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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
一章 ルーツの旅
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4#よくある襲撃

 旅に出るからと言って、いつも通っている道がいつもと違って見えるなんてことは全くなく。私とオーサーが村から出て直ぐの森の中は、普段とさして変わらない薄暗い木漏れ日の下にある。道らしい道があるわけではないので、ほとんど獣道のような場所を目印を目当てに進むのが普通だが、二人とも歩きなれているだけに目印を見もせずに、小枝を踏み折りながら進む。


 程なくして、行き止まりのように塞がれた藪があったが、躊躇せずに二人ともが通り抜けると急に視界が開けた。目の前には人の手で舗装された道があり、どちらも近くの町へと続いている。舗装されているといっても地面はむき出しの土で、ところどころに取り除かれないままの石が埋まっていることが、少し見ただけでもわかる。そうして道に沿うように木々が避けているため、光が道を照らし、舗装されていると感じるのだ。


「っ」

 思い出したように頭痛が再発し、私は立ち止まって、両目を閉じて米神を押さえる。


「大丈夫、アディ?」

 心配そうにオーサーに問われたが、その声さえも頭痛を増幅させるようで、私はそのまま左手の道へと足を踏み出した。真っ直ぐ進んでもいいが、あちらは少しだけ遠回りになると知っているからだ。その分、こちらは多少道が細くなったり、薄暗い場所もあったりするが。


 足を進める私を気遣うようにオーサーは足音を静かにしてついてくる。


「そんなに辛いなら、出発を延期したら?」

 だが、その声も頭の中で反響し、ぐらぐらと脳を揺さぶられる気持ち悪さを起こす。せっかくマリベルが酔い覚ましを飲ませてくれたのに、全然効いていないみたいだ。


「う、耳元で怒鳴らないで……っ」

「怒鳴ってないよ」

 オーサーの返答がなんなのか分からないが、呆れていることだけは確かだろう。空気がそう告げているのだ。だが、あの送別会の状況で私に断れるわけが無い。止めなかったオーサーにだって、責はあるはずだと心の中で八つ当たりしつつ、私は足を進める。


 近くの町の名はミゼットといい、主に宿場町として栄えている場所だ。私たちの住むルクレシア公国の外れに位置し、直ぐ北西にはヨンフェンという関所がある。反対の東南東の道へ行けば、ルクレシア最大の都市イネスがあり、その更に南東の小砂漠を越えると大神殿を有する首都ランバートだ。ミゼットからは馬を三頭も乗り継げば約一週間で着くらしいが、そこまでの金などないし、徒歩でも大人で一ヶ月程度で着くらしい。イネスの滞在を考慮しなければいけないのはあまり気乗りしないが、途中で金を稼ぐことが出来ればいいかもしれないし、私は最初から徒歩で行くつもりだ。


 ともかくミゼットに行かなければ、大した旅支度も整わない。進まなければ始まらないのだ。


「アディ、」

 気遣うって私の名前を呼ぶオーサーの声が耳に届くと同時に、二人の間を切り裂く風の音が通り抜ける。次には、目の前に薄汚れた灰白色の大きな布が視界いっぱいに広がっていた。


 鈍い金属の音が深く脳髄に響いて、私はまた硬く両目を閉じて、頭を両手で押さえる。その音はただ一回で終わることはなく、火花でも散っているんじゃないかという勢いでガツガツとぶつかり合い、その都度目を開こうとした私にダメージを与え続ける。


 痛みで視界を滲ませながら、とにかく状況を把握するために私は音のほうへ目を向けた。攻めているのは黒装束に身を包んだ金に赤が混じる瞳の青年で、歳はたぶん若いだろうということぐらいしかわからないが、見ただけで痩身というのはわかる。両手に鈍色の湾曲した刃物――青龍刀のようなものをもっている。


 こちらに背を向けた灰白色のマントをまとった男は、身に着けている白っぽい肩当のせいか、かなり大柄に見える。ウォルフとヨシュの中間ぐらいの体格かもしれない。歳はヨシュよりは少し若いだろうか。あの神官よりは年上に見えて、大体三十前後に見える。


