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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
四章 女神の眷属
51/59

51#よくある逃亡

 廊下に出た一瞬だけでも、頭の中を直接かき混ぜられたみたいに、吐き気が襲ってくる。

 だが、幸いにも女神としての力が薄れている私には、全力でなくとも軽く走る程度はできる。

 だが、問題は場所が分からないことと、普段はあるはずの方向感覚というものがまったく効かないことだ。


「…様」

「え?」


 どうしようかと思いながら走りだした私だが、最初の角を曲がって直ぐのところで、不意に廊下の途中で横から引き寄せられた。

 為す術もなく、口を抑えられて壁と壁の隙間に連れ込まれる。

 大人一人が身体を横にして、やっと通れるぐらいの隙間だが、すぐに二人すれ違えるくらいの通路になっている。

 秘密というほどではないが、おそらくは神殿内部の者のための通路なのではないだろうか。


「お静かに、私はラリマーです」


 私は大きな声を上げて叫びそうになったが、後ろから抱かれるように回される腕や密着する体は確かに女性のもので、囁く声も確かにラリマーだ。

 だが、ラリマーは主であるオーブドゥ卿に逆らえないはずだ。


「私はアデュラリア様の敵ではありません。

 どうか落ち着いて、私についてきてください。

 外まで御案内します」


 彼女の声に嘘は見えない。

 だが、主君に逆らうタイプには見えないだけに、手を離されても私は更に奥へと進むラリマーを素直に追いかけられない。


「お早く」


 気が付いたラリマーが、小声で私を急かしてくる。


「でも、あなたはイェフダ様の、」

「ーー本来のイェフダ様は、このようなことをなさるお方ではありません」


 闇に沈むラリマーの表情は、私からは伺えない。


「主が誤った行動をなさる時は、正しき道へと戻すのも私の役目なのです。

 元より、そのように仰せつかっております故、アデュラリア様は直ぐにここからお逃げください」


 それが主君の本来の望みだと、ラリマーはそういうけれど、私はそれを素直に信用などできるわけもない。

 彼女は少し思案したあとで、自らの服の数箇所から紙札を取り出し、整えてから私に渡した。


「私の手持ちの札全てです。

 今はこれで信用していただけませんか」


 札士にとっての武器を渡すのだと、そういわれても困る。


「…いいよ、今は信用しておく」


 ラリマーは私がそう言うのはわかっていたと頷き、だが、ぎゅっと私の手に札を握らせた。


「さあ、参りましょう」


 今度こそ走り出そうとした彼女を、慌てて私は引き止める。


「ま、待ってっ」


 もしも本当にラリマーが味方だとしても、私は彼女を頼ってはいけないことぐらいはわかる。

 叱責程度ならばともかく、裏切り者として処断されても寝覚めが悪い。

 それに、過去の経験からして、私が頼れば必ず犠牲は産まれるということを、私は身を持って知っている。


「道を教えてくれるだけでいいよ。

 後は一人で行く」


 私の提案に対し、ラリマーは少し逡巡してから、首を縦に振った。


「道は難しくありません。

 ただ、ここは貴女に迷いやすくできております」


 ラリマーのいうことに、私はわずかに心当たりがあった。


「…女神の感覚を狂わせる、檻、ね」

「はい」


 ここについてから感じていた奇妙な不安感と安心感。

 対極のそれを、私は何代目かの女神或いは眷属の夢として知っている。

 ただの夢と割り切っていたわけでも楽観していたわけでもない。

 ただ、それが本当だとしっているだけのことだ。


「抜け方は?」

「まずは最奥へ。

 王城へと抜ける道がございます」


 ルクレシアの王城からは、かつての女神の眷属が城下へ抜けるために使っていた抜け道があるのだという。


「なんでそんな場所にあるの?」


 私が問うと、ラリマーはくすりと微笑んだ。


「ディルファウスト王の后が女神の眷属だったという話は知っておられますね?

 貴女のように狙われることが多かったので、いざという時にすぐに彼女が逃げられるようにとの配慮だと、伺っております」


 別に笑うような箇所はどこにもないと思うので、私が首を傾げると、彼女は素直に応えてくれた。


「ディルファウスト王の后であられたリンカ王妃は、アデュラリア様のようにとても活発な方だったそうです。

 彼女が城を抜けだしても追いやすいように、あえて抜け道を作ったのだとか」

「そこまでしないと追いかけられなかったわけか。

 …私みたいな庶民ならともかく、活発すぎでしょ」

「そうですね」


 少しばかりの一時を二人で笑い合ってから、私達は目を合わせ、置いてラリマーは丁寧に頭を下げた。


「アデュラリア様に女神の加護がありますように」

「…私が女神なんだけど」

「はい、存じております」


 再び小さく微笑んだラリマーの姿が消える前に、私は彼女に言われたままに細めの壁の隙間をすり抜け、いくつかの廊下の角を曲がった。


 直ぐに見つけたのは、本当に小さな小さな石の壁に囲まれた庭だ。

 壁の高さはとても高く、とても出られたものじゃない。

 神殿と対する壁にはびっしりと蔦が這って、その壁を覆い隠している様子だが、私が手を前にかざすと、不思議とそれが割れた。


「っ?」


 生き物のように蠢く蔦は不気味で、思わず私が後退ると、それは元のように壁全体を覆い隠す。


「何、これ…」


 もう一度私が蔦の壁に手をかざすと、蔦はざわざわとざわめき、うち一つの新芽をその先端につけた蔦が、私の差し出す手の人差し指にくるりと巻きつき、軽く引く。


(導いてくれるってこと?)


 引かれる力に抗わず、私は蔦の中へとゆっくり腕を伸ばしていった。

 自然と踏み込んだ足の前からも蔦は波のように一斉に引いてゆく。


 ざざざざざ、と一種異様な音の後で、私の前に現れたのは、小さな小さな、子供が小さな少女一人がやっと潜り抜けられそうな穴が、開いていた。


 これがラリマーの言っていた抜け道だろうと推測しつつ、私はそっとその先へと腕を伸ばした。


「おい、こんなことしていいのか?」


 不意に聞こえてきた乱暴な少女の声に、私は目を瞬く。


「大神官殿の許可ならとってありますよ」


 続いて聞こえてきた青年の穏やかな声。

 でも、私の周囲には誰の気配もない。


(まさか、幽霊、とか言うわけ?)


 一瞬鳥肌を立て、私は慌てて蔦の向こうへと足を踏み出した。


「ディル、てめ、また買収か…」

「ふふふ、僕とリンカの逢瀬を阻む檻など、砕け散ってしまえばいいのです」


 蔦の壁を抜けながら聞いた最後の会話に、私は出てしまってから足を止めた。


(今のって、え?)


 振り返って目を瞬かせても、そこにはもう何もない石の壁だけしか見えなくて。

 首を傾げた私はそのまま暫くの間固まっていたのだった。


 記憶違いでなければ、リンカというのはさっきラリマーが言ってたリンカ王妃の名前で、ディルというのはもしかすると稀代の天才魔法使いとされたディルファウスト王のことではないだろうか。


 もし先ほどの声が事実だとするならば。


(っ、お、オーサー…っ)


 思わず涙目で幼馴染を呼びそうになった私の耳に、小さな足音が届いた。

 聞き覚えのある足運びに、私は顔を上げて、足音の方向に注意を向けた。

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