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峠‐メルチ王国へ‐

 そろそろ国境が見えてきそうな気がするな。

 ぼんやり思うだけで、小鳥のさえずりと馬の蹄の音だけ聞いている。

 それでつい眠くなり何度か馬から落ちかけた。人の話し声も無ければそれが子守唄のようでしかない。

 ふと人為的な音が鳴ったことで慌てて王子面に戻した。馬車の窓を開けたエセルが、顔をのぞかせて俺の方を見ている。

「あちらの国の方はどんな方なんですか?」

 唐突に遠足気分で無いような事を聞いてきた。まあ確かに事前に話しておいて困ることでも無いかと俺は話し出す。

「メルチ王国は代々シェード家が主席を務めている。オルバノ王。イアリス妃。二人の息子がいて兄の方はテダム。弟はリュンヒン。息子はそれぞれ領地を任されていて、港を含む北はテダム、南はリュンヒンが統治している。それで今回話をつけたい領地問題はリュンヒンの統治下だから……」

 話している途中に口をぽかんとするエセルが目に入った。

「……まあ、そんな一度に覚えなくていい。二人息子がいることをだけ心しておいてくれ」

 エセルは、メルチ王国に二人息子がいるということを理解し「分かりました!」と元気に答えていた。

 俺はそれを見ながら楽観的だなと思っている。

 しかしまあ俺も、そこまで張り詰めているわけでもないから似たようなものか。空に向かってひとつ溜め息をついた。

「テダムは物静かなやつでな、反対にリュンヒンは物腰の柔らかいやつだ。たぶんリュンヒンの方が接しやすいだろうが、ああいう性格で悪を漬け込んでくることもある。一応注意しとけよ」

「りょ、了解です!」

 兵を真似ているのかピッと敬礼して返された。それをジト目で睨んでやると静かに片腕を下ろしていく。

「お前、俺の言う意味を汲んでないだろ」

「そ、そんなことありませんよ!」

 どうだか。

 目線を前に戻すと国境を分ける低い壁が見えた。壁と繋がる建物は関所だ。そこに到着すると俺達は一旦馬や馬車を降りることになる。


 ガタイの良い兵士が出てきた。メルチ王国に入るための検査が行われるのだ。

 あまり通ることの無かったルートであるために、ここの関所では兵士たちと世間話をするには至れなかった。

 彼らは少し挨拶をするだけで無愛想だ。正しく仕事をしてくれるのであれば別に構わないが。

 慣れた手付きで身分証と通行証を取り上げられる。その傍らでは別の人員が動き、馬に積んだ荷物、馬車の中も隈なくチェックがされている。俺達はそれが終わるまで少しの休憩時間となった。

 久しぶりに地面に足が着き、騎馬隊員も腕を伸ばしたり背中を反ったりしていた。

 やはり馬車を連れていると時間がかかるな。その分乗馬体勢でずっといるのは大変疲れる。俺も声を吐き出しながら背中を伸ばした。

 カイセイがエセルに声をかけていた。

「疲れたでしょう。中は馬と違って風が当たりませんからね」

 エセルは言われて、馬の顔とカイセイの顔を交互に見ている。

「やっぱり馬に乗ると気持ちが良いものなんですか?」

「まあ、歩いている分には心地が良い風を受けますが、走っているとそれどころではないかもしれません」

 微笑するカイセイに、エセルは不思議そうな表情を浮かべていた。いったい何を考えているのだろうか、と俺は気になって遠目に見ている。

「皇族の女性も一人で馬に乗れるのでしょうか?」

 何の気無しでエセルが尋ねるのに、関所の兵士はピクリとしたようだ。離れた場所からエセルのことを怪しんで目を細めている。

 これにカイセイは気付いているだろうか。ここからカイセイの背に念じる俺だが、心配する必要もなかった。

「エセル様はまだこちらの準則に慣れておりませんね。我が国では女性も馬に乗れますよ。皇族の女性もお乗りになられます。帰ったら私が教えて差し上げましょう」

 優しい口調で諭すように言うカイセイである。皇族が皇族について首を傾げるなどありえん。それをフォローする良い切り返しであった。

 関所の兵士も元の役目に戻ったようだ。

 今回メルチへ渡るに際して、エセルの素性は隠しておくことにし、適当な名を付けた国の姫だということにしてある。

 至急用意したエセルの身分証も危ういものであったが、無事に返却され問題は無かったようであった。

 ひとまず安堵し、俺達はメルチ王国内へまたゆっくりと馬を進めた。


「あれはなんですか?」

「ベルトコンベアーですね」

 エセルとカイセイの話し声が聞こえて俺も周辺を見回した。

 開けた山岳地帯の至る所に横穴が空いており、人の頭上でレールが動き石や炭が自動で運ばれているのである。俺は続きの会話を聞いている。

「この辺りの石は密度が高いので採掘に向いているんですよ。石が柔らかいと掘っている最中に崩れてしまうので危ないですからね」

「へえー。それで採掘が盛んなんですね」

「はい。石炭や鉄鉱石は高値で取引されますから、この国は比較的裕福で争いの少ない国なんですよ」

 そんな話がされている中、一行は第一の村に入った。主に畑が主体の小さな農村から次はこじんまりとした集落へ。

 そしてだんだん街めいてくると人々から俺達に対する特別な待遇が見えてくる。

 それは周りが騒がしくなってきたなぁ程度のものじゃない。気付くと道の両端にメルチの民が列を成し、こちらに向かって手を振ったり黄色い歓声をあげていたりしているのだ。

 列を作るのは特に女性や子供で、俺じゃなくカイセイの方に人数が多い。

「皆さん一体どうしてこんなことに?!」

 エセルが俺の方に聞いてきた。

 たぶんカイセイに聞いても教えてくれないのだろう。この間にも「まあカイセイ様だわ!」「カイセイ様が来られたわよ!」など激しく歓声が飛んでいる。

「あいつは色々あってこの国では人気があるのだ」

「色々?」

「……まあ話せば長いというか、そんな大した話でもないというか」

 俺は口をごにょごにょさせた。

「それよりもカイセイを見てみろ。あんなにキャーキャー言われているのに片手ひとつも上げんし見向きもしないだろ」

「ほんとですね……」

 エセルはその様子を確認してくれたようである。少し信じられないというような面持ちだ。

「手ぐらい振ってやったらどうだと言ったら、あいつは何と言ったと思う?」

「何でしょう。素直に、嫌だ。とかですか?」

「『友人でも無いのに手を振るのですか』だ。それも涼しい顔して言ったんだぞ」

 どうだ酷い男だろうと話すと、エセルは口に手を当て「まあ!」と反応した。

「バル様、エセル様。お喋りしていると舌を噛みますよ」

「あっ、ごめんなさい」

 なにを。あいつにも聞こえるようわざと言ってやったのだ。

 その場でイーと歯を向けてやると、俺の仕草を見てエセルがクスクス笑っていた。


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