真夜中‐眠れない‐
扉からカイセイが覗き、俺を見るととても驚いた様子である。
「眠れない」
「知りませんよ。私は寝ます」
閉まろうとする扉に腕をねじ込んで止めた。さすがにカイセイでも俺の腕を折ってまで扉を閉めたいわけでない。それに俺がノックする前にも扉の隙間から光が漏れ出ていたのだ。
部屋の主を差し置いて俺は中にずかずか入り、わが物顔でソファーに足を上げ寝転んだ。ふとカイセイの机を見ると開いたままの本があるし、カップからふわりと湯気が立っていた。
俺も同じのが欲しいと言うと、苦情を言いながらも茶の入ったカップを手渡してくれた。それを飲んだらちょっとだけホッとした気持ちになれた。
「こんな時間にどうしたんですか。明日から取り調べを始めるんでしょう? 体力も気力も回復しておかないと持ちませんよ」
「そんなお前も眠れないんだろう。夜更けまで読書とはお前は勤勉だな」
言うとカイセイが机の上の本を閉じた。「これですか」と見せられたのは、本のように見えたカイセイの手帳であった。あれに何が書いてあるかは知りたくもないが、趣味の読書だったわけでは無いようだ。
カイセイは飲みかけのカップを手に持った。少し口にし、後は中をじっと覗いている。
「……メルチとネザリア。二国が手を取る方向に進むと、ネザリアはもっと勢い付くでしょうね。さらに我々が正式にネザリアと敵対する時、ネザリアは必ずメルチを使ってくるでしょう。メルチは我が国にとって最も親交のある国ですから」
しんみりとそんな事を言い出した。俺はそれを黙って聞いていたが、やがてぼんやり問う。
「ネザリアと敵対するということは戦うことになるのか」
「ええ。そうでしょうね。カイリュ王は力づくで手に入れるとイアリス妃が仰っていましたし。我々はもうメルチをバックに付けることは出来ないのですよ」
俺はカップを口に運ぶ手をピタリと止めた。
「メルチをバックに? 俺はそんな事を言っていたか?」
「いいえ? しかしそのつもりじゃなかったのですか?」
改めて考えるまでもなく、俺の中で足りなかった歯車がガッチリはめ込まれたようであった。今、バラバラで散っていた考えが途端にひとつにまとまりだす。
「違いましたか?」
「……いや。違わない。そうだったのだ」
自分自身にも聞かせるよう、あえてはっきりと言った。
俺はこのメルチ訪問で対ネザリアへの何かしらの糸口を見つけ、協力体制を組めればと期待していた。それが出来なければこの極小の国ひとつでは、ネザリアのような軍隊を持つ国に勝つる方法など見込めない。そんなことは考えればすぐに分かることだ。
剣を交えて争うつもりは当初から無かったのだが、実状を知り状況が変わっていき、俺の中にあった真の目的が途絶えた。
『君も隠居なんて決め込んでいないで、少しだけ前進してみたらどうだろう』
リュンヒンの一言などいちいち覚えているはずも無いのに、ふと炭鉱で話した言葉を思い出した。これも次期国王になる男からの言葉だと思うと、まるでこうなる未来が見えていたようだな。
知らずに鼻で笑う。当然カイセイは気にした。
「どうやら俺はリュンヒンがくれた最後のチャンスを掴み損ねたらしい。残念だが俺達は俺達だけでどうにか戦おう。さっそく作戦会議を」
俺の言葉の途中でノックが鳴った。こんな真夜中に誰かと思いきや、玄関口を見張る兵であると扉越しに告げてくる。扉を開けると兵は中に俺がいることにまず驚き、そのあとで用件を言った。
「で、それがお前だったという……」
逃げ出せないよう扉側にカイセイが立ち、俺はソファーに浅く座ってその者の目をじっと見ている。二人の間でわなわな震えているのはよくよく知った顔だ。
「……エセル」
「……」
エセルは俯いたままで沈黙に徹する。外に出かけるには非常識な時間帯であるが、エセルはいつものワンピースに薄手のカーディガンを羽織っていた。しっかり靴も履いていた。
「中庭でうろつく不審な女を捕まえたと。それを聞いてまさかお前のことだとは誰も思わんだろう。あんなところで何をしていた?」
聞いても黙りこくったままだ。だが見つかったのは玄関の見張り兵だろう? だいたい予想はつく。
「お前。どうせまた一人で逃げようとしたんだろう」
エセルの組んでいた指がピクリと跳ねた。俺はそれを逃さなかった。
「今度は俺への置き手紙か? 今度はいったいどこに置いたんだ? また水差しの下か? それとも続きになっている扉付近か?」
エセルはグッと唇を噛むようにして黙ったままだ。それよりも、とうせんぼ役のカイセイの方から、俺に向かって口が悪いと叱りを投げてきた。このまま会話のボールのぶつけ合いをエセルの頭上で行っていると、いつからかエセルが何かブツブツ言っている。
俺とカイセイはボールを止めた。何だ何だと思っていたら、エセルが急に立ち上がる。怒りに震えた指で俺の眉間をさし、強い口調で言う。
「あなたは最低です! 最低最悪!!」
それだけじゃない。今度は振り返ってカイセイの方にも同じよう指をさした。