 後ろからは、傷だらけだが少し日焼けた白い肌と暗緑色の短い髪なのがわかるだけで、表情までは見えないが何故か楽しそうにしている気がする。手にしているのは両手で扱う大剣だろうか。


 白マントの男が黒装束から私たちを守ってくれている、というのはわかる。だが如何せん、私は二日酔いで頭が痛い。


「ガンガンガンガン煩いのよーっ!」

 私はとりあえず地面の土を掴めるだけ削り取ると、そのまま黒装束目掛けて投げつけた。砂ではないが多少の攻撃となったのか、驚いた二人の男が止まり、私を見る。私はとにかく音の発信源から離れたくて、オーサーの手を強く掴んで、早足で歩き出す。


「さっさと行くわよ」

「ちょ……いいの?」

 戸惑うオーサーを引きずり、大体二十歩程度離れた場所で足を止めて、蹲る。地面が揺れている気がするのは、絶対のさっきの金属音のせいだ。


「アディ、大丈夫?」

「大丈夫なわけないじゃないっ。なんなの、あれっ」

「僕に聞かれても」

「聞いてるんじゃないよ。文句を言ってるのっ」

「……僕に言われても」

 オーサーに当たったところで、頭痛が収まるわけも無く。理不尽な怒りを口に出さずに八つ当たりしていると知らないオーサーは、何か思いついたように自分の荷物を漁りだす。それから、少しも経たないうちに地面を軽く踏みしめる音がして、私たちに大きな影がかかった。


 見上げるほどの体格というのは、こういうことを言うのかと過ぎったが、よく考えたら私は座っているからだ。それにそんなものはウォルフで見慣れている。


「あんたら、護衛雇う気はねぇか?」

 目の前に来た男は、開口一番にこう言った。私はとにかく頭が痛いので、半分八つ当たり気味に怒鳴り返す。


「煩いわよ。頭に響くんだからっつってんでしょうが!」

 半眼で涙を浮かべたまま睨みつけても威力は無いらしく、男は眩しいぐらいに明るい笑顔を浮かべている。


 目の前にしてみると分かるのが、さっきまでは見えなかった小さめの陽に透けた緑の葉の色をした明るい瞳だ。その瞳に多分のからかいが含まれていると気が付いたのは、ヨシュと同じように見えたからだ。


 彼はディと名乗り、自分のことをフリーの傭兵だと言った。


「変なじーさんに言われて暇つぶしにきたが、まさか刻龍なんぞに襲われるガキがうろついてるとはな」

 あれからずっと付いてくる男は、ベラベラと引っ切りなしに喋っている。自己紹介も頼んでもいないのに、勝手にそうして喋ったのだ。


「刻龍?」

「知らねェか? 世界最強にして最悪の犯罪組織――」

「相手にするんじゃない、オーサー」

 オーサーが持たされていた二日酔いの薬で、ようやく頭痛から開放された私だったが、不機嫌に幼なじみへと注意を促す。


「あんたも付いてこないで」

「そういうなよ、アディちゃん」

 言われる度に自分でも顔が火照っている気がして、私は少しだけ歩く足を速める。オーサーは着かず離れずといった具合で、一定の距離を保ってついてきているから、気が付いているかもしれない。


 村で、というよりマリベルによって、人に愛されることにも可愛がられることにも慣れたし、こういう褒め言葉なんて慣れていると私は自分で思っていた。だけど、初対面の相手に言われて、こんなに落ち着かない気分になるとは思っても見なかった。これじゃ、全然慣れたなんていえない。


「言っておくけど、認めたわけじゃないよ?」

 得体のしれなさは変わらない。だけど、何故だろうか。ディからは無条件に向けられる信頼だけが、私には伝わってくる。ヨシュとどことなく似ている雰囲気のせいかもしれないな、と私はひっそりと笑みを零していた。

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