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いざ、ネザリア王国へ

「あの子が居なくなったと聞いて、さぞかし落ち込んでいるのかと思ったら意外と平気そうじゃないの」

 冷ややかな目で王妃が俺を見下ろしている。つまらないわと溜息まで吐いていた。

 以前と変わらず王妃は体を悪くしており、この日もベッドの上から物を言った。顔色は元気そうであるが表情は決して良くはない。

 祭りの夜が明けてから数日が経つ。その晩、城に戻ってすぐカイセイから王妃へ報告はされているかと思うが、王妃からは特に伝言もなく、俺は数日間を変わらない日常として過ごせていた。

「先にこれを渡すわね。ネザリア・カイリュからよ」

 この日、王妃が俺を呼び出したのは、これを俺に渡すためなのであった。その名前を耳にするだけで胸がドキリと鳴る。

 便箋と手紙を渡された。元はこの便箋に入っていた手紙だと思うが、すでに王妃が開けたのだろう裸の状態で重ねられていた。

 便箋の紋様をじっくり観察している暇はない。「今ここで読みなさい」と急かされて、俺は受け取った手紙をその場で広げている。内容に目を通すと、よくあるパーティーへの招待文らしかった。

 これではあまりにしっくり来ないので、便箋の方もピラピラとかざして見てみた。厚紙を折って出来た便箋は、シンプルで公的に使うようなものだ。

 文面にしても便箋にしても、各方面に量産される本当に何でも無い手紙だと思えた。ただし形式張った文章の中の、ほんの一箇所だけがおかしかった。

「当方は相当お怒りなのでしょうか……」

 恐る恐る聞いてみる。

「あら。分かりきっていて仕掛けたのでしょう?」

 王妃は叱るでも憂うでもなく、さぞ当たり前のように平然とした態度で答えた。これに息子の俺はどういう顔をすれば良いのか分からずに、もう一度手紙の方に目を落とすことにする。

『そちらの正妻は既着してございます』

 見慣れない一文は紛れており危うく見逃しそうだ。エセルがどうにかして無事にネザリアに戻ったということが受け取れる。いいや、無事かどうかはこの時点では判断できない。

 真面目で丁寧な文章の終わりに、紙が沈むほど力強く書かれた差出人のサインがあり、俺はそこをまじまじ見つめた。

 そうしていたらノックの音が聞こえ、王妃の寝室にカイセイが顔を出した。彼は先客がいるのだとは聞いていなかったらしい。

「申し訳ございません、また後で出直します」

「良いのよカイセイ。ここで二人に話したいから呼んだの」

 張り詰めた王妃の声でカイセイはその場に留まった。

 王妃の背景には大窓が空を映している。それは真っ青な空しか見えておらず、まるでこの部屋ごと天に浮いているかのように錯覚してしまう。そしてその空が青ければ青いほど、逆光に浮かぶ王妃の顔はいつも不吉な感じがするのである。

「あなた達は今からこの国を発って、ネザリア王国の催事に参加してくるの。そしてあなたはカイリュと話をする。いいこと? あの子のことは好きにすれば良いけど、第一に失ってはならないのは民と国だということを肝に銘じなさい」

 俺は王妃の前にひざまずいて頭を深く下げた。

「承知いたしました」

 王妃の部屋を出てすぐに俺とカイセイは国を出る。二頭の馬のみで兵士は連れて行かない。最短ルートを通るため森林の道を駆け抜けていき、時には雪の山道も超えて行った。


* * *


 初めてネザリア国土の地に入る。どんな酷い惨状なのかと気を張っていたが、何も至って普通の景観であって心底安心したものだ。デカい大砲があるわけでも無いし、鉄線が張り巡らされていることもなかった。

 いつかに母上が脅していた”死体を見せしめに吊るし上げる”なんてものも見当たらない。この広い領地と十五も隣接した国があれば、ここの暮らしぶりは俺の国と比べればかなり進んだもので豊かささえ感じられるくらいだ。

 俺とカイセイはネザリアの馬車に乗っている。国境の関所にて武器と馬を取り上げられ、迎えに来ていた兵士により乗せられたのだ。

 この馬車はネザリア城を目指して猛スピードを出しており、カーブの際には何度も頭をぶつけそうになった。御者は慣れているのかチラリとも中の様子を確認してはくれない。

 そんな荒々しい馬車がようやく止まったのは街の交差点であった。さすがに大きな国だ。道路は広くて平らに整地さている。この馬車が旗信号を待っている間に俺は窓に顔を貼り付けんばかり近付き、この国の様子を探るようにして眺めた。

 密集した住宅は驚くべき四階建てであった。安定した基盤があり鉄骨が組まれているのでこのようなことが出来る。そんな高層建築物に住まう人々はどんな暮らしなのかと見上げたが、残念ながら馬車の屋根がつっかえて叶わなかった。

 だがしかし、その上を行くのがネザリア城だ。城は街の中心に構えており、四階建ての上から堂々とその姿を見せていた。この国の者はよほど地面が嫌いなのかと考えている。

 ふと真横を婦人が通っていく。毛皮のコートで全身を覆い尻を振りながら歩いていた。歩道は真四角の石を狂いなく並べてあり、そして彼女を照らすものにガスなど使わない。電灯がこれまた等間隔で立てられているのである。

 街の様子や人の様子を見ても羽振りが良さそうだと見える。さすが金があるのだなと思っていると、俺達はまた馬のいななきを皮切りに乱暴な馬車に振り回されて行く。


 ネザリアの城へは思ったよりも複雑な入り方をした。森に隠されず川に阻まれることもないのに、高い城壁に沿って城の周りをぐるぐる回らされたのである。国民に対して威厳を見せつけつつ、決して手薄ではないというわけだ。

 荒い運転とカーブが続いたことで、馬車から降ろされる時には若干足が浮いたみたいな感覚であった。この不快感を堪えつつ我々は器量の良い人を装っていた。ふとカイセイの顔が見えたが、やつはいつもになく青白い顔で笑顔が歪んでいた。


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