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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
一章 ルーツの旅
5/59

5#よくいる剣術士

 ミゼットまでは私やオーサーの足だと約半日の行程となる。近道を使えば二、三時間は短縮できるのだが、道を抜けて直ぐに私達は謎の黒装束に度々襲われていたため、昼頃に出たのに既に空は一日を終わらせる光を世界に投げかけている。


 ようやくミゼットの小さな門が見える場所まで来た私達は、ミゼット周辺を囲む広大な平原を見る。ここらはミゼットで別荘を所有する貴族が契約している麦農家だと聞く。


 収穫を控えた麦の穂を黄金色に輝かせる光景は、人に言葉を失わせる。有名な画家がこの風景を描きに来たりもするらしいが、結局は未完成のまま帰るそうだ。


 女神の遺産とも称される光景を目の前に、オーサーと二人で立ち止まり、私は小さく息をつく。


「いつ見ても綺麗ね」

「だね」

 風に揺れる草は流れを追うように波を作り、吹き付ける風には青草の良い香りが混じる。どこか懐かしくどこか悲しくなる光景だと、私は見るたびにいつも思う。


 初めてここへ来たときから、見たことのないはずなのに見覚えのある風景。そこにいつも重なる血生臭い光景。


 イネスの時とは別の戦いが――見たことのない光景がここに重なる。そこへ無意識に差し伸べてしまいそうになる両手を、私は拳を強く握って留める。


「オーサー、もしも、ね」

「もしもは無しだよ、アディ」

 囁くように呟いたら、オーサーに即座に止められてしまった。だけど、私はそのまま光景から目を離さずに続ける。


「もしもこのまま、逃げたらどうなるのかな」

 時々、何もかもを捨てて逃げてしまいたくなる。女神の眷属だと言われたわけではないし、自分でも否定し続けてきた。でも、あのイネスで「もしかしたら」と言われた日からずっと、心が休まる時はない。


 震える私の手にそっとオーサーの手が滑り込み、強く握って支えてくれる。


「逃げてもいいよ。僕はずっとそばにいるから」

 びくりと自分でも驚くほどに身体が震えたのがわかった。逃げても、いいのだと。いつもオーサーは私に言ってくれる。だけど、本当は逃げ続けてもどうにもならないと私はわかっているんだ。


 私は無言で首を振って返した。


 たとえ私が女神に関わるものだとしても、この幼なじみは隣で変わらずに支えてくれるだろう。口にしたように、たとえ私が世界の果てまで逃げても、共にいてくれるだろう。だけど、逃げて逃げて逃げ続けても、この世界で逃げ切れる場所は無い。


 オーサーと手を繋いだまま私はディを顧みる。最初に黒装束に襲われてからここに来るまでで、幾度か私とオーサーは彼に助けられた。背中の大剣を抜くまでも無く、彼は軽口を叩きながら、敵を退けてくれた。


 私と目が合うと、楽しそうに微笑む。真意は見えないが、悪い人ではないのだろう。いい人かどうかは分からないが、少なくとも今は敵じゃない。だから別にいても構わないとオーサーと話していたら、少し離れて歩いていたディは笑っていたようだ。


「今夜は町に入らないで野宿する」

 命を狙われているのはともかく、それで他の人間に怪我をさせるわけにいかない。そういうと、ディは賢明な判断だと如何にもな様子で肯き、にかりと歯を見せて笑った。


 日が暮れる前に私達は森の中へ少し戻り、三人が火を囲める程度の木々の間でキャンプの準備を終えることができた。夕食はオーサーがマリベルから預けられていたサンドイッチを三人で食べて、闇に落ちた森の中でただじっと焚火を囲んだ。


「刻龍ってのは犯罪のエリート集団だ。殺しから、誘拐、強盗、犯罪のプロ集団が揃ってる。もちろん、魔法使いや剣術使いもいるし、今の棟梁は魔法剣士らしいな」

 ディは軽い口調で、私たちを襲ってくる黒装束についての説明をしてくれる。彼の目は静かに私たち、というよりも私を見つめている。深い森と同じ色の瞳は直視するには深すぎて、私は見ないようにただじっと焚火の赤を見ていた。


「ディさんは、」

「ディでいい。堅っ苦しいのは慣れねぇ」

 オーサーが敬称をつけると苦笑しつつ、訂正し、先を促す。


「ディは魔法剣士?剣術士?」

「いや、ただの剣術士だ」

 これは二人にしてみれば意外な言葉だった。


 一般に剣術士とはその名の通り、剣を主たる武器として扱う者をさす。習い始めからある一定のレベルまでを「剣術見習い」とし、傭兵として一応の試験を通過できるものを「剣術士」と呼ぶ。


「俺の腕程度じゃたかがしれてるぜ。世の中にゃ、もっと強ぇのがごまんといるんだ」

 剣術士の中でも特に秀でた者を「剣術使い」と呼び、世界中でも多いときに十人いるかいないか程度しかいない。一応、剣術使いにも通例の試験はあるが、形ばかりのものだ。


 私もオーサーもディの腕前を目の当たりにしているだけに、それは冗談にしか聴こえない。


「刻龍以外にも?」

「……それはしらねぇがな」

 苦笑が返ってくる。


「オーサーは札士か?」

 言ってもいないのによくわかったものだ、とオーサーと目を丸くすれば、簡単なことだとディは種明かしをしてくれる。


「剣を使えば剣だこが出来ていたり、多少なりとがっしりとした手になる。だが、魔法を使うヤツは手に怪我が出来てもすぐに直せるからな、怪我がねぇ。魔法使いの作った札を使うやつは魔法使いより切り傷が多いんだ」

