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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
三章 女神の系統
46/59

46#よくある一言

「とはいえ、ここからは我々の仕事ですから、アデュラリアは休んでいてください」


 このまま話し合いが始まるのかと思いきや、フィッシャーは笑顔とともに言った。

 そのまま帰り支度を始めてしまう彼らを、私は困惑のままに見つめてしまう。


 確かに、私にはできることなどないし、戦の作戦など立てられるわけもない。

 だけど、仮にも今世の女神である自分が何もしなくていいのだろうか。


 私の言いたいことを察知したフィッシャーが、目尻を下げて、ゆるく笑む。

 まるで、聞き分けのない小さな子供を見るような目で。


「アデュラリア、戦は貴女が思うほど綺麗でも輝かしくもないものなのです。

 できれば、経験などさせたくはない。

 もし彼女の記憶があったとしても、貴女達はあまりにーー」


 何かを言いかけたフィッシャーは不自然に言葉を切り、小さく咳払いをした。


「もちろん、何もさせないわけではありません。

 女神の末裔であると宣言した以上、それに見合う働きをしていただきますよ。

 当然、その従者であるディにも、相応の働きを期待します」


 だから、と言いながら、フィッシャーは私の頭を軽く叩いて撫でた。


「今は英気を養っていてください」


 離れていく手元を見ていると、すぐにその姿は戸口の向こうへ消えていった。


 不思議と安心が広がるのは、何故なのだろうか。

 フィッシャーに任せておけば、きっと大丈夫だと、私の中の何かが言っている。

 そんなによく知っている間柄でもなければ、幼女趣味の変態賢者でしかないはずなのに。

 …それでも、世界でも五本の指に入る魔法使いであるということだからなのだろうか。


「いい忘れてましたが」


 不意に戻ってきたフィッシャーが戸口から顔だけをのぞかせて、悪戯する子供みたいに笑う。


「今は非常時だから共にいてもいいですが、私の未来の妻に手を出さないでくださいよ、ディ」


 しっかりと余計な釘を差しに戻ってきたフィッシャーが、最後まで言い終わる前に、私はその辺りにあった椅子を持ち上げ、彼に向かって投げつけた。


 寸前に彼の姿は見えなくなったが、閉められた出入口のカーテンではなく、すぐそばの壁に当たって、大きな音を立て、椅子は床に転がった。


 私が無念に震えていると、ディが堪えきれない様子で笑い出す。


「はははははっ」

「ディ、なんで笑って、」


 腹を抱えて笑っているディは、目尻に涙まで浮かべている。


「だって、おまえ、さっきまでアレ思い出して震えてた奴が、椅子掴んで投げるって」

「あれはフィッシャーが馬鹿なこというからっ」


 私が怒りながら近づいていくとディは一時笑うのをやめ、優しい顔で私の頭に手を置き、自分の胸に引き寄せた。

 あまりにも予想できない行動だったため、私は完全にバランスを失い、倒れ込んでしまう。

 それをディが両腕でしっかりと抱きしめてしまうと、腕にすっぽりと収まる私は身動きが取れない。

 戸惑う私の頭上から優しい声が降ってくる。


「アディ」


 だが、直ぐにディは噴出してしまい、結局言葉にならない。

 そのまま五分以上も経ってから、改めてディはそれを口にした。


「俺が絶対に守ってやるから、無茶するんじゃねぇぜ」


 体勢的に顔は合わせられないままなので、ディがどんな表情でそれを口にしているのか、私にはわからない。

 だけど、触れる箇所から伝わってくるどこかくすぐったい雰囲気に、ついつい私の口元は緩んでしまう。


「騎士だから?」

「それもある」

「ああ、マリ母さんたちと契約してたっけ」

「…それもあったな」


 完全に忘れていたらしいディが自然と腕の力を抜いてくれたので、私はただ顎を上げた。

 そのままディの顔を覗き込もうとしたら、またもディの胸に頭を押し付けられてしまう。

 さっきよりも強引だったので、今度はちょっと痛かった。



「まあ、なんだ、その辺は気にするな」

「う、うん」


 私が文句を言わなかったのは、かすかに見えたディの顔が、なんだか蜂蜜でも食べたみたいに蕩けそうに甘かった気がするからだ。

 それに、後頭部を上から下に撫でる手が以前と違う気もする。

 これらは全部、気のせい、なのだろうか。


 何度も何度も私の頭を撫でていた手が、唐突に止む。


「頼むから」


 切ない声で、抱きしめる腕にかすかに力を込めて、ディが私に願う。


「俺に二度も大切な…主人を失わせないでくれ」


 私よりも何倍も大きなディが震えている気がして、どうにかそれを止めてあげたくて、私も両腕を回しても届かない大きな背中を抱きしめる。


「ーー……」


 かける言葉は見つからなくて、舌に乗りかけた言葉を飲み込む。

 嘘はつきたくないから、だからひとつだけを口にする。

 今、明確に口にできるのは、私が女神の末裔でディが女神の従者だという事実だけだ。


「頼りにしてるよ、ディ・ビアス。

 ーー私の騎士(ナイト)


 ディの身体はまだかすかに震え、なにかに耐えていて、私は彼がかつての主人を思い出して、また泣くのを堪えているのだと思った。

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