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暗雲

 昼食を済ませた後、部屋に戻るため一人で廊下を歩いていた。これは別にただの移動であって何も無防備であるから、目先の壁から人の手が伸び出ていることに軽く悲鳴を上げそうになった。

 その手は俺に向かって手招きをしていた。こちらに来いと言っているのだ。

 まさかメルチ城に伝わる幽霊や妖怪の類ではなかろうかと思う。

 しかし角で曲がると、その怪しすぎる手にはちゃんと身が繋がっていたのだ。

「……何している」

「そんなガッカリしないでよ」

 さっき庭で話したばかりのリュンヒンが壁に隠れて何の用だろうか。 

「仕事の話しか出来なかっただろう? だからもっと面白い話を君とはしたいと思ってさ」

「面白い話?」

 嫌な予感しかしないが俺は一応聞き入れた。ちょうどテダムも捕まらず、これから暇な時間になりそうだったからだ。

 嫌な話ならすぐに退散しようと、ニヤけるリュンヒンを見ながら考えてもいる。

 リュンヒンは廊下の方に顔をやって人が居ないか確認しだした。「内緒話なら別のところでやれば良いだろう」と、言いかけた俺の事を途中で制しつつだ。

 そして声を殺しながらこんなことを言い始める。

「ねえ君の奥さん。エセルさんだっけ? とっても可愛い人だね。僕の好みだ」

「お前の好み? いったい何の話がしたい?」

 不審を抱き苛ついていると、まあまあ。と、鎮めるよう言われた。その後もふわふわと話し続けられる。

「いやあさ? 君っていったい、あの子のどこを気に入ったのかな~と思って」

「……」

「うーんやっぱり顔かな? いや、スタイル? 確かそんなに胸も大きくなかったような」

「おい」

 実に下手な芝居が続けられているようだ。不快極まりない内容にも聞いていられない。

「ああ、もしかしてやっぱり!」

 パチンと指を鳴らす音だけは熟練されている。

「エセルさんには悪いけど、彼女は君の一人目だ。一人目から賢い女を選ぶのは後々厄介じゃないか。やっぱり君は大した男だよ。隠していないで僕にも教えてくれよ。妾候補は他に何人いるんだい?」

「お前は何を言い出すかと思えば!」

 怒っていたせいで割と大きな声を出した。だが次の瞬間、俺の目が会うのはリュンヒンではなかった。この場に及んでどうしてか壁から顔を覗かせたエセルなのである。

 エセルはすぐに引き返した。

 彼女からここで何の話をしていたか聞いてこなかったということは、この酷いリュンヒンの芝居を聞かれたということだ。そしてその芝居はまだ続けられている。

「あららら~。見られちゃったね。早く追いかけた方が良くないかい?」

「……これが目的か」

「それとも僕から説明した方がいいかな? 上手く伝えられるかあまり自身がないけど」

 色々言ってやりたいことも殴ってやりたい気持ちもあるが、ここはグッと堪えてエセルを追いかけることにした。

 まだそれほど遠くには行っていないだろう。出たすぐの廊下には居なかったが、すぐ近くの横道にエセルの後ろ姿があった。

「エセル」

「……」

「おい、待てエセル」

 腕を取って引き止めるでも無くエセルから足を止める。くるりと振り返って一言「なんでしょう」と言われた。

「何って……」

「お話が無いのならこれで」

「いや、ある! さっきの話はリュンヒンが勝手なことを言って」

「さっき? それは一体どんな話だったんでしょうか。お聞かせ願えますか」

 言われて俺は口をつぐむ。なにせそのリクエストには答えられないからだ。

 話にならないと、エセルは再び背を向け早足に歩き出した。

 呼びかけても止まらんエセルの腕を掴み取ったが、強い力で振りほどかれる。そこで俺はエセルがいつもと違うというところに気が付く。

「おい、何を怒っている」

「怒ってなんかいません!」

「いいや怒っているだろう」

「もう行きます。ごきげんよう!」

 エセルは話を振り切って去って行くし、俺は追いかけはしなかった。

 どうせ後ろでリュンヒンが笑っているかと思いきや、振り返っても姿はとうに無い。その間にエセルも姿を消した。

 俺は呆然とひとりで佇んでおり、この時に何が起こったのか把握しきれずにいた。


* * *


 兄の方、テダムは思っていたよりも忙しい。いつか時間を作ってくれないかと頼みたいのだが、朝から夜まで城に居ないことが多かった。

 夜中ぐらいは居るだろうと扉を叩いたが音沙汰なしである。

 とにかく待つ事しか出来ない俺達は、このメルチ滞在期間をほぼ庭の散策で終わりになるんじゃないかと肝を冷やしている。

 ただし呑気なヤツが一人いるがな。

「またこんなところから眺めて。そんなに気になるのなら混ざりに行けばいいじゃないですか」

 カイセイが俺に対して苦言を言う。規律正しいカイセイはガーデンベンチには座らず、その横に真っ直ぐ立ったままで俺の傍にいた。

 そして俺の方はひとりで座り、憂いた眼で噴水のさらに奥を注視している。

 視界にふらふら現れた白黄の蝶が邪魔をしても、俺はただ一点穴が空くぐらいに見続けているのである。

 その先にいるのはエセルだ。髪をだらりと下ろしたいつものエセルである。今しがた、傍のリュンヒンの手から髪を耳に掛けられ小花がついた茎を添えられた。

「嬉しそうにしよって……」

 ほぼ無意識的に呟いた。

 目の前で繰り広げられる不快なその絵は、どういう訳か俺の心をひどく掻き乱そうとしてくる。

 俺に虚しさと苛立ちを理不尽に押し付けられながら、しかしこういう経験が無いのでどう処理すれば良いのかさっぱり分からん。

「カイセイ。俺は今怒っているのか」

 分からんので客観的に意見を聞いてみた。カイセイは急なことに困惑気味であったが、すぐに素直な意見をくれる。

「拗ねているんじゃないですか?」

「すねる?」

 頭の中でその三文字を反復させた。小花を耳に飾ったエセルがどこか指差し笑っているからか?。

 傍のリュンヒンがエセルの会話に寄り添いながら笑顔を見せているからか?

「あいつらいつの間にあんな仲良くなったんだ」

 これもほぼ無意識的であった。


 エセルの花飾りを目で追っていただけであったから、こちらにリュンヒンが向かっていることに気付けなかった。

「ちょっと遊びに行こう。エセル君にこの国を見せてあげたいし。君も一緒に来るだろう?」

「はあ? 行かない。俺達はテダム待ちなのだ。行きたいなら二人で遊んで来い」

 顔を背けて言ってやると、リュンヒンは手を合わせてお願いされる。

「ほら二人きりだと僕って積極的だろう? こんな可愛らしいエセル君の唇を奪いかねないんだ。頼むよ一緒に来てくれよう」

 後からやってきたエセルが何の話かとリュンヒンに聞いている。

 目を背けていても俺の視界の端にはエセルの花飾りがチラチラ映ってきた。ふいにエセルと目が合うと意図的にあっちから逸らされた。

 話を聞いていたカイセイが余計な口を挟んでくる。

「テダム様の事なら私が待っておきますので、バル様は行ってきてはどうですか。久しぶりのメルチ国でありますし前と変わったところも多いのではないですか」

 これに俺の意思は関係なくなったらしい。

「よし、決まりだね!」

 リュンヒンは両手にそれぞれ俺とエセルの腕を持って足を進めた。

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