王と炎鬼
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場所は森の奥、その薄暗く翳りのある場所である男が胸に何かを抱き、馬に乗って駆けていた。男の服は農民が着るような質素で粗末なものであったがそれにしても何か争いが起こった後のようにボロボロであった。破れた箇所から見える男の素肌はやはり血に塗れていて、今、どうやって馬に乗れているのか不思議なくらいの血が流れていた。
と、男の後ろから追うようにして十騎ほどの馬に乗った集団が現れる。男達が身につけているのは鎧、追いかけられている農民のような男とは比べ物にならないであろう、身のこなしであった。その鎧にはたくさんの血がついており、男達が腰に帯剣している剣の鞘からも少量ではない血が見えていた。
しばらくの間男達による追走劇は行われてはいたが、それは追われている男が崖に追い詰められたことで終わりを告げた。鎧を装備した者たちは馬から飛び降りると中でもより一層、豪華な鎧を身につけた者が代表して男に話しかける。
「追いかけっこは終いだ、その子をこちらへ渡してもらおうか」
「………」
今まであまり目立ってはいなかったが農民風の男が胸に抱いていたのは確かに生まれて間もないような赤ん坊であった。今はスースーと寝ているようだが、この喧騒がいつまでも続くようであれば目が覚めるのは時間の問題であろう。
「だんまりは良くないですよ、元シグリュー王国騎士団序列37位、シルバ・グラグミルさん」
「…もう身分まで特定できているのか、ならば話は早いだろう、騎士団にいた頃の私の異名は知っているのだろう?それを踏まえた上で私が本気でこの方を手渡すと思っているのか?」
そういうとシルバは腰にさしていた、鞘の部分が黄金の装飾の、見るからに値のつきそうな剣を抜いて赤ん坊を地面に置き、剣を構えた。その構えは見るからに素人のものではなく、随分と胴に入った構えであった。それを見たリーダー風の男は口笛をヒュイと鳴らし、
「まさかこんなところで名高い【忠臣】さんと戦えるとは…光栄ですねぇ。私勝ったらその剣、序列100位以内の者だけが賜われる宝剣をいただきましょうか」
「ふん、たわけが!できるものならばやってみろ!」
こうして【忠臣】シルバ・グラグミルは一人、勝ち目のない戦へと身を投じた。
「む、無念…」
ドサッと音を立ててその巨体を地面にのめり込ませた騎士はようやく息の根を止めた。この間、囲まれてから実に3分の間の出来事であった。しかし、彼を斬ったリーダー風の男の憔悴具合は3分であったことを信じさせられなくするようなものであった。生き残った男は剣を杖代わりにしてなんとか立てている状態、彼の周りにいた九人の騎士達は皆血の海に身を沈め、倒れ伏せていた。その騎士達はどう見ても生きているようには見えなかった、これが【忠臣】の最後の戦果である。
「…褒めて差し上げますよ【忠臣】シルバ・グラグミル、まさかあの状態からここまでやってくれるとはねぇ」
憎々しげに吐き捨てる男。
「部下はいくらでも補充できるから良いものの、この私の体にまで傷をつけるとは…本当に腹立たしい限りですねぇ。まぁ、任務はこれで達成…ですか」
男はやっと一息つく。それは男がこの任務に失敗した時、死よりも恐ろしい羽目になると十分に理解していたからである。
「さて、赤ん坊は…」
「その赤ん坊をどうするつもりだ?」
「なっ!」
気がつくと男の後ろには白髪のそこそこ歳をとったおじいさんが立っていたのだ。男は恐れた。
(冗談じゃない!近づいてくる足音が全く聞こえなかったぞ!!…なんだ、どこかで見た顔だな…)
「聞こえなかったのか?その赤ん坊をどうする気だ?」
老人はなおも問いを繰り返す。
「…見られた以上は仕方がない、あなたにも死んでいただく。御免!!」
この時男は間違えた行動をとってしまったのだ。この男は後ろから近づいてくる音が聞こえなかった時点で気づくべきであった。この老人は普通の人ではないと。しかし、男は老人に後ろを取られたと言う事実に自分のプライドを傷つけられ、正しい判断ができずにいたのだ。ゆえに戦う相手を読み違えた。
「まぁ、落ち着かんか」
「へっ?」
