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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
二章 身代わり(オーサー視点)
28/59

28#よくある正体

引き続きオーサー視点です。

 呆然とベシニエの遠ざかる背中を見つめるナルの背後で、僕とシャットヤンシー様は、ギギギ、と重い音を立てて扉を開いた。シャットヤンシー様と僕の二人がかりで、やっと一人が通れる隙間しか作れない。それ程に重い扉を開けたのは、シャットヤンシー様が僕に対して、真剣に頼んでこられたからだ。


 アディが王族や貴族を嫌っている理由を知っている僕は、彼女ほどでないにしても彼らを好ましく思うことはなかった。だから、シャットヤンシー様とはいえ命令されたならば、きっと僕は素直に頷くことなんて出来なかったに違いない。


 だけど、シャットヤンシー様は本当に真剣に、そして対等に僕を見て頭を下げて下さったから。だから、僕も手を貸そうと思えたのだと思う。


 隙間から滑りこむようにシャットヤンシー様が出た後、間髪入れずに僕も体を滑り込ませた。僕がこの大神殿に連れてこられてから部屋を出るのは本当に数えるほどでしかない。外は変わらずの古い巨石を丁寧に積み重ねた、年月を感じる作りをしている。どことなく村にあった神殿を思い出すけれど、村にあったそれよりももっと大きくて、もっと頑強で。もっと、女神の力が濃い場所だ。この女神信仰の薄れている世界においては不自然なほどに。


「今のはなんだ、ナル?」

 シャットヤンシー様の問いかけもまったく聞こえていない様子のナルは、口元に手を当てて考え込んでいるようだ。見る人が見れば、それは確かにひとつの芸術品のような美しさだと言えるだろう。これまでに描かれてきた女神たちの絵姿にも引けを取らないに違いない。ただし、アディを知っている僕には「アディの次に」と冠詞がつくけれど。


「アークライト様がいないってどういうこと? 三日前に水鏡で元気な御姿を拝見したばかりなのに? リュドラントと戦争って、一体何なのよ」

「ナル、とにかく中へ入れ」

 シャットヤンシー様に背中を押されて、部屋の前に戻ったナルは、考え込みながらも普通に片手で戸を押して扉を開く。何度もいうけれど、僕とシャットヤンシー様の二人がかりで、渾身の力で以てして、やっとひとり分の隙間を作ることが出来る扉だ。見た目が怪力とは程遠い容姿だけに、ナルのそれはとても理解しがたい。


 ともかく、部屋に僕とシャットヤンシー様も部屋に入り、ナルが扉を締める。だが、閉めた扉に手をついたまま、ナルはまだ考え込んでいるようだ。シャットヤンシー様の声に応える様子もない。


「あの、シャットヤンシー様にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 これはもうダメだと首を振るシャットヤンシー様に、僕はさっきから引っかかっていた疑問を問いかけることにした。


「僕に応えられる範囲であれば」

 了承をもらった僕は考えながら、それを言葉にする。


「ナルが王族だというのは聞いていましたが、王位って、どういうことですか? この国に限らず、女神以外で女性が王位を継ぐことなんて一度もありませんよね」

 少なくとも僕が習ってきた歴史の上で、女王の国というのはないと断言できる。首を傾げる僕に、シャットヤンシー様は苦笑しながら教えて下さった。


「ナルは僕の腹違いの兄だ。ただし訳あって、一般には公開されていない」

 シャットヤンシー様の視線はどこか遠くを見ているようだ。


「本来なら第一王位継承権はナルにあるんだ。だけど、本人が放棄しているから、今現在第一位の継承権はこの僕にある」

 理由は何一つ話されないけれど、なんとなく僕にはそれがわかる気がした。ナルと出会ってからたったの数日しか過ごしていないけれど、その優しさは僕にも伝わってくる。争事を嫌い、けれどシャットヤンシー様を信頼し、尽くすナルの姿は何も疑いようがない。


「さっきの男との関係についてはナル本人に聞いて欲しい。僕が言うことではないからね」

 さらっと流された説明を頭の中で反芻してから僕はナルを振り返った。この際、ナルが実は王位継承者だったとかいうことは二の次だ。


「……兄、ですか」

「あれでも、兄、なんだよ。王位なんか興味ありませんよ、ってアピールするつもりで女装しているそうだけどね」

 見えないだろうと子供っぽい笑顔を浮かべるシャットヤンシー様に、僕はどんな顔をしていいのかわからなかった。


 僕らの視線の先に立つナルの姿は、最初に見た時と変わらず、一部の隙もない。耳元に切りそろえられた月の光を集めたような銀色の髪は、昼の光の下でも所々淡く薄青に輝いている。その中に収まる細面の白皙の肌には、切れ長の怜悧な金茶色の瞳が乗り、すっとした高い鼻梁の下には、紅を引いてもいないのに微かに潤う珊瑚色の口唇がある。それだけでも中性的な顔立ちであることに違いはなく、男と言われれば男、女と言われれば女と、誰もが信じてしまいそうだ。


