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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
三章 女神の系統
32/59

32#よくある食事

えっと、説明が多いです。読み辛いかも。





 涙を拭いた後で、私は心配そうなイェフダ様を促し、昼食の席へと戻った。さほど離れていないとはいえ、この人と二人でいるだけだと沈黙が重い。話題もないし、まだフィッシャーと二人のほうがマシだと思えてくるから不思議だ。ちなみに、現在はあまりディとは二人きりになりたくもないから、迎えに来られる前に早々の戻るに限る。


 投げ捨てた椅子を手に戻った私は、椅子をイェフダの隣に置き、反対の隣にラリマーを呼んだ。イェフダの隣にはフィッシャーで、その隣にディが座り、ラリマーとディの間にハーキマーさんが座る。ディは濡れた布巾で私が腕を強かにぶつけた辺りの顔を抑えていて、ハーキマーさんはそれをからかう目線で見ている。


 至近距離だったし痛かっただろうかと、私が口には出さずに心配の目線を送ると、ディは大丈夫だとでも言うように手を振り、布をテーブルに戻した。ーー痕の残っていない様子に、私も軽く息を吐く。


「それじゃあ食事にしようか。特にディとお嬢さんはちゃんと食べるように」

 私が椅子を取りに行ってから暫く経つというのに、テーブルで未だにグツグツと煮えたぎっている鍋を見た私は、自然と眉が寄っていた。そういえばとさっきのディの話を思い出す。


「これ、薬草入って……ます?」

 私の問いに対し、当然だとハーキマーさんは胸を張った。張るほどに胸があるのは羨ましいが、料理の腕がいいかというのは別問題だ。これ、食べても大丈夫なのだろうか。


「お嬢さんの栄養もしっかり考慮してあるんだから、好き嫌いせずにちゃんと食べなさい」

「ぅ……っ」

 好き嫌いというレベルで計れるものではないが、私やディが言ったのでは説得力がない。


 ハーキマーさんの手で楽しげに装われた木の椀からは、何故か果物の甘い香りがする。それこそが怪しいことこの上ない。が、自分のためといわれては、食べる以外の選択肢はないだろう。決心を固めるべく、私はじっとその碗を見つめた。


「私はこちらのサンドイッチで充分です」

「あ、私もこちらで」

 フィッシャーとイェフダ様は苦笑しつつ、逃れるようにサンドイッチを手にする。それはずるいと思ったが、鍋もサンドイッチもハーキマーさんが用意してくれたものだ。挟んであるのはハムや卵、それに数枚の葉のようだが、匂いで判別できないそれはそれで危険な気もする。


 見た目危険な鍋と、一件危険に見えないサンドイッチ。どちらを選んでも苦い結末しか思い浮かばない私は、思わず眉を下げていた。


「ディ」


 しかし、私と同じく目の前に鍋から装われた碗を置かれたディは、嫌そうにそれをハーキマーさんの前においやった。


「こら、ちゃんと食べないと流石のおまえももたないぞ」

「俺はいらん」

「そんなことを言って。また主人においていかれても知らないよ」

 ハーキマーさんの警告に、ディと私は同時にビクリと反応してしまった。だって、私はさっき似たようなことをディに言ったばかりだ。


「嫌ならちゃんと食べろ」

 だが、さっき彼女は「また」と言わなかっただろうか。それはつまり、以前に彼は騎士の誓いを立てた主人を持っていたことになる。騎士の誓いは一度行えば、相手が死ぬまで続くものと聞いている。だが、ディが自分にその誓いを行ったということは。


「食うから、おまえ少しだまってろ、ダイヤ」

 嫌々承諾したディはその直後、わき腹を押さえて椅子の上で俯いていた。ハーキマーさんが名前を呼ばれるのを嫌がっているのは知っていたが、ディが一瞬でも俯くほどの攻撃力を持っているのに私は驚いた。何かコツでもあるのだろうか。


「この馬鹿は放っておいて、あんたたちに聞きたいことがある。……食べてからの方が良いか?」

 自問自答するように後半の言葉を小さく呟くハーキマーさんは、ディと私を見て、首をかしげた。大人の女性だけれど、不思議とその動作が似合う。


「時間がないのでしたら、食べながらでもいいのではありませんか?」

 イェフダ様がおっとりと言うと、ハーキマーさんは何かを考えるように一度目を伏せた。


「……食事を済ませてしまってからのほうがいいか。特に、お嬢さんは」

「え?」

 ハーキマーさんの瞳が私を捉え、意味がわからずに私も首を傾げた。


「血腥い話を聞きながらでは、どんな食事も不味くなるだろう?」

 彼女の言葉を反芻したものの、私たちは同時にテーブルの上、つまり鍋に目線を置いていた。血腥い話で有るにしても、それがなくてもこの料理は美味しいのだろうか。多分に残る疑問に私がディへ視線を向けると、ディは嫌そうにため息を付いた。


