真夜中の密会
カイセイとのやりとりがあったせいで、シャーロットへの手紙の返事は悩みに悩んでいた。
自室でひとり机に向かうも、宛名以降は白紙のまま。持ったままのペンは全く動かないのであった。
ああでもないこうでもないと苛立ち頭を掻いていたら、夜もだんだん遅くなってきている。気づかぬうちに城内の明かりもポツポツと消えていったようだった。
慌てて火を入れたランプは、俺のため息によってゆらゆらと淡い明かりを揺らしていた。
眠る前に軽く済ませておこうと思って取りかかったのが最後。かれこれこんな晩をもう一週間ほど過ごしている。
正直こんなことになるとは思わなかったのだ。
この日の晩も変わらずペンを握ったままであった。しかしそんな時に小さくノックが鳴ったのだ。とうに人は寝ているような遅い時間にである。
「誰だ」
「エセルです。寝るところでしたか?」
遠慮がちな籠もった声が聞こえた。
「起きているが」
俺は平常心で答えたものの、思わぬ来客に内心は驚いている。
目線だけ上にあげていると扉がほんの少しだけ開くところが見え、扉の隙間からよりはっきりとした声だけが入ってくる。
「少しお尋ねしたいことがありまして。今、良いですか?」
俺はエセルがやけに慎重に尋ねてくるのを不思議に感じていた。何か大事なことでも話したいのだろうかと考え、とりあえずは「良い」の返事を返した。
「ちょっと待て。今出るから」
俺は席を立って後ろにかけてある外套を取った。そして振り返って廊下に出ようとしたのだが、あろうことかエセルは俺の部屋の中に立っていたのだった。
「お、おいおいおい……」
「すみません。お取込み中でしたか」
「……い、いや。別に」
申し訳無さそうに立つエセルは何か色々な書物を抱えていた。
「あの、ちょっと分からないところがあったので教えて頂きたくて」
「えっ。……ああ、国事な」
「そうなんです。すみません」
エセルが遠慮がちに俺の自室を尋ねてきたのは、別に大事な話があるからでは無かったようだ。
俺はエセルを帰すべきかしばらく迷った後に、外套を元の位置にかけて再び椅子に座り直した。
そして、できるだけ変に思われないように。いつもどおりに接すれば良いんだ。と、自分に言い聞かせて行動をする。
「明日にでもロマナに聞けばよかっただろうに」
「で、ですよね」
エセルはそう言うものの、少しモジモジと体を揺さぶっているだけだった。
ロマナには聞きにくいことなんだろうかと考え、まずは机の上を整理して空けた。
「どれ、聞いてやる」
エセルを手招きすると嬉しそうな顔をしてひょこひょこやってくる。空いた机には幾つもの本が広げられ、俺は指をさしつつ返せる質問は返してやった。
エセルの質問は一つではなく多数で、本の文字から疑問が浮かび上がるケースもあった。
本は、隣国の歴史であったり、金の動き、家畜の飼い方まで、あらゆる分野でまとめてあり、俺も復習のような気持ちで懐かしい内容に触れている。
時には俺から「ここの意味は理解しているのか?」などと言う場面もあった。
俺はこんなに勉強嫌いであるのに、なぜだかこの時間は苦ではなかったのである。
しかし相変わらずロマナは四方八方に色んな事を一気に学ばせているようだ。
急に決まったことであるし、エセルは疲れていないんだろうかと心配になった。
「大丈夫か? ロマナに強要されていないか?」
手元の図鑑資料に目を落としているエセルは、そのままで静かに答えた。
「いいえ。こんなに学べることが今まで無かったので嬉しいんですよ」
エセルは昔のカイセイとまるっきり同じことを言う。
「昔の話をしてもいいでしょうか?」
「ああ、良いぞ」
二人の間をランプの灯りだけが照らしている。
エセルの下を向くまつ毛を見守りながら、俺は彼女が少し語るのを聞いた。
「ネザリア王国がまだ小さな国だった頃は、私はごく自然に学校に通っていて図書館も常連だったんですよ。それがある時一変。まずは図書館から物語や文献が取り上げられました。次に家の中にある書物も没収されて全て焼き払いに。そして教材を失った学校では、学べる教科も全然違うものになってしまったんです」
「国の方針が変わったのだな」
黙っていられず口を挟むと、エセルは頷いた。
強い王による軍事改革が進められ、ネザリア王国は戦争に勝つことで何かを得る国と化してしまった。おそらくエセルが悲観しているのが丁度その変わり目だったのだと思った。
「当時の私は、どうして図書館が閉館するのか、昨日まで使っていた教材を火に焚べるのか理由が分からないまま。貧乏で学費が払えなくなるまでは学校に行って授業を受けました。今ではそれが歪んだ思想を植え付ける授業だったのだとは分かりますが……」
難しい言葉を使うな。これもロマナから色々学んだからなのか。
エセルは何かを思い詰めて拳を握っている。
「あの、王子!」
だが次には力強く顔を上げ、真っ直ぐに俺のことを見つめて言った。
「私、戦争を無くしたいと強く思うんです。きっと今この瞬間にも、どこかでは昔の私のように何も知らずに邪悪な心を植え付けられている人達がきっと居ます。その人達を救いたいんです。難しいでしょうか!」
エセルの呼吸でランプの火がゆらゆら揺れた。
俺は正直、邪悪な心を植え付けると聞いても心の中では、何だそれと思う人間であった。しかしここではちゃんと真摯に受け止めて応えてやらねばならんと気を引き締める。
俺は初めてエセルと国の話をした時のことを思い出す。高台から街を見下ろしながら話をした。
戦争に勝つ喜びよりも、民の生活の苦労を案じることのできる、優しく素敵なエセルに惹かれたものだ。
そして、期待では無く、希望の眼差しを俺に向けたあの瞬間が今も頭から離れない。今思えば、ネザリア王を討とうと動いたのもそれが決定打だったと思う。
しかし、だ……。
戦争を無くしたい思い。こればっかりは俺が何とか決められるような事では無い。争いという大きな歯車は思いもよらぬ誤作動によって動かされるばかりだ。
「もう少しロマナから色々学んでみろ」
苦し紛れにそうとしか答えてやれなかった。
エセルは少しだけ悲しそうな表情で頷いていた。




