49#よくある転移(ディ視点)
まだ、ディ視点。
静まり返った戦場に、ただ風の音だけが静かに流れてゆく。
「なあ、フィッシャー。
あんたがディルファウスト王なら、アディのいる場所に転移することぐらい簡単だよな?」
俺がそう問うと、フィッシャーは目を伏せて、口元を歪ませた。
何の考えもなく、この戦場のすべてを眠らせたとは思わない。
この男は仮にも賢者と呼ばれているのだ。
無能者を人々は賢者と呼ばないだろう。
だから、今この場はこのままにしておいても問題ないはずだからと、俺は戦場について考えることは後回しにした。
そんなことよりも、今はアデュラリアだ。
「私はただの転生者だ。
それに、女神ほど完璧な転生など、ヒトには無理だよ。
私に出来たことは、この記憶を継がせることぐらいだし、本人がディルファウストの知識を認めなければ、扱うことさえできない」
「フィッシャーだって、ディルファウストを認めるまではただの凡人でしかなかったし。
いくら魔法を構築しようと、糧となる魔力が不足していては発動もできない。
ああ、今は増幅用に魔石を大量の身につけているからできただけだよ。
コレ以上を行使するには、アデュラリアの命を使う魔法ぐらいになってしまうから、避けておきたいなぁ」
バサリとマントを広げてみせたフィッシャーは、確かに大量に魔石を身につけていたようだが、どれも灰色のただの石となってしまっているようだ。
「…もしかして、あのミゼットの屋敷に転移した時の魔法ってのは…」
「あれは最終確認のようなものだったんだけどね。
本来なら、使うのは彼女の魔力だけだったんだけど、どうにも足りなくて、うっかり命の魔力をーーっ」
「おい」
俺が低い声で咎めると、フィッシャーは笑顔で誤魔化すように笑った。
「怒るなよ。
こちらとしても、あれはただの手違いだったんだ。
大体、女神の力があそこまで衰えてるなんて、こちらとしても想定外ーー」
「そんなことはどうでもいい」
俺は言い訳を連ねるフィッシャーを遮り、低い声で問いただした。
「いますぐにランバートまで行くことはできるのか?」
「ランバート?」
俺の問いかけに、フィッシャーは眉根を寄せる。
「もしかして、アデュラリアは今、王都に…王城にいると?」
「そうだ」
俺が間髪いれずに答えると、溜息が返される。
「残念ながら、長距離転移魔方陣を使うには、私の全容量の魔力を使っても足りない。
もちろん、アデュラリアの命を使うわけにもいかない。
それから、大神殿とルクレシアの王城にはあらゆる魔力を跳ね返す力が働いているので、仮に一緒にいるオーサー君を目当てにしたとしても辿り着くことは出来ないだろうな」
可能性を一つ一つ潰していくフィッシャーに、俺は次第に苛立ちを覚える。
「じゃあどうやってアディのところへ行けばいいっ」
俺の様子を苦笑するフィッシャーは、肩をすくめて答えた。
「まあ、落ち着け。
騎士の誓いとやらで、少なくとも今彼女が無事であることぐらいはわかるだろう?」
確かにアデュラリアの命が潰えれば、女神の誓いといえども効力がなくなる。
だから、今は無事なのだとわかっていても、彼女の焦燥のようなものは未だに伝わってくるのだ。
彼女の感情がわかるというほどではない。
だが、危険であるのは確かなはずだ。
「じゃあ、どうすりゃいいってんだ!」
大体なんで女神の従者に魔法を跳ね除ける力なんてものが備わっているのか。
その辺を従者とした女神に問い正したいところだが、女神のいる場所とこの世界を使うには、大神官クラスの神力と鍵が必要だという話だ。
「ディの力に関しては、僕がサポートするです」
不意に耳元で小さな声が囁いた。
この聞き覚えのある幼い少年の声は、アディを慕う風の妖精ってやつだ。
「ファラ、だったか?
