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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
四章 女神の眷属
57/59

57#よくある帰郷

 眠りの時間は、回復の時間だ。

 だから、夢の一つぐらいはみると思ったのに、案外に深い眠りは私に何の夢も見せなかった。


 そして、平和な鳥の鳴き声で目を覚ました私は、幼い頃から見慣れた天井に何一つ疑問を抱くことなく、ベッドから出て、いつもの男物の服に着替え、髪を整えるための細長い白布を一枚手に、階段を居りて、居間へと居りた。


「おはよー、マリベル母さん」


 こちらに背を向けて、食事の支度をしているマリベルに朝の挨拶をして、洗面所へと向かう。

 歯を磨いて、顔を洗い、長い髪を櫛で梳かしてから、持ってきた細長い布で一括りにまとめる。


「…ん?

 んー…」


 何か変だなーと思いつつ、居間に戻る。


 同時に、家の扉が乱暴に蹴り開けられ、私は慣れた暖かさに包まれた。


 そう、か。

 ファラは、私をここに帰してくれたのだ。

 そして、いつも通りであるようにしてくれたのは、おそらくマリベル母さんだ。

 でなければ、心配性の彼らが側にいないわけもない。


 私は小さく笑って、マリベルの身体に両腕を伸ばして、抱きしめ返した。


「ただいま、母さん」


 ぎゅうと強く抱きつき、深く息を吸い込む。

 ああ、本当に帰ってきたのだと、じわじわと喜びに身体が満たされてゆく。


 旅に出るときに帰ってくるとは言ったものの、自分でも本当に帰れるとは思っていなかった。

 だから、何度もオーサーを追い返した。


 女神の宣言をした時、やっぱりと覚悟もした。

 二度と、優しい時間が戻らない、平和で暖かな時間に戻れないことを覚悟していた。


 でも、やっぱり私はここに「帰りたかった」。


「アディっ!」


 戸口から聞こえたオーサーの声に顔をあげようとしたけれど、ままならなくても。


「やっと起きたか、アディ」


 呆れたようだけれど、気遣いの滲むディの声にも、動けないままでも。


「おかえり、アディ」


 なによりもマリベル母さんの腕の中が心地よくて、私は子供のように泣くことを堪えられなかった。




* * *




 落ち着いてから、私は私が眠った後の話を聞かせてもらった。

 マリベル母さんの用意してくれたシチューとパンを食べながら。

 お腹が空いていたので。


 一緒の食卓についているのは、オーサーとディと村長ウォルフ(父さんと呼べと言われたけど、直ぐには無理と返したら拗ねた)と、何故か青年の姿のままのファラだ。


「アディが眠った後、ファラは何も言わずにアディを隠しちゃったんだよ。

 どこに行ったか訊いても全然答えてくれなくて。

 でも、ディが大丈夫って言うから、僕らはフィッシャー様の魔法で塔を出て、殿下の私室に移動させてもらったんだ」


 オーサーが説明してくれるのを聞きながら、私はシチューを食べている。

 美味しい。


「リュドラントとの戦は、とりあえず今はない。

 てか、リュドラントの王様が急死しちゃったらしくて、騒動の真っ只中だって。

 一部でも、女神の逆鱗に触れたとか言われてる」


 それはもしかすると、私の宣言のせいだろうか。


「それもあるけど、元々ルクレシアは女神信仰の総本山だからね。

 これ以上の戦で傷つくことを恐れた女神が、野心ある王を呪い殺したって噂になってる」


 女神が呪い殺すとか、なんだそれは。

 女神にそんな力はないっていうのにね。


「それを知ってるのは女神関係者だけだから。

 普通は知らないからね」


 そーだねー。


「アディの系統については、ナルが、あー、女神神官のナルサースク様が証明出してくれたよ。

 流石に元王子の証明でもあるから、これで誰にも疑われることなく、アディはここに居られる」


 オーサーが言うと、ウキウキと足元を弾ませながら、マリベルが手の平サイズの金属板を渡してくる。

 書いてある系統は偽物だろうけど、一応目を通す。


「へー、女神のーー兎?」


 なんだこれ、と私が首を傾げると、ディが苦笑しつつ教えてくれる。


「あの時イェフダの持ってた黒い魔石が砕けただろ。

 その時にだな、黒い兎を見たんだと」


 黒い兎、ねぇ。

 女神関係者だけど、眷属でも何でもないよってことにしてくれたのか。


「でも、王族って扱いにはなるよ。

 非公式だけど」


 突然会話に割り込んだ声に戸口を見ると、戸を開けるヨシュと大きめの紙袋いっぱいに収穫したばかりの野菜を抱えた青年が立っていた。

 どこか見覚えがる気もするが、思い出せない。


 着ているものは庶民とはとても思えないほど豪奢な金の刺繍飾りがついた制服のようなもので、背中の中程までの白いマントを肩当てで止めている。


