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メルチ城到着

「長旅、お疲れ様でございました。お荷物を運び入れますので少々ここでお待ち下さいませ」

 メルチ城到着だ。力仕事はボーイが、馬の世話はメイドがこなしている。

 気候は自国とあまり変わらない。動けば若干汗ばむが、止まっていれば涼しい風が吹いていた。雑木林に囲まれ袋状になった玄関ポーチで、俺達はしばらく屯しておりその木々のざわめきを静かに聞いていた。

 腹が減ったななどと軽い会話をしていると、道の先から懐かしい顔が見えてきた。

「ごきげんよう、バル王子」

 スマートに片手を上げるのは第一王子テダムである。きっちりと軍服を身に着け髪も乱れていない。久しぶりの再会であるのにテダムは微笑みもしないで、ただしっかり前を見据えながらやって来た。

「迎えに行けなくてすまない」

「いや良いんだ。忙しいのだろう?」

 テダムの軍服を見つつ言う。テダムは表情ひとつ変えずに答えた。

「一部が私のことを好いて放したがらないんだ」

「そうか。大変なんだな」

 一応彼なりのジョークなんだが表情が硬いせいで伝わりにくい。要はテダムに反発する勢力を鎮めるのに現状手を焼いているという話だ。

「やあカイセイ。久しぶりだな。相変わらずの人気で毎回驚くよ」

 カイセイはテダムに恐れ多いと深々頭を下げた。

「それから……そちらは」

 カイセイの横に身を並べているエセルに向かいテダムが言う。

「は、はじめまして。エセルと申します」

 エセルはカイセイよりも深く礼をした。これにテダムは固まってしまった。

「俺の妻だ。よろしくな」

「妻……?」

 まるで新生物を観察するみたいに、じっとエセルを見ていたテダムであったが「ああ、そういえば」と、俺が妻を娶ったことを思い出してくれたようである。それでも無に近いような表情が変わることは無い。今度は俺の妻としてエセルのことを見極めだした。

 上から下まで見られるエセルは、笑顔を作ったままで停止し口元をヒクヒクさせていた。だがすぐにテダムの気が済んだようだ。

「よろしくお願いします。エセル様」

「よ、よろしくお願いしたします!」

 エセルは緊張しただろう。声が若干裏返り気味だ。

 部屋の用意が整ったようだが、もう少しテダムと立ち話をしている。

「今夜は我が国挙げての宴です。どうぞ楽しんで行って下さい」

「テダムも出るのか?」

 催し物を好まないテダムから宴の話題が出てきて俺は思わず聞いた。テダムは首をかしげながらぼんやり考え事をした。

「まあ寝ていなければ」

「……なんだ。そうだよな」

 長年の付き合いだ。いつも通りの反応であった。

「リュンヒンは出るでしょうから大丈夫かと」

 テダムとは逆で弟の方はそういう催事が大好きなのである。

「本当に真逆だな。兄と弟で」

「はあ。皆はそう言いますが、自分では何とも」

「そうか。まあ確かに本人はそういうものかもしれない」

 そういえば俺にも兄がいるのを思い出した。自分に当てはめて考えると少し同感だ。

 そろそろ中に入りましょうと声がかかる。

「じゃあまた後ほど」

「ええ。今夜は会えないかもしれませんが、またいずれ」

 テダムは道では無く、雑木林の中に消えていった。


 自国の城と違う雰囲気の廊下をそわそわしながら歩いた。先行するメイドの指示で、カイセイの部屋、その斜め向かいが俺とエセルの部屋だと案内された。俺とエセルの部屋? と、疑問を持ちながら中を確認するが、信じられない光景がそこにある。

「これはちょっと……」

 あまりにも恐ろしいものを見て、まさかのエセルが溢すほどであった。

「ご夫婦でお越しいただけると聞いておりましたので、オルバノ様とイアリス様が、こちらの部屋が良いのではないかとご用意されました」

 メイドが顔を伏せたまま言った。オルバノ王ご夫妻がざわざわ……そ、それは喜ばなくてはならんな。そんな気持ちとは裏腹に頬には汗が一筋伝う。

 パタンと扉が閉められた後この部屋に残された俺達は、三人が横になれるくらい大きなベッドを前にして固まっている。これは一人用にしてはデカ過ぎると俺もエセルも思っているのだ。

「へ、部屋は他にもあるだろう!」

 立派な大部屋を用意して頂いたのだ。部屋なら他に五つ六つある。俺は急いだ足取りで次々扉を開け寝室らしい部屋を探した。

 各部屋瑞々しい花が活けてあり、書斎には三日前の新聞まで用意されている心遣いであるのに、どうしてかもうひとり分のベッドが見つからないのだ。ぐるりと回って結局また元の部屋に戻ってくる。見るからに一人用で無いベッドの前で立ち尽くしてしまった。

「……王子?」

「あ、ああ。すまん、ぼうっとしてた」

 オルバノ王とイアリス妃はおしどり夫婦で有名なご夫妻である。あくまでご厚意なのだろうが、さすがに俺とエセルで同じ布団に入るというのは絶対に無理だ。この際エセルの気持ちなんかは関係ない。

