街‐進んでいる‐
「甘いものを食って買い物したらもう良いだろう」
「だめだめ。最後にどうしても見てもらわないといけないものがある」
そう言って最後に連れてこられたのは切り開かれた山であった。馬車から降ろされた俺達は、ただの山道の真ん中に立たされて呆然とする。
「ここからは少し歩くよ」
「歩く?!」
目の前には上り坂がそびえ立っている。それを意気揚々と足を上げて歩き出すリュンヒンだ。ここは仕方ないと諦めて付いて行くしかない。しかしエセルだってそろそろ疲れているだろうと思う。時々石ころで足を滑らせる時だってあった。
「エセル、大丈夫か?」
よろける体に手を差し伸べたが、エセルはプイッとそっぽを向いた。それどころか早足で上り坂をずんずん駆け上っていったのだ。俺は溜息をつくしか無い。
このまま山頂まで歩かされるのかと思っていたが、意外と目的地は横道に逸れたところにあった。俺達は息をはあはあ荒くしていたが、リュンヒンはどこにそんな体力があるのだろう元気にジャンプだって出来る。
到着した場所は炭鉱の採掘場であった。
「やっぱりこの国に来たなら現場も見ておいて貰わないとね」
リュンヒンは最後の最後に統治者っぽいことを言い出した。
もう時間も夕方であるし労働者は皆家に帰ったと思われる。ベルトコンベアーも止まっている。横向きに開いた洞窟のような形の炭鉱は、夕日に照らされ途中までは中が見えた。しかしそのずっとずっと奥は暗闇であり、あんまりじっと見ていると闇の方から迫ってきて飲み込まれてしまいそうだ。
エセルも興味津々であったが、実は俺も少し興味深く色々見て回った。幼い頃にもこのような炭鉱はあったはずであるが、大人になってから見るとまた違うものを感じるものだ。
平面にならした地面が横方向に伸び、等間隔で洞窟が開いている。よくも器用にコンパスで描いたみたいな丸に掘れるものだな、と思って見ていた。そういえば昔はもっと歪な形の洞窟だったと思い出す。
「バル殿、バル殿。ちょっとこっちに来たまえよ」
「なんだその言い方は。気持ちが悪いな……」
変な調子のリュンヒンに付いて行くと、砂地の上に置かれた四角に無数のボタンやレバーが装着された何かごっつい物を見せられた。
「な、なんだこれは!」
リュンヒンが怪しく含み笑いをする。
「なんだってこれは機械だよ!!」
盛大に両腕を掲げて言われたが、機械であることぐらいは分かっているのだ。俺の反応がイマイチなのに拍子抜けし、そのうちちゃんと説明を始めた。
「穴を掘るすごい機械だよ。ここの丸いところがグルグル回って土や石をこう……モグラみたいにね。しかもすごいのはこの青い部分があるだろう? ここから水を……そう、噴水みたいに。もうとにかくすごい機械なんだよ。分かったかい?」
「……」
勢いだけに圧倒される。というか、いつの間にか話が終わっていて置いてけぼりを食らった感じだ。
ジェスチャーを駆使しながら彼が語ったのは機械の良さであった。思いがけない発見として、彼が機械についてかなり疎いことも初めて分かった。試しに少し踏み込んだことを質問してみるとリュンヒンは途端に固まる。
「うーん。今度テダムに会ったら聞いておくよ」
完璧そうな彼にも意外な弱点があるものだ。
この一見物騒にも見える重厚な機械の前で、俺とリュンヒンの話題はエセルのことになった。眩しい夕日を背に受けながら、古き馴染みの友として俺の妻の秘密を打ち明ける。
確かにそれは驚くばかりの話になった。それでもリュンヒンは決しておどけず真摯に受け止め、俺やエセルのことを心配してくれたのだ。そして全てを話し終えると、俺は静かにリュンヒンに言う。
「エセルのこと、テダムには言わないでくれるか。メルチとネザリアは交渉中であるのに、こちらがネザリアの姫を娶ったっと知れば、互いの関係がまずくなるだろう」
リュンヒンは低く唸って頷く。
「うん……そうだね。分かった、言わないでおく」
事の重大さを加味してその後も何度も頷いてくれた。ふとこの機械を見上げてリュンヒンは言う。
「機械って僕はよく分からないけど、人の代わりに動くなんて割と良いもんだよ。事故も減ったしさ。君も隠居なんて決め込んでいないで、少しだけ前進してみたらどうだろう」
前進か……。考えたがあまり上手に未来が描けない。
「機械を導入したい場所も無いし金も無い。俺にはまだまだ先の話だな」
言うとリュンヒンは「だろうね」と微笑した。
夕方を知らせる鐘がどこか遠くで鳴り出した。暗い話はここでおしまいだと言っているようである。少し明るさを取り戻したリュンヒンの声が俺に言う。
「エセルさんはその博士の本が好きなんだね。ということは彼女は医療に通じているのかい?」
「さあ。知らない」
これにリュンヒンは大げさに項垂れた。
「はあ……コミュニケーション不足だね。もっと彼女のことを知るべきだよ。政治的にじゃなくてさ」
俺はその意味がよく分からずにいた。それにもリュンヒンは不満を言いたげであった。エセルが俺達に気付いて掛けて来ようとしている。そろそろ本気で帰ろうと俺からリュンヒンに言おうとした。
「ちなみに僕は今日エセルさんを見ていて知ったことがあるよ」
急にリュンヒンが言い出す。
「彼女いつも君が見えるところにいるよね。彼女は君といる時ずっと君のことを見ている」
誰かの名言じみたことを口にしながら、リュンヒンがエセルに手を振っていた。振り返るとエセルも遠慮がちに手を振っている。もう一度リュンヒンに向き直り言う。
「お前を見ているの間違いじゃないのか?」
「今回はそうだったかも」
手を振りながら肩をすくめた。
「エセルさんはちゃんと君のことが好きなんだと思うよ。だから早く仲直りしちゃいなよ」
「はあ? どこから何でそういう話になるんだ?!」
俺が驚いているのにリュンヒンの方も驚かれる。
「だって君、今日一日中、愛が分からない……みたいな苦渋の顔をしていたじゃないか!」
何故か当然みたいに言い切られた。俺的に今日一日の苦渋の顔といえば、ドデカいプリンで胃もたれしていたのと、頭痛の中で欲しくもないアクセサリーを手に入れたのと、体力を使い切って登山したくらいなんだが。
愛が分からない? はあ? 意味不明である。愛ぐらい分かるも分からんも無いだろう。人間誰しも愛を持って生まれて来るものじゃないのか。
そんな間にエセルが到着した。相変わらず俺と目が合うとすぐに背けられた。仲直りしろと言うが何も喧嘩をしたわけでもあるまい。勝手に怒って無視するあいつに俺からどうこうしなくても、こういうものは時間が解決してくれるものなのだ。
俺は自分自身の信念のようなものにしがみついて、絶対に離れようとしなかった。




