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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
二章 身代わり(オーサー視点)
29/59

29#よくある指輪

オーサー視点です。

 部屋に入り込む陽射しは既に長い影を作り、開け放たれた大きな窓から訪れる姿なき賓客は、三人の肌に夜の気配を伝えてくる。


「さて、まずはお姫様の安否が先かしら?」

 橙色に彩られたナルは、動かさなければ女神の彫刻にも劣らない口で告げる。


「そうだな。フィスたちは今、マースターにいるらしいから、おそらく共にいるだろう」

「フィスの怪しい魔法で精神を切り離されちゃってるんだっけ?」

 ここに着いてから僕が伝えた内容をナルが確認すると、シャットヤンシー様は小さく笑った。


「確かにあいつのは怪しいけど、まあ死ぬことだけはないから大丈夫だろ。今頃は目を覚ましているんじゃないかな」

「そりゃそうだけど、フィス、たまにポカやらかすわよね。心配だわ~」

「イフがいるから大丈夫だろうよ」

 灯籠の芯にナルは白くて細い指を近づけた。小指にはめられた指輪に光る直径一ミリもない赤い宝石が触れると、小さな音を立てて灯籠に火が点される。そんなことをできるからには、それは数少ない精霊の宿る火石なのだろう。風石とは違い、本当にごく限られたものにしか手にできない、女神の遺産のひとつだ。


 不安定な蝋の灯かりが夕色に染まる部屋に溶ける。


「ん~、それでも心配だし、フィスにもお姫様にも会いたいし。アタシ、行って来ようかしら~」

 ゆらり、ナルの影の前、シャットヤンシー様の影が揺らぐ。


「ダメだ、ナルはここを動くな」

 きっぱりとシャットヤンシー様は言い切る。


「女神の代わりは必要になる。だから、僕らはここで待機しているしかない」

 不満そうなナルの前、シャットヤンシー様は夕闇に落ちる世界を窓から見上げた。その表情から僕もナルも何も見出せなかったが、静かに彼は命じる。


「ナルサースク、おまえの技でフィッシャー、イェフダの両名にこれを届けろ。ここからでは間に合わない。今回は二人に処置を任せる」

 シャットヤンシー様は右手の中指にはめた指輪をひとつ、引き抜いた。指輪には表面を平らに削られた、爪先ほどの大きさの鉱石が嵌められ、よく見れば何かが彫ってある。石はこの世でもっとも高価で硬いラルク石だろう。朱い火に照らされながらも、キラキラと虹色の光を放っている。


「それ、なんですか?」

 僕の問いかけに、シャットヤンシー様は苦笑しつつ答えて下さった。


 この指輪は王族の権限委任の印のひとつであり、これを持つ者は指輪の持ち主である人物の代理人として、全ての権利を行使できる。加工方法は数あれど、どんな小さな光も乱反射させるラルク石に細工し、そこからも更に別な絵柄を作り出す特殊な加工の施されたそれと同じものを作れるほどの細工師はいないという。


「ホイホイ貸すと有難味が減るわよ、シャトー」

 狭い国内とはいえ、リュドラントとの国境の街ヨンフェンまでの移動を考えれば、近くにいる者に任せたほうが早いし、確実だというのは僕にも理解できた。状況を考えれば、全件委任という判断は間違っていないとナルもわかってはいるようだ。


「フィスとイフなら悪用しないだろ。あの二人は貴族でありながら、権力にまったく興味を持たない変人だからな」

 だから、イネスに封じたんだと胸を張るシャットヤンシー様に、ナルは苦笑交じりの息を吐き出す。


「でも女神が関わるとなれば別じゃない?」

「そうなったらそれでいいさ。あの二人でもどちらか片方でも、民を害することはないし、女神を蔑ろにすることもない。僕も好きに放浪できるしね」

 だから大丈夫だ、と心底愉しそうに、シャットヤンシー様は笑った。


「今必要なのは、迅速な終結だ。そうだろう、ナルサースク」

 シャットヤンシー様の前に優雅に膝をついたナルが、捧げ持つように指輪を受け取る。


「皇太子殿下の仰せのままに」

 立ち上がったナルが、ゆっくりと中庭へと歩き始める。シャットヤンシー様が手招きし、僕もそれに続いた。


 中庭の中央に立つナルの全身に、落ちたばかりの日の最後の光が落ちる。ナルの銀髪は鮮やかな朱色を吸い込み、その瞳に朱い光を灯す。白い神官服も滑らかな白皙の肌もすべて緋色に染まり、その姿は「夕闇の女神」と題してもおかしくないほどに絵になる。


