第5話 賭け
第5話を読みにきていただきありがとうございます。
高校を入学してから二ヵ月ほどが経ち、梅雨の季節がやってきた。毎日雨ばかり続き、今日も雨が降る中僕は傘をさして登校した。
「おはよう英一君、最近雨ばっかりだねー」
話かけてきたのは富永さん。この数か月でそこそこ仲良くなれた自信は自分の中ではある。
「おはよう富永さん、ほんと気持ち悪いし、はやく梅雨終わってほしいよね」
「それより聞いた? この前受けた数学の小テスト成績悪かったら補習なんだってさ」
「え、そうなの?」
「うん、私全然自信ないからやばいかも」
「そうだ! ねえ、勝負しようよ!」
突然富永さんが唐突に勝負をしかけてくる。
「え?」
「その小テストどっちの点数が良いか勝負しよ」
「負けた方が勝った方に今日の昼食おごるってことでどう?」
「……いいよ、やろう」
僕には勝つ自信があった。なぜなら、僕は補習があることに驚いただけで点数がやばいとは一言も言っていない。むしろ、数学は得意分野なのでそこそこ出来ているはずだ。そのはずだった。
「僕の負け、だと……?」
一時間後、答案が返却され、点数を確認してみると僕の惨敗だった。
「残念でしたー、私の勝ち!」
「こ、こんなのインチキだ!」
「何がよ?」
僕は八十三点と概ね予想していた点数がとれていた。しかし、彼女はやばいと言っておきながら僕の点数を超える九十一点を叩きだしていて、唖然としてしまった。
「だってやばいとか言っておきながら九十一点なんておかしいよ」
「うん。九十点切りそうだったからやばかったよ?」
「は?」
出た、賢い人の自信ない発言。富永さんは友達に「私も勉強してないよ~」とか言って家ではしっかりとしているやつだ。そうに違いない。
「ふふふ、やばいの基準だなんてひとそれぞれだからね。英一君は自分の基準で勝手に私の点数が自分より低いと想像しちゃったのかな?」
富永さんは僕の方を見て、嬉しそうににやにやしている。
はめられた。確かにやばいの基準は人によって違う、僕が勝手に悪い点数だと想像してしまっただけだ。
「いや待って、確か富永さんは補習になりそうって言ったよね? それでこの点数なんだからやっぱりこれはずるだよ!」
「それはちょっと違うね~、あの時の私のセリフを思い出してごらん?」
『この前受けた数学の小テスト成績わるかったら補習なんだってさ』
『え、そうなの?』
『うん、私全然自信ないからやばいかも』
「私補習にかかりそうでやばいなんて言ってないよ?」
確かに言ってはいなかったけど……。
「ほらほら、言い訳ばかりしていないで今日のお昼よろしくね」
これ以上ごねても恐らく意味なさそうだ。ここはもう諦めて御馳走するしかないか……。
「いただきます!」
僕が不満そうな顔をしていると「何かあったのか」と信也が聞いてきた。
「ふふふ、英一君と数学の小テストの点数で勝負して私が勝ったからおごってもらったの」
嬉しそうに富永さんが説明する。それから細かい説明をすると信也が言い出した。
「英一、おまえそれはめられたんだよ」
「え?」
「最初に点数悪いから勝てると思っただろ? だが、実際彩香ちゃん自身は点数が良いのがわかっているから勝負を受けてしまった時点でおまえの負けは確定しているってことさ」
信也はどんまい、と僕の肩をぽんぽんと叩く。
「そゆこと。まあ英一君が数学の成績良いのは知ってたから、勝ち確とまではいかないけど六、七割は勝てるかなって思ってたよ」
「ごちそうさまー」
満足げに富永さんはこちらを見た。
「......」
「もしかして英一君怒ってる?」
「おいおい、負けて逆ギレは良くないぞ英一」
「別に怒ってないよ」
ここにきて信也まで煽りだしてきやがって。だが僕は断じて怒っているわけではない。ただ悔しいだけだ。そんなことを考えているうちにあることを思いついた。
「勝負だ」
「へ?」
唐突の発言に少し驚いた顔をする富永さん。
「次の定期テストでリベンジしてあげるよ」
その瞬間富永さんがニヤリと笑った。
「へー、意外に負けず嫌いなんだ。いいよ、受けてあげる。そうだな、じゃあ今度は夏休みにどこか遊びに行くときその経費を全部払って貰おうかな」
「次、払うのは富永さんだけどね」
僕はむきになってそうそう言い返す。
「へー、言うじゃない」
「お、面白そうだな! 今度は俺も入れてくれよ!」
「私もやる!」
信也と少し前にちょうどやってきた九条さんまでもが参加しようとしてくる。
これはまずい。四人分の旅費なんて僕には払えない。こうなったら意地でも負けるわけにはいかないな。
「よし、じゃあ四人で勝負ね! 勝敗は七月にある定期テストの合計点を競う。最下位の人が夏休みにどこか遊びに行くときの経費を全額支払うということで!」
こうして、とんでもないイベントが決定してしまった。
四人の経費を払うことになると相当な額になる。これは絶対負けられない。
恐らくこの場にいる四人全員が同じことを考えていただろう。
第5話を読んでいただきありがとうございました。