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星が落ちる~私は、流れ星が嫌いだ~

作者: ミント

 私は流れ星が嫌いだ。


 夜空にあるべき星が落ちてくるなんて、不気味でありえない話で……そんな私の不安を裏付けるように、世界中の言い伝えの中には流れ星を「凶兆」と捉える話も残っている。だけど世の中には流れ星をありがたがる人が多く……特に私の弟である数馬は異常なほど、流れ星に夢中だ。


「フフフ……今日は流れ星が見られるかな……」


 そう呟きながら数馬はベランダに座り込み、ずっと夜空を見上げている。


 お父さんとお母さんは「天体に興味があるのはいいことだ」「理香も一緒に見てみたらどうだ」なんて笑っているけれど、夜中に飽きもせず空をずっと眺め続けている数馬の姿は不気味で……その後ろ姿を見ながら私はいつも、我が弟ながら恐ろしいと思っているのだった。


「こりゃ、数馬! 子どもは早く寝んしゃい、っていつも言っとるじゃろ!」


 言いながらおばあちゃんが数馬の背中を引っぱたき、ベランダから連れ出そうとする。


 おばあちゃんは家族の中で唯一、私の味方で数馬がずっと流れ星ばかり探しているのを「おかしい」と言ってくれる。もっとも、その分「勉強しなさい」とか「無駄遣いをしちゃいけない」とか他のことにも厳しいが……


 おばあちゃんに引きずられ、ベランダから連れ出されそうになった数馬はいきなり「あっ!」と声を上げる。


「おばあちゃん! お姉ちゃん! 今、星が落っこちてきたよ! やったぁ、流れ星が見えた! 僕のところに星が、落ちてきたんだぁ!」


 嬉しそうにぴょんぴょんと跳び上がる数馬だが、空は真っ黒で何も見えない。流れ星どころか、普通の星だってちっとも見えないのに何を言っているんだろう……


 いいから早く寝んしゃい! と叱りつけるおばあちゃんをよそに数馬はニヤニヤと、口角を吊り上げ不気味に笑っているのだった……。


 ★


 翌日。


 朝になるなり、庭に飛び出していった数馬は手のひらほどの石ころを持って帰ってきた。


「ほら、これ。昨日の流れ星だよ……やっぱり僕の所に、星が降ってきたんだ……」


 そう言いながら数馬に石を見せられ、私は眉をひそめる。


 うちの庭はセメントで塗り固めているので、石ころは花壇の隅にエクステリアとして大きいのが何個か並べられているだけのはずだ。だけど、数馬が持ってきた石ころはそのどれとも違う……灯油に水を垂らしたような、禍々しい虹色の奇妙な物だった。


「フフフ……明日、学校でこれを綺羅々ちゃんにプレゼントしよう。綺羅々ちゃん、きっと喜んでくれるぞ……」

 ニタニタ笑う数馬を、私は「よしなさいよ」と窘める。


 綺羅々ちゃんは数馬のクラスメートで、とっても可愛い女の子だ。いつもピンク色のカチューシャをしていて、お人形さんのような顔立ちの彼女は学校でも人気者で……数馬がそんな綺羅々ちゃんに恋心を抱いている、ということは姉である私ももうとっくに気がついていた。


「そんな、気持ち悪い……変な石をあげたって、綺羅々ちゃんは喜ばないわよ」

「ふんっ、お姉ちゃんにはわからないんだ。星の良さなんて……」


 そう言い捨てると数馬は石ころ……数馬が言うには空から落ちてきた星を大事に握りしめると、そそくさと部屋の中に戻っていったのだった……。


 ★


「だから言ったじゃない……」

 ランドセルを放り投げ、部屋で暴れ回る数馬を宥めながら私はそう口にする。


 宣言通り、数馬はあの石ころを綺羅々ちゃんに渡したようだが綺羅々ちゃんはそれを気味悪がったらしく……それどころかクラスメート全員の前でそれを暴露され、みんなに笑われてしまったという。


「ううう、許せない。許せないぞ綺羅々ちゃんめ……」

「こらこら。失恋したのはわかるが、いつまでもメソメソしてちゃ駄目だぞ」

「そうよ。また、いつもみたいに夜空を見上げて流れ星でも探せばいいじゃない」


 お父さんとお母さんは笑いながらそう言っているけれど、私はこの時とても嫌な予感がした。やっぱり流れ星は悪いことの前触れなんじゃないか、何かとんでもないことが起こるんじゃないか……そんな気がして、どうにも落ち着かないのだった。


 ★


 それから数馬は、前にも増して流れ星探しに躍起になった。


 おばあちゃんに怒鳴りつけられても、やっと心配し始めたお父さんとお母さんに止められても聞かない。夜になるとベランダに出て、懐中電灯を振り回したり何かずっと呪文のようなものを唱えていたり……気になった私は数馬に気づかれないよう、そっとベランダに近づいて数馬が口にしている言葉に耳を澄ましてみた。


