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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
四章 女神の眷属
54/59

54#よくある急転

 目の端に鈍い光を認めた瞬間、私はとっさに前方へと受け身をとった。

 だが、背中にはまだ過日の傷口があり、わずかな痛みに顔を顰めてしまう。


「イェフダ様、何を」


 問いかける間もなく、再び剣を振り下ろしてくるオーブドゥ卿の一撃を避けるが、私は戸惑うばかりで反撃できない。


 彼はただの札士であったはずだが、貴族の嗜みとして一応の剣技を修めているのかもしれない。

 もちろん、剣術を学んだことのない私には予測しかつかないが、少なくとも村の大人たちよりは劣る剣技に負けるつもりはない。


 だが、怪我を負わせようとは思えなかった。

 ラリマーの言もあるが、わずかでも共に旅をし、多少なりとも私の知るオーブドゥ卿ならば、こんな手段に出ることはないと思った。


「流石はあの御方の魂の持ち主だけありますね」


 よくわからないことを言うオーブドゥ卿だったけど、一度目を閉じて、再び開いた時には雰囲気が変わっていた。


 オーブドゥ卿はどちらかと言うと柔和で穏やかと言われる人だ。

 女神が関わると子供みたいな反応をするし、貴族らしさを隠しもしない。

 そういう人だけど、最初から妙に私に構う人だけど、それだけだった。


 でも、今は違う。

 この空気は、夢の中のあれと同じ。

 最初のアデュラリアを殺した、あの男と、同じ。


「っ!」


 思わず後方へと飛び退り、距離をとった私の位置を剣先がかすめる。


「イェフダ様っ!」


 私の呼ぶ声に、一瞬だけ彼の眼の色が揺らめく。

 反応はあるけど、もしかして、これって中身を乗っ取られかけてる、とかだろうか。


(どうしろっていうのっ)


 元のオーブドゥ卿にだったら、気絶してもらう手もあったかもしれない。

 でも、今はどうやら、あの最初のアデュラリアの側近だったフィスが中身のようで。

 今の私には彼の剣を避けるだけで精一杯の状況だ。

 彼女の側近であった彼は、近衛騎士としての役目もになっていたのだから。


「観念してください」

「するか、馬鹿!」


 私が言い返した僅かな隙をついて、彼が接近してくる。

 それが、予想を上回る早さだったからか、それとも一瞬だけ見えた彼の辛そうな顔が、過去のあの時と重なったせいか。




ーー気がついた時には、目の前に彼がいて。




「アデュラリア様、貴女でなけれが、彼女に会えないのですよ」


 彼の手元が翻り、横薙ぎに剣が振られるのを見ても、私は反応できなくて。

 やられる、と覚悟した瞬間、私は後方に身体を引っ張られていた。


 高い金属音を立ててオーブドゥ卿の剣が弾かれて、見慣れた薄汚れた灰白色の大きなマントが私の目の前を翻る。

 目線を少し上げれば、暗緑色の短い髪と憤りに燃える緑の葉の色をした明るい瞳が見える。


「何してやがる、イェフダ!」


 苛立ちを抑えきれないディの声が、聞こえて。

 私を背中から抱きとめる腕も耳元で安堵する声も、ひどく懐かしく優しいオーサーの声で。


「…間に、あった…っ」


 反応することもできないままの私の耳に、苦笑が届く。


「間に合ってよかった。

 ここで儀式が成功していたら、私もディに殺されるところでしたね」

「笑い事ではないよ、フィス」

「本当にそうよっ!

 少しは反省したらどうなの!?」


 すっかり聞き覚えたフィッシャーの声と、先ほどのオーサーと話していた女性の声。

 それと、どこか聞き覚えのあるのんびりとして青年の声。


 何が起こっていのだろうと、考えもまとまらないうちに、目の前でディがオーブドゥ卿を叩き伏せたのをみて、私は慌てて立ち上がる。


「ディ、待って!」


 小走りにディへ近づこうとすると、いつの間にか側にいたラリマーに腕を取られる。


「アデュラリア様」

「イェフダ様のどこかに印があるはずなの。

 それを外せば、元のイェフダ様に戻るはずだわ。

 ラリマー、最近新しく遺跡で見つけたものって何かない?」


 私が問いかけると、ラリマーは少し考え込んだ後で、自分の主の元へと近づいた。

 何か心あたりがあるのだろう。


「ラリマー…?」


 驚いた様子のオーブドゥ卿をじっと見つめていたラリマーは、全く自然な動作で主の胸元へ手を突っ込んだ。


 それに驚いたのは私だけではないらしく、周囲から息を呑む音が重なり、聞こえた。


「失礼致します」


 ラリマーの手元で光が煌めいたのを見た一瞬後で、イェフダ様ががくりと肩を落とすのが見えた。

 ラリマーの手元には一つのペンダントがあるようだ。


「アデュラリア様」


 差し出されたペンダントには、漆黒の宝石が嵌められているようだ。

 表面はなだらかに整えられていて、一見すれば黒曜石にも見える。


 私はそれを手に取り、小さく声をかけた。


「…貴方の知るアデュラリアはもういない。

 女神はもう、この世界に帰れないよ」


 周囲がそれを訊いて、戸惑うどころか、固まってしまっていることに気づきもしなかった。


「天の意志は、女神がどれだけいようと変えられはしない。

 過ぎた時が戻らぬように、とっくに女神の時代は過ぎて、この世界は残されたヒトの手のものとなっているの。

 だから、貴方がどれだけ求めても、彼女たちは帰らない」


 そうして、私が石に語りかけるのは、女神として知っている全ての真実。

 決して覆ることのない、真実。


「貴方がどれほどに彼女たちに焦がれようと、決して同じ時間は戻らないよ」


 普通の石であれ、魔石であれ、反応を持たない言葉だけのはずだ。

 だが、少しの沈黙の後で、それは急に魔力を張らみ、内側から爆発するように砕け飛んだ。

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