「お前はここを使え。俺はそっちのソファーで寝るから」

「いえいえ、王子がベッドで寝て下さい。私はどこででも眠れる人間なので」

 部屋を移動する俺のあとを引っ付いて来てまで、自分の人間性を語るエセルであった。俺は上着を脱いでそのソファーの上に投げ置いた。続けてシャツに手を掛けるが、そんな俺を見ないよう目を覆い隠しながらも、エセルはまだ口だけで抵抗してくる。いい加減そろそろ叱るよう俺は言った。

「お前の目の下にクマでも出来たら俺が怒られるのだぞ。いいから黙ってそっちで寝ていろ」

 エセルは口を黙らせた。相変わらず目は覆ったままでじっとそこにいる。俺はひとつ大きな溜息を吐き自分勝手にすることにした。

 クッションとブランケットをそれぞれ拝借し、ソファーの良い所に置いて身を転がした。まあ背中の辺りが若干硬いが、そういうものだと思えば案外眠れそうである。疲れもあるしな。体の位置が決まったところでエセルに告げておいた。

「いいか? ここでは婦人らしくして貰わないと俺が困るんだからな。じゃ、おやすみ」

 脱いだ上着を目隠しの代わりにした。俺が眠りに落ちる前に扉が閉まる音がした。そっとその方を見やるとエセルがいなくなっている。


* * *


 今宵はオルバノ王、イアリス妃の結婚二十周年を祝う祝賀会なのである。俺やカイセイもドレスコードに倣いスーツをかっちりと着た。ホール前にも人だかりが出来ており、俺とカイセイはここでエセルのことを待っている。

 来賓はだいたい年齢層が高めであり知らない顔が多かった。たぶん二人にゆかりのある人物が招待されているのだろうと思う。滅多に俺には声を掛けてこないから退屈過ぎた。柱に寄りかかっているとカイセイに背を正すよう指摘される。

「エセルはまだ来んのか」

「まあまあ、きっと緊張されているんですよ」

 俺は鼻で息を吹き鳴らしていた。そのまま突っ立っているとカイセイの知り合いらしい人間が近づいてきた。まあカイセイだけはこの国で有名人であるし、これまでも度々声を掛けられたりしていたからな。

「バル様、少し外してもよろしいですか?」

 それなりに重要な人物らしい。おれは小さくシッシと手でやった。カイセイは遠慮がちに肩をすくめると、その知り合いをエスコートしながらホールに消えた。俺はこれで柱に寄り掛かれる。何故か背中がだるくて仕方がなかったのだ。

 そろそろ苛つき出す頃ようやくエセルの声が耳に届く。人の間を「すみません、すみません」と言いながらすり抜け小走りで駆けてきた。来るなりいきなり頭を深々と下げられる。

「すみません、もう大丈夫です。本当にすみませんでした!」

 来賓用のドレスを纏い髪を結い上げた姫が、ぺこぺこ頭を下げているのを周りが見ないわけがない。俺はエセルの腕を取って柱に隠れ周囲の視線から逃れた。声を殺しながら早口で告げる。

「謝るな。誰だって腹くらい痛くなることはある」

「す、すみません……」

「それと、こういう所では気丈に振る舞え! 俺に対して謝るのも頭を下げるのも禁止だ! 主賓来賓に見られているのだと常に心しておけ! 婦人がペコペコしているとなると品格を疑われるのは俺の方なんだからな!」

 首根っこを掴まれた猫のようにエセルは大人しくなった。ひどく反省の色を示している。これはこれで俺の望むものでは無い。あの時カイセイを行かせるんじゃなかったと後悔した。あいつならもっと上手く言ってくれただろうに。

 俺はそっとエセルの頭に手を置く。これにエセルの肩が震え、目をきゅっと瞑った。なんだ叩かれるとでも思ったのか。心外だな。その手で頭を撫でていると、エセルの目が開き不思議そうな表情で見上げられた。

「……俺の言い方が悪かった。いつもは自然体で居ればいいんだが、今だけは我慢してくれ」

「分かりました」

「すまないな」

 いつもの髪を下ろしたエセルではない。女性というのは身なりでこんなにも変わるものなのかと驚いている。着飾った姫君を見るだけで毛嫌いしていた俺だが、この姫の中身はエセルなのかと意味不明なことを頭で考えていた。

 頭を撫でる際、手のひらが頭部に当たる度にエセルは瞬きをする。それがだんだんそういう人形のように思えて笑けてきた。

「ちょ、ちょっと何笑ってるんですか」

「いやいや、なんでも無い」

 すると俺達の傍を通りかかった誰かが咳払いを聞かせてきた。俺はパッと手を退け、こんなことをしている場合じゃなかったと思い出す。

「カイセイが先に入っている。行くぞ」

「あっ、はい!」

 ホールの中に足を踏み入れ、壁際にてこちらに合図を出すカイセイのもとへ近付いた。


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