 魔法を使う者というのはそう多くは無い。昔――百年程度前であれば、今よりは五倍位の力と人数がいたらしい。今では神官以外で魔法を使うものというのは希少で、いくら旅をしているからといっても知っているのは珍しい。剣術士と同じく、魔法使いも魔法見習い、魔法士、魔法使いの三段階に分類される。


 そして、彼らが魔力を込めた札を使うことが出来るの者を「札士」と呼び、こちらは魔法を使うものよりは少し多い。これは札士と札使いの二段階のみで、二つの違いは自分で札を作って使えるかどうかの一点だけだ。


「で、おまえは?」

「おまえじゃない、アディだ」

 私がぐっと拳を突き出すことに納得する辺りも、見てきた世界が違うのだろうと推測できる。


「拳闘士か」

 大抵の者は武器(主に剣)を使ったり、魔法(これは素質が必要)を使った戦闘方法に特化する。だが、武器に対して無手で挑むを美徳とする者達を拳闘士と呼ぶ。私は少々特殊な理由があるものの、これを主とした戦闘を得意としている。


「まだまだ見習いだけどね」

 生まれ育った村で、私は自分より五歳ぐらいまで上の歳の者であれば勝てる程度だ。ミゼットではそれ以上の年齢の者も多くいたというのもあるが、私は勝気な性格で何度か無謀な勝負をしたし、その度にオーサーに助けられている。


「女でそこまで使えりゃ上等だろう」

 元々体術の基本として、誰もが一度は習うものだ。身一つで始められるというのも金のない身としてはありがたいので、王族・貴族以外ではこれを修める者が多いのも事実。


「そうかもしれない。だけど、外じゃ全然通用しないんじゃないかな。現にディがいなかったら、私もオーサーもとっくにあの黒い剣術士に殺されてたよ」

 そういう意味ではミゼットへ抜ける道を出て、すぐにディが来てくれたのは幸運だ。それが、ただの気紛れだとしても礼を云うに値するだろう。


 でも、どこかで不満に思っている私がその言葉を口にさせてくれない。じっと目の前の炎を見つめると、内側で揺れる黒い影がふらりと揺らめいた気がした。


「私はこのままじゃ駄目だと思う。このままじゃ、護りたいものを護れない」

 護りたい者は多くない。オーサーと、マリベルと、村長や村のみんな。それだけが今の私の大切な仲間で、むしろ私は彼らに守られてきたのだと自覚している。


 ずっと――村に来た日からずっと私は守られてきたから、いつか恩を返したいから。


「私は、少ししか世界を知らないけど」

 イネスで弱いものが虐げられるのは多く見てきた。だからこそ、私は強くなりたいと願い、村長やヨシュらに拳闘の手ほどきを受けた。


「何も出来ないかもしれないけど、この拳の届く範囲ぐらいは完璧に護りたい。そう考えるのはおかしい?」

「おかしかないが、」

 薪から一本を手にし、おもむろにディは森の中へ投げ込んだ。それは奥に届くことなく、落下地点から犬の悲鳴のようなものを私達に届ける。


「少し違うな。あんたが護りたいと思うように、他のやつだってあんたを護りたいかもしれない。そうなると、護られるのは迷惑だろうし、あんたが傷つくのは困る」

 オーサーが焚火に水をかけて消し、さりげなく私の近くへ移動したディが大剣を抜き放つ。私は正直、月の光を反射する刃なんて、過去の事件から冷たくて怖いものだと思っていた。だけどディの手の中の剣は、理由はわからないけれど、イネスの美術館で見かけた絵画の聖剣のように、女神の清い光を放っている気がする。


「あんたには生きててもらわなきゃ困るんだ、アデュラリア」

 小さな呟きを残し、ディは現れた狼の群れに惑い無く切り込んでいった。


 いくらここが少し開けた場所だとは云え、その剣の大きさではすぐに枝葉に引っかかるはずなのに、不思議とディの剣先は鈍らない。何度か見ていたとはいえ、やはりこの人は強いなと私は眉を顰めていた。


「……ディは、アディを知ってる……?」

 ディと出会ってから私は名乗っていないし、オーサーも愛称でしか呼んでいない。それなのに「アデュラリア」と呼ぶには、あらかじめ私のことを知っていなくてはならないはずだ。


「みたい、ね」

 残された私も即時に飛び掛ってきた狼に、左足で蹴りの一撃を食らわせる。隣でオーサーも右のポケットから少しよれたり黄ばんだりしている長方形の紙の束を取り出し、一枚を左手で握ったまま掲げる。


「――旋風――!」

 オーサーの言葉に呼応し、その手に握る紙が渦巻く風に姿を変えて、向かってきていた二匹を吹き飛ばした。それを横目に見ながら、口元に自然と笑みが浮かぶ。これは、余裕、なのだろうか。自分でもよくわからない。


「ま、強けりゃ今はそれでいいか」

 少なくとも考える余裕を与えてはくれないだろうなと、闇に光る狼の赤い瞳の数を見て、私は体勢を低く構えた。

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(2010/4/13)

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