瞬間、男の視界は逆さとなった。自分が投げられたと気付いたのは地面に激しく打ちつけられてからだ。
「がはっ!!!」
「そうカッカするな、禿げるぞ?」
カッカッと愉快げに笑う老人。叩きつけられた男は痺れる自分の体に鞭を打ち、立ち上がる。
「…何が望みです?」
男は理解していた。この目の前の老人は自分より遥かに遠い境地に居座っている人物であると。自分は本来であれば先ほどの瞬間死んでいたであろうこと。この目の前の老人がなぜか自分に殺意を持っていないこと。その瞬間男は自分の生き残る最善の手段を見出した。
「カッカッ話が早い、その子を譲ってくれ」
「…何故です?」
「何、わしはこれまでの人生、戦しかしておらなんだ、そろそろ引退してどこかの村でゆっくり過ごそうと思っていたんじゃがなぁ、目の前でわしが結婚していれば孫と同じくらいの歳が殺されるのをみるのはちと忍びない。じゃから、わしが助け、育ててやろうと思ってな」
男は今度こそ激しく狼狽した。
「…なぜこの子供を殺すと…?」
「ん?なに、お前ら王族直轄の暗殺集団【幻影】じゃろ?その鎧、見たことあるんじゃよ。【幻影】が動くのは暗殺の依頼のみ、となればこの赤ん坊を殺すためにお前達は集まったのだろうと推測したまでだ、なーに【幻影】のルールを知っていれば簡単な謎解きじゃよ」
「なるほど…」
(この人物は限られた人物しか知らない我々【幻影】の存在を知っていると…これを知っているのは現在王国内では王族と一部の公爵家、それに大将軍の顔ぶれ、それから…)
途端に彼の顔色が悪くなっていく。それはかの老人を思い出したからだ。そう、それは帝国と戦時中、褒賞会の時、王から白銀のメダルを授かっていたあの九人の一人….
「なぜここにいるのです…魔鬼将が一人、【炎鬼】のカジール様!!」
「かっかっかっかっかっかっ!!!!」
カジールはニヤリと口を歪めさせ、狂ったように笑い始めた。
(先ほどの話が本当なのであれば、それは引退防止のための我々の同志の全員から逃れて来たのか!?)
王国は捕らえた獲物は逃さない、それは見方も同じくだ。ある程度の戦績を残した人物は我々【幻影】による監視がつけられる。もし、国外へ逃げたり、軍を止めることになった場合には必要に応じて暗殺が行われている。もちろんこの目の前の老人も監視対象の一人だ。しかし周りに仲間のいる気配は一つもない。それは我々から逃れたことの証明の他ならない。つまりここにいるのは男と老人の二人だけだ。
「…条件がある。まずこの子の身包みは全てこちらへ譲ってもらおう、それに、このペンダントもいただく。」
そう言って男は赤ん坊の首にかけられたペンダントをむしり取り、身包みを剥がし真っ裸の状態の赤ん坊を老人に手渡した。
「かっかっ、構わん。服などどこかの装飾屋で買えば良い話じゃ」
「そして…最後に一つ。ここでこの子は魔獣にやべられて死んだように私が偽装します。なのでその子が生きていること、それは絶対に王国にはバレないようにしてください」
「かっかっ、すでにわしが王国から追われる身じゃよ、そんなことする機会もないわい」
自嘲げに笑う老人、しかしその目からはどこか哀愁が漂っていた。
「では、私はここで失礼します」
そういうと男は森の暗闇の中に身を躍らせ闇へと沈んでいった。
「ふむ、話のわかる男で助かったわい」
「オギャーーーー!!!!オギャーーーーー!!!!」
「おっと、目を覚ましてしまったか。ほらほらお爺ちゃんじゃよー、ベロベロバー!」
すると赤ん坊は目をパチクリとさせキャッキャと楽しそうに笑った。
「おお、そうか面白いかよしよし」
老人は一旦自分の着ていたコートを赤ん坊に包ませ、ゆっくりと撫で続けた。そうしているうちにやがて赤ん坊のめがとろんと閉じ始め、眠ってしまった。
「可愛い子じゃのー、名前は何にしようかの…ん?」
老人は赤ん坊の手に何かキラリと光る物を見つけた。
「これは…‥時計か…何か横に書いてあるのぉ?」
[愛するラフランへ]
「ラフラン‥‥これがお主の名前か?」
赤ん坊は答えない。その赤ん坊はまるでいずれ来るであろう災害に身を備え、今はぐっすり眠っているかのようであった。空を見上げると多くの大きな星が光を灯し始めた。