んなことできるのか?」
そちらの方向を見るが誰もいない。
が、次の声はフィッシャーの方から聞こえた。
「それから、フィッシャー様には閣下より伝言があります」
「閣下?」
目を瞬くフィッシャーの前で、ファラが両手を前に出し、頭を下げる。
すると、彼の前に薄い膜のような人の頭が現れた。
それは、カラカラと笑いながら告げる。
「目ぇ醒めてんなら、はようこい。
気分次第で契約してやらんこともないで」
それだけ告げると、それはあっという間に掻き消えて。
残ったフィッシャーは両眉を下げ、口を曲げて応える。
「…アイツの狙いは女神だろ。
それに、今の俺の魔力じゃ足しにもならんだろって伝えとけ」
「イヤです」
きっぱりとフィッシャーの伝言を断ったファラは、俺の隣にふわりと飛んできて、ちゃっかりと肩に座る。
「ダイダイさんを待ってもいいですけど、遅いです。
早くしてください」
心なしか高圧的なファラに俺は首を傾げる。
「おい、ファラ」
「早くするです、魔法使いディル。
また(・・)、女神を失いたいのですか」
ファラの鋭い言葉に動揺したのは、フィッシャーだけではなかった。
俺はファラの肩をつかもうとして手を伸ばしたが、それは空気を掴んであっさりと通り抜けた。
呆れた視線が、ファラから俺に向けられる。
だが、俺にはそれどころではない。
「おまえ、アイツの目的を知っているのかっ?」
「そりゃあ知ってます。
そのためにニンゲンがアディを探しているから、僕が隠していたのに!」
それなのに、勝手にあの神殿に行くことをアディが決めてしまったんだと、口をとがらせる。
「そこの魔法使いも知っているですよ。
あの王家の罪を知っているから、継承権を放棄しーー」
ファラが話している途中で、急にフィッシャーの空気が変わった。
明らかに黒い方向に。
「王家の、か。
あの馬鹿共、まだ続けてやがるのか?」
誰に問いかけるでもなくから笑いをし始めたフィッシャーに、一瞬後退りかけた俺だが、その前に俺たちを囲むように地面に魔法陣が浮かび上がり、発光を始めた。
魔法を唱えている様子は一切なかったというのに、何が起こったというのだろうか。
光は徐々に強さを増してゆくが、寸前でフィッシャーは何かに気づいた様子で、リュドラントの方角へと右手をかざした。
「そうそう、このまま攻めこまれても困るし、リュドラントの軍は首都に帰って眠っていてもらうか」
続いて短い言葉を放つだけで、リュドラントの甲冑を身につけた者達は戦場から掻き消えた。
どれもこれもさっきから規格外の魔法ばかりを展開しているようだが、魔力は大丈夫なのだろうか。
そんな僅かな心配をしている間に、俺達を囲んでいた光がはじけ飛ぶように消えて収まり、周囲の景色は一変した。
「お、来たな、坊主!」
高い木々に囲まれた森の中の少し開けた場所で、俺達は立っていて。
俺の目の前には、見憶えのある癖のある人物が一様に揃っていて、思わず眉間に何本も皺が寄ってしまった。
「だれが坊主だ」
「はははっ、テメェがどんだけでかくなろうがえらくなろうが強くなろうが、わしらにとっちゃ坊主だっつったろうが。
諦めろ!」
俺にそう言って笑ったのは、村長でありながら、元は近衛騎士団の団長であったウォルフという男だ。
そして、隣で穏やかに目を細めて笑っている女性は、元女神眷属の候補とされ、神殿に仕えていた巫女のマリベル様。
「せっかく騎士の誓いまでしたのだから、最後まであの子を守り通しなさい、ディ・ビアス」
その穏やかな顔と声とは正反対に、非常に空気が刺々しい。
ああ、わかっていたけど、そういえば最初から俺はこの人にアディを守れと呼ばれて来たんだった。
それを今更ながらに思い出す。
「もちろんです、マリベル様」
俺がそう告げると、彼女は少しだけ空気を和らげ、微笑んだ。
>> 追記
ハロウィン書いたので、その後の更新にしました。
あっちもこっちもディルばっかり。
(2013/10/31)