 シャン、とナルの足元で鈴の音がなった。それがナルの足に嵌められたアンクルの宝石の一つに光を灯す。青白く冷たい光に見えるそれが、一瞬強く発光し、僕は思わず目を閉じてしまった。


「オーサー、目を閉じてしまうなんてもったいないよ」

 謳うようなシャットヤンシー様の声音に誘われ、僕が目を覚ますと、そこには見たこともない銀の尾長と銀の鶏冠をもつ、全身が銀の羽毛に覆われた鳥が一羽、ナルの腕に留まっていた。大きさはそれなりに大きく、僕の身長の半分もありそうだ。その銀の鳥を見つめるナルはうっとりと頬を染めて、瞳を蕩けさせている。


「ワーべライト、ナルのお願いを聞いてください」

 銀の鳥がバサリと羽根を優雅に動かし、次いでナルの頬に顔をすり寄せる。


「これを東の賢者にして、青の魔法使いのフィッシャーに届けて欲しいのです」

 右手に指輪を乗せたナルが上目遣いで言うと、銀の鳥はナルの頬をその嘴で軽く触れた。おそらく了承するということなのだろう。


「ありがとうございます、ワーべライト」

 目礼するナルの目蓋を銀の翼で軽く撫でたあと、長い銀の尾がくるりと動き、ナルの指輪を持つ手を包み込む。それがもう一度外された後には、もう指輪の姿はなかった。


 銀の鳥が高い高い声で細く啼く。次いでばさりと翼を動かし、ふわりとその姿が宙に浮かんだ。銀の鳥はナルが穏やかに微笑んでいるのを見て、もう一度啼くと、さらに高く飛び上がり、風に乗るようにあっという間に飛んでいってしまった。


「……なんですか、今の」

「幻獣ワーべライト」

 僕の問いに答えたのはシャットヤンシー様で、困ったように笑っておられる。幻獣というのは物語の中にしかいない架空の生き物のことだ。つまり、存在しない生き物だとシャットヤンシー様は言ったのだ。


「ナルが王立学園に通っていた頃に、フィスと二人で作った使い魔、とでも言えばいいかな。デザインしたのは、当時ナルと懇意にしていた女性らしいよ」

 世間話のノリでシャットヤンシー様は話しておられるけれど、使い魔というのは顕現させるだけでも膨大な魔力が必要で、その上仕事をさせるにも相応の魔力を消耗すると聞いている。過去の魔法使いであれば、余裕で作り出し、使役できたそれらも、現代の魔法使いでは顕現させることすらできないとか。


「あれ? 神官に使い魔って出せるんですか? ……まあ、王族ですから、それなりに魔力量はあるんでしょうけど」

 神官と魔法使いは似て非なるものだというのが常識だ。互いに使う詠唱呪文も魔法構築方法も異なる。だからこその疑問だったのだけれど。


「うーん、よくわからないけど、ナルの足にあるアンクルに魔石が幾つかあってね、それを種に顕現させているらしいよ。でも、命令はひとつしかできないし、ナルとフィスの二人の間でしか使えないって制限もある」

 詳しいことは知らないんだと言いながら、シャットヤンシー様はこう付け加えた。


「そういえば、命令はナルにしかできないって言ってたな」

「え?」

「真偽はともかく、幻獣がナルに惚れ込んでるから、ナルの頼みしか聞かないらしいよ」

 話し込んでいる僕らの元に戻ってきたナルが、ああ、と頷く。


「それ、ホントよ。ワーべを作ったのはフィスだけど、忠誠はアタシに誓ってくれてるの。他の人が頼みごとなんてしたら、焼き殺されちゃうかもねー」

 冗談みたいに笑いながら言っているけれど、それが本当なら冗談で済まされないのではないだろうか。


「さて、と。シャトー、オーちゃん、夕食持ってくるわ」

 いつものノリで軽やかに部屋を出ていくナルを見送りながら、僕とシャットヤンシー様は互いに顔を見合わせた。


「……ゲームの続きをしましょうか、シャットヤンシー様」

「そうだね、オーサー」

初稿

(2009/03/02)


改訂。

えー、うん、こんな感じで、とりあえず神殿の話は〆。

次からは本編ーーアディの話に戻りますー。

(2012/05/16)

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