるのはどういう意味があると思う?」

 トレーニング中のちょっとした小話だと紛らせて、俺は悩みのタネを打ち明けた。

 ベルガモは強い男であるのに傲慢とは真逆の性格であるし、たぶん女性に対しても粗末な扱いをしないと思う。

 女心といえば遊び人が詳しいと決めつけていたが、こういう人物に聞いてみるのも的はずれでは無い気がしたのだ。

「そうでありますなぁ……」と、余裕で重りを振りながらベルガモが唸る。

「自室に異性が入って良いとされるのは夫婦のみ。もしかするとエセル殿はこの国の文化をまだ知らないのではないですか」

「そうか。やっぱりそう思うか」

 俺も唸っていたが、いや待てとなる。

「だ、誰のこととは言っていないだろう。友人の話だ……城下のな」

 そこへ第三者が現れた。

「バル様はまったく女性心が分かっていないんですね」

 ケラケラ笑いながら言ってくる。後ろを振り向けばアルバートが立っていた。それも一端の兵士が傘なんかさしながら立っていた。

 俺はヤツに侮辱されているし、愚かな兵士を目の当たりにして気分を害しているが、ベルガモは俺と違って嬉しそうである。

「おっ。久しいな。一緒に励むか!」

「いいえ。僕は見学に来ただけなので」

 アルバートはベルガモ上司の誘いをスマートに断った。それではいかんだろうがと俺は動く。

 ずかずか歩いてアルバートの傘を奪い取った。それはその場で真っ二つに折った。次に耳を掴んでヤツを引きずり、ベルガモの横に押し倒す。

「つ、冷たい!」

 足元は雪だ。当然だ。

「腕立て五千回だ。やれ」

「そんな無茶なぁ」

「ベルガモも一緒にやってくれる。よかったな」

「ええ~……」

 話を聞いていたベルガモは喜んでうつ伏せの姿勢で構えた。

 しかし回数は四十回にも到達せずにアルバートは限界を迎える。女々しくも許しを請うてきたので、くどく説教をした後開放してやった。


 運動をしたアルバートはすっかり元気を無くした。俺への威勢もどこか消え去ったようだ。

 木箱の上に腰掛けると老人みたいになり、さっきの話の続きをだるそうに早口で告げる。

「……エセル様はバル様に自分の存在に気づいてほしいんですよ」

「存在には当然気づいている。ちゃんと会って話までしているだろうが」

「はあ……。それ、笑わせようとして言っているんですよね?」

「は? 真面目に決まっている」

 何故かアルバートに大きなため息をつかれた。

 何か聞き取れないような小声でぶつぶつ言い出したが、途中で「バカ王子が」と言った気がしたので、たぶん俺の悪口を連ねたのだと思われる。

 俺ももう怒るのも面倒なのでここは冷静に告げた。

「女心がそれなのか? 部屋に入ってくるのも存在に気づいて欲しいからなんだな?」

「意味……分かっていないでしょう」

 アルバートが言い。加えてベルガモさえも唸り声をあげていた。

 ベルガモが難しい顔をするのならば、俺はその意味を分かっていないのかと素直に不安になれる。

「もったいぶるな。分かっているなら言え」

 真に受ける寒さにブルブル震えながら言った。

「公言するようなことじゃないですし、男なら誰だって察しがつくと思うんですけど……」

 アルバートは仕方なさそうに答える。

「部屋に男女ふたりきりと言ったら……決まっているでしょう。っていうか逆に、エセル様のお気持ちを察してあげないなんて、男じゃないですよバル様」

「お、男じゃない……」

 ショックを受ける言葉だった。

 しかもベルガモも頷いている。

「ちゃんと向き合わないと、女性はどんどん不安になっちゃいますよ。思いは言葉にして、行動にも移す。それが男ってもんです」

 こうして男三人、空き地で話した内容は、何か絶妙に説得された感じがしたのだった。


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