 だが、シャットヤンシー様の言葉を信じてみれば、最初に出会った時に感じた違和感を納得させることができる。僕はそれほど小柄な方ではないため、それを踏まえてみれば、ナルの身長は高すぎるのだ。少なくとも僕がこれまで出会った女性で、僕の頭一つ分高い身長の女性には近年会ったことがない。


 一番僕が見落としていたのは、おそらくナルの胸だろう。アディは幼児体型かと見まごうほどに胸がないのだが、ナルのそれは更に上回る。女性を凝視するのは失礼に当たるため、今までよくは見ていなかったが、神官服越しのナルの体は均整がとれているとはいえ、女性のような丸みというのはあまり感じない。どう贔屓目に見ても、そこに胸があるようには見えない。


 すべてを踏まえてナルをもう一度頭のてっぺんからつま先まで見てみる。それでも、こちらを顧みて近づいてくるナルを真っ向から男性と言い切れるものではなかった。思いつめた顔で、勢いよく繰り出される足はすらりと伸びやかで、無駄な筋肉はひとつもない。舞台上の女優のように、見惚れる脚線美だ。


 ……困った。本当に、女性にしか見えない。


 僕の考えていることがわかるのか、苦笑するシャットヤンシー様が喉を指す。お陰ですれ違い様に見えたナルの喉仏をようやく確認できた。そういえば、母さんやアディにあれはなかったなぁ、ぐらいしか思い出せないけれど、一般的な女性にはないもののはずだ。……その、はずだ。


(えええええー……)

 確証できるのがそれだけだとか、無理すぎるだろう。


「シャトー、あんたの鳥から最近連絡があったのは何時っ?」

 切羽詰った様子のナルを静かな目で見つめるシャットヤンシー様は、少し視線を外してから懐から折りたたまれた手紙を取り出した。その紙には赤黒い血痕のようなものが付着していて、ナルの性別について考え込んでいた僕でも事態の重さを予想するぐらいはできた。


「夕べのが最後の連絡だ。僕も彼と同じ報告を受けているよ。ククルスは何者かに襲撃されて、今は治療中だ」

 その手紙を奪い取り目を通すナルは、食い入るように見つめたまま、微動だにしないで読み切ったようだった。


「何よ、何なのよ、これっ」

「カノーラスは行方不明になっているが、おそらく既に」

 一呼吸をおいて吐き出されたナルの激高に、シャットヤンシー様は冷静に返される。ククルスとカノーラスというのがリュドラントにいるアークライト王妃につけられた護衛だというのを僕が聞いたのは、もう少し後になってからだ。このときはそんなことを聞ける状況ではなかったのだ。


「そんなこと聞いてないわよっ」

 読み終わった手紙を叩き返したナルの瞳が、強くシャットヤンシー様を睨みつける。その様はそのまま赤い炎を連想させるが、シャットヤンシー様は静かに叩きつけられた手紙を畳んで懐に戻しているだけで、まるでその炎は届いていないようだ。


「今回のことでどうしてアークライト様が死ななきゃならないのっ? なんで、私達じゃないのっ! なんで……どうして、よりによって、あの方なのよっ」

 詰るナルをシャットヤンシー様は真っ直ぐに見つめ返す。


「シャトー、アナタは今回他国にいるアークライト様は関わりないって言ったわよね?」

 僕には二人が何を考えているのかまではわからない。けれど、シャットヤンシー様の空気が変化したような気がした。


「いくら叔父サマだって、戦争を起こすつもりはないだろうからって」

「……ナル」

 睨み付け、文句を言うナルに対して、シャットヤンシー様は視線をまったく逸らさずにいる。


「なんで、アークライト様が……っ」

 繰り返すナルの言葉は、唐突に遮られた。




「黙れ、ナルサースク」



 シャットヤンシー様の一声は強く、重く、苛立ちを含んではいたが、確かに威厳を持っていた。自分が言われたわけでもないのに、僕が思わず居住まいを正してしまうほどだ。ナルも感情のままに詰め寄っていた自分に気づいた顔をする。


「叔父……いや、大臣がそこまですると考えなかったのは僕の甘さだ。すまない、ナル」

 素直に頭を下げるシャットヤンシー様を見下ろすナルの内側から、次第に炎が収束するのが僕にもわかった。


「アタシは叔父サマを裏切ってるから、何も言えない。何もできないのよ、シャトー。だからこそ、アナタがやってくれなきゃどうにもできないの」

 次に頭を上げたときのシャットヤンシー様に、先ほどとは別の意味で僕は炎を感じた。静かに燃える青い光がその身の内から湧き出ている。


「フィスを怒鳴りつけるのは後にするとして、こちらでやるべきことが出来たな。協力してくれるか、ナル?」

「もちろんよ、シャトー」

 ニッと口の両端を上げて微笑むナルの顔は、さっき僕が見たシャットヤンシー様の子供っぽい笑顔とよく似ていた。似たような笑顔を持つ二人が僕を顧みる。


「オーちゃんも協力してくれるわね?」

 疑問系なのに拒否を許さない問いかけに、僕はつい頷いてしまっていた。

追記<<

初稿

(2009/03/02)


改訂。

予定外に長くなってしまったので、オーサー話はあと一話続きます。

(2012/05/15)

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