「……オマエの料理がこれ以上不味くなることはねぇだろうが、食べてからにしたほうがいいみたいだな」

 そう言って、ディは椀を手に持ち、呼吸を整えてから一気に喉へ流し込んだ。発言に不満はあるようだが、ハーキマーさんとしては食べたことの方に意味があるらしく、口端をわずかに歪めて笑ってから、私をじっと見つめた。


(私も食べろ、と)

 ディのようには出来ないが、私は傍に置かれていた木製のスプーンを手に、しばし椀を見つめる。うん、まだグツグツいってるんだけど、これどうやって作ったの。しかも、湯気が出てないのに煮え立ってるってのは、熱いの冷たいの。色は茶色っぽいんだけど、味の予想もつかないんだけどーー。


 先に食べたディはどうしているだろうと顔を上げると、目を瞬かせて不思議そうな顔をしている男が一人。


「……おぉ、食えるもんになってる……」

「食べられないものを出すわけなかろうが」

 即座にハーキマーさんの平手がディの後頭部を打ち付けたが、微塵も揺らぐ様子はない。どころか、血色も良くなっている。身体にいい薬草入りというのは本当らしい。それに、食べられる、と。


 恐る恐る口に淹れた私は、次にはなんとも言えない顔をしていたに違いない。


「アデュラリア、どうしました?」

 不思議そうに聞いてきたフィッシャーにぎこちない視線を向けた私は、次には目を伏せ、首を振った。うん、味とか二の次だよね。腹に入れば皆同じだし。


 もくもくと椀の中身を口に運び、とりあえず流し込んでいく作業をする。そう、これは食事と言うよりも回復のための作業なのだ。そうに違いない。


 味は不味くはないが美味いわけでもない。味がないわけでもないが、なんと表現したらいいのかわからない。だが、食べれば回復はしそうだし、腹が減っている気分ではないが、何かを身体が欲しているのはわかる。だから、私は無心でそれを食べきった。


「……ごちそうさまでした」

 空になった椀にスプーンを置いた私は、どうしてもハーキマーさんを見ることは出来なかった。感想なんて言えるわけがない。お世辞でもこれを美味しいとは言えない。不味いとも、言えない。私の様子に何かを察したのは、誰も食事の感想を訊いてくることがなかったのは救いだった。ハーキマーさん自身も期待してないっとことは、これ、もしかしてわざと不味くしてるんじゃないだろうか。一瞬でもそう思って顔を上げた私は、期待するようなハーキマーさんの視線にぶつかり、慌てて目線を逸らしたのだった。


 さて、私が食べ終えたのを確認した所で、改めてハーキマーさんが私達を厳しい表情で見回した。つまり、眉間に皺を寄せ、座った目で睨まれた。美人が睨むと怖い。


 特に強く睨まれていたのはフィッシャーのようだが、彼は薄笑いさえ浮かべて、それを躱している様子だ。これが貴族お得意のスルースキルというやつなのだろうか。


「そこの賢者は既に知っているかもしれない。だが、だからこそ、貴様に訊ねたいことがある。リュドラント王妃アークライト様が先日刻龍の襲撃を受けてお隠れになられた。これは、貴様たちに関わりのあることか?」

 フィッシャーはぴくりとも表情を動かさないが、イェフダ様が不自然に表情を硬くしたことは、明らかに関係があると言っているのと同じだ。ただ、私はその方のことはよく知らない。どころか雲の上過ぎて、見たこともない人だ。


「アークライト様は、八年前に我が国と隣国リュドラントの平和協定のために、自らリュドラント王に嫁がれた方です」

 私が状況も何もわからないと思ったラリマーが、隣で補足してくれるのは有難いが、それでもわからないことは多い。


「リュドラントでアークライト様はこの国に対する敵愾心を失くすために尽力されておられた。またリュドラント王も聡明な王妃がいる限りはこちらに手を出さないと厳命してくださっていた」

「だが、今年で御歳二歳となられる王子もアークライト様と共に殺され……お二人の血を使って、壁に文字が刻まれていたそうだ。ーー呪女神、と」

 淡々とハーキマーさんは話していたが、その場面をリアルに想像してしまって、私は息を呑んで口元を抑えていた。


 あまり詳しく思い出したくはないが、かつての自分の過去とかぶるのだ。路地裏で、切り刻まれる仲間たち、そして迫り来る黒い影のような者達。狙いは間違いなく自分で、力もなく頼れる人もいなくて、脅しではなく本気で殺されることろだった。あの時、イネスの警備隊が間に合わなければきっと間違いなく自分は終わっていただろう。


 数日間放心している状態で事情聴取を受けたが、満足な受け答えをすることも出来ず、開放されて戻った路地裏で、私は同じような血文字を見た気がする。


 でも、あの時の記憶はひどく曖昧で朧気だ。同じかどうかなど私にはわからない。


「女神信仰は年々薄れてきてはいる。だが、刻龍が女神を敵視していることも、この国に潜伏していることも周知の事実だ。王家は女神の眷属の血筋であり、アークライトは、女神に一番近い者と言われていた。女神に連なるものとはいえ、一国の王妃と王子が他国の犯罪者によって殺されたのだ。これを機にリュドラントがこの国へ攻め入ってくる可能性は高い」