「ベントラー、ベントラー、スペースピープル。ベントラー、ベントラー、スペースピープル。宇宙人様、宇宙人様。綺羅々ちゃんの家に、流れ星を落としてください。綺羅々ちゃんの家に、流れ星を落としてください……」


 夜空を見上げ、ブツブツと呪詛を吐き続ける数馬の姿に私はゾッとしてその場を逃げ去る。


 数馬は、流れ星を使って綺羅々ちゃんに呪いをかけようとしている……。


 そう気がついた私はとにかくお父さんとお母さん、それからおばあちゃんに相談した。


 お父さんとお母さんは「呪いなんてあるわけないだろう」「何を馬鹿なこと言ってるの」と言って私の言うことを信じてくれなかったけれど、おばあちゃんは覚悟を決めたような表情で頷いてくれた。


「数馬は何か、良くないものに引き込まれそうになっとる。今日という今日は、数馬を止めなきゃいかん」


 私はじっとり、自分の体から冷や汗が流れるのを感じながら夜を待つ。天気予報によると今晩は快晴で、星が綺麗に見えるそうだ……。


 ★


「ベントラー、ベントラー、スペースピープル。ベントラー、ベントラー、スペースピープル……」


 ベランダに出て何か、奇妙な呪文を唱え続ける数馬に私とおばあちゃんはそっと近づく。


 もう、これ以上数馬に流れ星を探させるのは良くない。絶対に数馬を止めなければ……と決意し、私とおばあちゃんはベランダにいる数馬の方へ駆け寄った。


 その時。


「あぁっ! 流れ星だ! 星が、また星が降ってきたぞぉ!」


 数馬は狂ったように喜びながら、そう声を上げる。呆気にとられる私とおばあちゃんの前で、数馬が何かを手に持っているのが見えた。


 それはあの、不気味な色をした石……だけどそのサイズは、前よりももっと大きくなっている。人の頭ほどあるそれを数馬は嬉しそうに抱えていたが……その時、夜で真っ暗だったはずの空が真昼のように真っ白になった。


「うわっ、なんだ!?」


 数馬はびっくりして外に目を向け……それでもあの薄気味悪い石を手放すことはなかったが……それから、「ぎゃっ!」と悲鳴を上げるとぺたんと尻餅をついた。


 数馬以外、誰もいなかったはずのベランダの向こうに誰かが立っている。うちのベランダは2階にある、人が立てる場所はない……だけど、それ以上に恐ろしいのはその姿だった。


 額だけがびよんと上に引っ張ったように長く、身体とのバランスが取れていない顔。その頭からはパイプウニのような髪がところどころ突き出ていて、黒目だけの目玉はじっと数馬の方を見ている……


「な、なんだお前!? 宇宙人か!?」


 戸惑いながらそう尋ねる数馬に宇宙人……本当に宇宙人かどうかわからないその化け物は、短い手を伸ばす。その動きはぎこちなく、ギギギ……という音が重なって数馬は腰を抜かしたまま後ずさった。


「数馬! その石を捨てるんじゃ!」


 咄嗟におばあちゃんが叫ぶと、数馬は私たちの方を振り返る。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったその顔は恐怖に歪んでいて……それでも、何かに吸い寄せられるようにぎゅっとあの大きな石を掴んだ数馬に私はさっと近寄った。


 私は数馬の手の甲をはたき、その手に握られていた不気味な石を叩き落とす。石は床にぶつかるとぐわぁんと金属を曲げるような音がして、その瞬間、私の視界が石と同じ奇妙な虹色に染まった。


「理香! 数馬!」


 おばあちゃんが私と数馬の名前を呼び、はっと我に返る。


 気がつくと私と数馬はベランダの手すりから半身を乗り出し、転落しかけているところだった。


 おばあちゃんの叫び声に驚いたお父さんとお母さんが、私たちを助けてくれる。その後、私と数馬はこっぴどく叱られたが私はそれが自分を現実に引き戻してくれたようで不思議と落ち着いた気持ちになっていた……。


 ★


 あれから数馬は流れ星に見向きもしなくなり、夜もすぐカーテンを閉め早く寝るようになった。


 恐ろしい思いをしたのでもう、懲りたのだろう。危ない目に遭って叱られたから、興味がなくなったのだろう。お父さんとお母さんはそう話している。おばあちゃんはというと相変わらず躾に厳しく、私にも「数馬を見習って早く寝ろ」と口を酸っぱくして注意していた。


「あの化け物は、理香と数馬を諦めてないじゃろう……」


 そう呟くおばあちゃんの言葉はただの脅しなのか、本気なのか私にはわからない……。だけど一つ気になるのは数馬があれ以来、カーテンを開け閉めする時はぎゅっと目を瞑りベランダの外を絶対見ないようにしていることだ。


 数馬の目には、何が見えているのだろう……?


 私はやっぱり、流れ星が嫌いだ。空にあるはずのものが落ちてくる。それは不可解でありえない、恐ろしい出来事なのだ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと怖いお話ですね! 弟くん、可愛さ余って憎さ百倍というところでしょうか。
2022/01/19 23:04 退会済み
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