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九カ国首脳会議に出席せよ

 皇族のたしなみと言えば茶である。

 適温97℃に気を使った作法は、その人物の内面や育ちまでうかがえる重要な場面だ。

 茶を飲む場所はだいたい自然が見渡せる生ぬるい場所で、これまた生ぬるい会話を交えて笑っていなければならん。

「バル様。お茶のおかわりはいかがかしら?」

「頂こう」

 口だけでは悠々としておいて、心の中では、あの本の虫とホコリ臭い書庫のことを思い出している。

 ただ、頂いた茶は極上の品かと思うほど美味かった。


「はぁー……」

 窒息しそうになるまでため息を吐いているのはレイヴン・バル。俺である。一国の第二王子……あとはなんとやらだ。

 書斎にて仕事机に突っ伏し萎びている。あれだけ水分を取ったというのに萎びているのである。

 そこへノックをした後入ってくるのは俺の側近であるカイセイだった。

 正確に言えばカイセイは王妃所有の特別兵士であるから、俺の側近という立場は見せかけだ。

 俺のボディーガードと扮して、ヤツは俺を見張って王妃に報告するという本来の役目をきちんと全うしている。

「お茶会お疲れさまでした。バル様がしっかり対応されていたこと、王妃様がお褒めになられていましたよ」

 カイセイが言う。さっそく母上にチクって来たらしい。

 机にコトンと何かが置かれ、それを見ようと俺は顔を上げた。グラスに入った氷水だった。今一番欲していたものだったので一気に飲み干した。

「縁談はお断りするのでよろしいんですよね?」

「ああ。いつもの返事で返しておいてくれ」

「はい、分かりました」

 口調ははっきりと答えておきながら、カイセイは後で少し表情を曇らせていた。

 そんな様子を見てしまったからには、俺は何か不服なのかと理由を聞いてやるしかない。

 カイセイには、やはり気になる事があるようで遠慮がちに話しだした。

「この頃は、バル様の身の上の要件までこなされていて嬉しいのですが、さすがにエセル様も心配になってしまうのではないですか? 城の行事は城内には早く伝わりますし、エセル様のところへも、バル様に縁談が届いていることは通知されるのではと懸念があります」

 それを言われた俺は全然ショックを受けていない。

 むしろ「なんだそんなことか」とこぼしており、続きはグラスの氷を口に含みながら告げた。

「エセルはな、こっちが思っている以上に動じないのだぞ。俺は過去にフォローしたつもりが肩透かしを食らったことが何度もある。案外本人はあっけらかんとしているのだ」

「……そうですか」

「そうだ。それに会えないのでは説明も出来んだろ」

 カイセイは渋々だが頷いている。

 俺は氷を噛み砕いて飲んだ後、椅子に背中を預けて天井を見上げた。頭ではもう二ヶ月ほど会っていないエセルを思い浮かべていた。


 ……ネザリア王国から訳ありで嫁いできたエセル姫は、ネザリアでの一件で俺との関係はもう夫婦ではなくなってしまった。

 しかしこの事情は、うちとネザリア間のみでのやり取りに限られている。この小さな国を狙った策略的結婚は言わば罠であり、公式に認められたものではなかったからだ。

 よって俺が婚姻消滅したことも、いつの間にか結婚していたことも、知らない者が多数。婚期を迎える俺のもとには、今まで通りごく普通に縁談が舞い込んできた。

 それとは別に。

 ネザリアでの決戦から戻った俺とエセルは、王妃にそれはもう叱られたのだ。実に二日目にまで跨いで怒りっぱなしであった。

 最後は王妃の体に障るからという理由で釈放されたものの、夜通し説教をされれば俺であっても流石に言うことを聞く。

「許しを出すまで二人は会わないように。破れば即刻彼女は追放してしまうからね!」

 王妃の渾身の一撃である。二ヶ月経っても鮮明に覚えている。


 ぼーっと空想にふけっていたがハッとなる。会えていないエセルのことを思ったはずが、いつのまにか頬を膨らませる王妃に成り代わっていて心外だ。

「で、例の件ですが答えは出たのですか?」

 カイセイの声が耳に入ってくる。

「すまん。聞いてなかった」

「この手紙の件です」

 親切心に動かされるカイセイは、俺の机の端から手紙を拾い上げて言った。

 この手紙は特別なものだった。特別だが極力見ていたくは無い手紙でもあった。

 仕舞っておくと忘れてしまいそうだと思い、あえて目につく位置に出してあっただけだ。

「わざわざ『例の件』など濁さなくても城内はこの手紙の話で持ちきりだ」

「聞こえていたじゃないですか」

 カイセイは呆れながら言う。

 手紙の下には数日前の朝刊を差し込んである。こんなものがうちに届く前から、もっと大々的に世間で騒ぎ立てられていた。

 俺が手を差し伸べると、その大事な手紙はカイセイからあっさりと渡ってきた。

 質感の良い便箋には王妃宛の名が。それ以外には国境外政府機構の力を示す紋章だけが印字されているものだ。何も語らずとも仰々しさを十分に醸し出していた。

 すでに封は切ってある。中には紙が一枚で印刷機で綴った文字が並んでいた。

 味気ない文章はとにかく回りくどく書いてあり、上から下へと読んだだけでは何が言いたいのか分かりづらい。

 しかしちゃんと解読すれば『九カ国首脳会議に出席せよ』との命令文書であると分かる。

 もちろん文面は命令などしていない。日頃の感謝から始まるような礼儀に則った文章だから難問なのだ。

「出席か欠席かの返事を出しませんと」

 カイセイが言うように、確かに文中には期限までに連絡をよこせと記されている。

 この手紙は王妃宛であるが、偉い人物たちが一言いってやりたいのは、たぶんこの俺だ。もしかしなくてもネザリアの件でな。

「俺に決定権があったら、とうに断っている」

 そうこうしていると書斎にノックが鳴った。扉番の兵士が廊下の情報を中に伝えてくれる。

「バル様、カイセイ様。ロマナ様からお呼び出しが出ています。お二人を部屋に案内する兵士が着きました」

 カイセイが俺の断り無しに了解で答えた。

「どうやら王妃様とのお話が終わったようですね」

 何でも無いように言うカイセイとは違い、俺はロマナという懐かしい名前を今ここで初めて耳にしたのである。それで少し驚いている。

「ロマナが帰ったのか?」

「はい。今朝に王妃様のお部屋で偶然会いました。王妃様が呼び戻したみたいですよ」

「そうか……」

 あまり再会したくなかった人物だ。名前を聞くだけで嫌な予感しかしない。

 まさかと思い、俺は再び手紙に視線を向けた。このタイミングでロマナが帰ってくるのは相当確信を突いている。

「さあ行きますよ。寄り道せずに」

 俺の苦手な気持ちを知っているカイセイは、一瞬でも別行動を許さなかった。


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