 金の細い髪が風にふわりと流れ、戸口から差し込む光が後光のように青年を照らす。


「…お早いですわね、シャットヤンシー殿下」


 やんわりと、だが咎めるような口調で私の前に立ち、遮るのはマリベルだ。


 て、シャットヤンシー殿下ってことは、もしかして、王子様ってことか。

 その人にマリベルが歯向かうとかって、まずいんじゃないか。


「さっきラリマーから、目覚めの兆しがあると報告を受けて、急いで来たんだ。

 あの時は挨拶もまだだったからね」


 私の前シャットヤンシー殿下が歩いてくるが、マリベルは動かない。


「アディは、私の娘です」

「わかっているよ、マリベル。

 連れて行くわけじゃないから、挨拶ぐらいさせてほしいな」


 しぶしぶとマリベルが私の前から隣に移動する。

 そうすると目の前にシャットヤンシー殿下が片膝をついて、騎士の礼をとって。


「はじめまして、女神アデュラリアの器であられた眷属殿」

「っ!?」


 スプーンを咥えたまま固まっている私に、ディの苦笑が届く。


「殿下、アディが困ってる」

「…従者殿」

「それから、俺のことはビアスでいいって、何度言わせんだ。

 わかったら、さっさと席につけ」


 こっちだと自分の隣を指すディに頷き、立ち上がったシャットヤンシーが離れてゆく。

 その背中を見ながら、見覚えがあるような気がする、と再び考えていると、オーサーから教えてもらえた。


「…あの神官様でしたか…。

 もしかして、私が女神の力を使ったから、様子を見に来てた?」

「そうです。

 元々ここにマリベルがいるのは知っていたのですが、彼女は神殿を出る前に大部分の力を失っていたので、別の者ではないかとナルが」


 椅子に座ったシャットヤンシー殿下の前に、マリベルがそっと湯気の立つカップを置く。


 同時に、戸を叩いて飛び込んできたのはラリマーだ。


「マリベル様、お願いしますっ」

「あらあら」


 今までの何事にも動じないラリマーにしてはずいぶんと息を荒らげて、荒々しい。

 てか、衣装もシンプルなドレスっぽいものに変わっているし、頭には真白いベールをかぶって、神殿の巫女のような様相だ。


「何故逃げるのですか、ラリマー?」

「うわぁぁぁっ」


 私の座る椅子の後ろに隠れたラリマーは、小さな子どものようにふるえている。

 次いで戸口から現れたのは、見慣れた蒼衣のフィッシャーである。

 表情は締まりなく、にやけている。


「だから、俺は違うって言ってるっ!

 アンタの探しびとじゃないから、さっさとどこかに消えてくれっ」

「懐かしいですねぇ、リンカもそうやって、逃げまわっていたんですよ」

「違うって言ってるだろっ」


 ラリマーの言葉遣いが乱暴になってるよ。

 目を丸くしている私に、堪えきれない様子でディが吹き出す。


「フィッシャーはラリマーがリンカ王妃の魂をもっていると、確信しているんだと」

「え」


 たしかにそうかもしれないけど、と私はラリマーを見ると、彼女は雨に濡れた子猫のように震えている。


 …うん、気持ちはわかるわ。

 怖いよね、変態な上に、次元を超えたストーカーだもんね。


「ラリマー」


 泣きそうな声音のフィッシャーの声に、ラリマーはしかし両目を閉じて震えている。


「あの後、ラリマーは正式に女神の眷属として神殿に迎えられることになったんだ」


 おめでとう、と言おうとして、私は彼女を見て、やめた。


「…大丈夫、ラリマー?」

「大丈夫、じゃありません。

 も、その変態をなんとかしてください」


 涙目でこちらを見上げてくるラリマーは年上だというのに、とても愛らしい。

 そうだよね、変態は問題外だよね、と頷いた私はフィッシャーを振り返る。


「フィッシャー、帰って」

「嫌です」

「ラリマーのことなら、心配ないよ?」

「嫌です。

 せっかく今生で会えたというのに、手放すわけがないでしょう」


 どうしよう、この変態。

 悩んでいると、マリベルが私達の側をすり抜け、フィッシャーをあっさりと追い出した。


「何をするんですかっ」

「話が進まないので、外に出ていてくださいね」


 マリベルに逆らえるものなどいないというのは、どうやらこの村限定ではないようだ。


 苦笑しているシャットヤンシー殿下が言う。


「私が来たのは、アデュラリア嬢の意識が戻ったことを確認するためだが、ラリマーには別な目的もあるようだね」


 フィッシャーがいなくなった後のラリマーは元の様子に戻り、神妙に頷いている。

 さっきの幼い女の子みたいなラリマーも可愛かったけど、やはり彼女はこの方がいい。


「私はアデュラリア様に新たな名前を授けるために参りました」


 思いもよらないラリマーの言葉に、私は思わず彼女を凝視した。

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