 ハーキマーさんが強く奥歯を噛み締める音が、私には聞こえた気がした。


「もしもお前たちに関わりがあることなら、即刻これから始まる戦争を食い止めなさい。敵も味方も誰一人死なせちゃいけない。でなければ、アークライトが嫁いだ意味がなくなるんだ」

 彼女の握った拳は白く、爪が食い込んでいるかもしれない。それぐらい、ハーキマーさんは怒りに打ち震えているようだった。


 もしも、女神が原因だとすれば、それは私のせいということだろうか。もしも、あの時殺されていれば、アークライト王妃もその王子も殺されることはなかったのだろうか。


「ハーキマー殿は、アークライト様と繋がりがあったのですか?」

 怪訝そうにイェフダ様が尋ねると、彼女は気持ちを落ち着けるためか深く息を吐きだし、目線をテーブルに落としていた。


「アークライト様は魔法耐性がひどく弱かったし、病にかかると薬草でしか治療できないだろう。丈夫ではあられたが、少し体調を崩されたことがあってね。それで一度こちらにお越しになられた。その時に話を少しして、ーーこんな一介の薬屋を」

 ハーキマーさんは一瞬だけ少女のような顔で微笑んで。それは今まで見ていた彼女の大人の余裕を持った妖艶な笑みとは違っていて、私も男性陣も皆あっけにとられるほどの破壊力を持っている。


(美人って、すごい……)

 一体王妃様と何があったのかはわからないが、懇意であるのは間違いないだろう。その人がもしかしたら私のせいで殺されたかもしれないというのだ。私は膝に置いていた拳を思わず強く握りこんでいた。


 もともと私は女神の眷属「かもしれない」というだけで、幼少時から狙われていることがわかっていた。女神に連なるものを手にすることは、世界を手にする。その伝承がすべての元凶であることも知っていた。だけど、旅に出るまでこんなふうに命を狙われるなんてことまでは考えてなかったし、まして女神に関わるもの全てを殺そうとする者達がいるなんて思いもしなかった。


 女神の、そしてその眷属の生命を狙う組織ーー刻龍。その頭領たるフィッシャーを、私が疑念の目で睨みつけると、それに気づいた彼は何故か困ったように微笑んで返してきた。それで思い出したのだが、フィッシャーは私を殺そうとは思っていない。むしろ、取り込もうとする側だ。そして、今は刻龍も分裂状態で、フィッシャーに従わない派閥が出来ているのだと言っていた。そう、メルト=レリックのような人を使って、私を殺そうとするような。


 ……彼はまだ私を狙っているのだろうか。


「私はーー眷属じゃありません。それでも、できることがあるんですか?」

 ハーキマーさんにはオーサーを救ってもらった恩もある。だから、力になれることがあるのならというつもりで言葉を口にした私を、ディが射るように睨みつけてくる。


 言うな、と物語るディの視線を意識しないようにして、私はまっすぐにハーキマーさんを見つめる。ハーキマーさんは私を見て、わずかに微笑んだ。


「お嬢さん、私はそこの三人に言っているのであって、君には何の責もないことだ。どころかお嬢さんは精神を肉体から切り取られるなんてことをされたのだから、今はまだ安静にしているべきなんだよ。ああ、食事も終わったことだし、少しベッドで横になっているといい」

 部外者は黙っていろと言われた気がしたのは、私の気のせいではないだろう。それは、私がまだ幼いということにも起因するのだと頭ではわかる。でも、女神に関わることならば、私は無関係ではいられない。そうして、拒絶した所で後悔しか残らないのだということを、私は知っている。


「ハーキマーさんは私が孤児で、系統(ルーツ)不明だということを聞いていますよね」

「ああ」

「私のような者にはすべて女神ないし女神の眷属という疑いがあるということも、私ぐらい年齢で生き残っている孤児がいないことも、知っていますよね?」

 そこまで言った所で感づいた様子のディが立ち上がった。


「アディ!」

「ああ、知っている。だが、それと今は関係ないだろう?」

 だけど、すかさずディを抑えこんだのはすごい。その目が少し楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「何もせずにここまで生き残れるほど、世界は優しくありませんよ」

 周囲がはっと息を呑んだのは、私がうっすらと笑みを浮かべたからだろう。


「私が、オーサーの母であるマリベル=バルベーリに見つけてもらったのは、八歳の時でした。助けてもらってからは大人たちに拳闘士として鍛えてもらいましたが、それ以前は何の力も持たない唯の孤児でしかなかった。だけど、私たちは自ら考え、自ら戦って生き残っていたんです」

 目を閉じて、当時を思い出すのは苦ではない。よく夢に見るからだ。

あらすじがあまりにぶっ飛んでいるので追加修正してたら、長くなりすぎた…orz

(2013/03/13)

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