24#よくいる神官
オーサー視点で新章開始
冷たい石畳に所々月明かりが延びているのを、僕、オーサーは歩きながら辿っていた。闇夜に浮かぶ真ん丸い光の球は、今日も静寂の世界を誰かのためにか照らしている。
自分の四方を囲んで歩く神官兵の腰に差した剣の鞘が、がしゃがしゃと耳障りな音を発しているのを、眉間に皺を寄せたまま僕は聞いていた。立ち止まることなど許されない。歩きながら連れて行かれている場所がどこなのかわかっているし、気の一つも抜くことなど出来ない。
女神が去って以降に作られ、人が行き交う故に風化もしないこの石造りの建築物「大神殿」は、一般に女神の力に溢れていると言われている。だけど、ここに来ることでそれが偽りと僕は気が付いた。
(こんなもの、アディに比べたら一滴も女神の気配なんてないじゃないか)
カタチだけのニセモノだと思った。本当はアディが系統を調べる必要なんかない。だけど、彼女がそれを望むなら、たとえどれだけの危険があろうとも自分が叶えてあげたいから。アディが自分をただの弟と思っていても、それでもアディが好きだから。
目の前の神官兵が音を立てて立ち止まったので、僕も歩みを止めた。彼らが背筋を伸ばし、敬礼する先に目を向ける。
石畳の白い光が消える柱の影に入ったらしいものは、最初白い棒のようにみえた。近づいてくる静かな姿は人影らしく、廊下を吹きぬける風に微かに耳元で切りそろえた真っ直ぐな髪を揺らしている。月の光を集めたような銀色の髪は光の加減で所々淡く薄青に輝き、光に照らされ、少し近づく毎に、歩いているだけだというのに気品が見て取れる。
神官の着る一枚布で作られたという衣を着ているその人物は男とも女とも言えない体つきをし、整った顔立ちをしていたが、近づいてくるほどにその動作に女性らしいしなやかさが漂う。だが、身長は僕よりも頭一つ分程度高く、普通の女性にしては大きいほうだと思った。
「ご苦労様。ここからはアタシが女神様を案内することになったから、おまえたちは下がりなさい」
「はっ」
女性にしては少し低めの声が慣れた様子で兵に告げると、僕を取り囲んでいた者らは一礼して来た道を戻っていった。
この人は見た目に寄らず、高位の神官かなにかだろうかとオーサーが考えたのは、おぼろげに神官兵に命じることが出来るのはそれなりの地位を持つものでなければならないと思い出したからだ。つまり王族か、司祭長以上のクラスでなければ、神官兵を使いにだすことなどできない。
「んと、あなたがアディちゃんね」
考え込んでいる僕に向かって、唐突にそう切り出した女性は、何か楽しいことでも見つけたかのようににやりと笑った。
「大神官様はあんたをご所望のはずなんだけど、時期まではアタシに預けるってさ。有難く思いなさい?」
見た目よりも砕けた物言いをすることに拍子抜けした僕に対して、何も言わず、彼女は唐突に手を掴んだ。
「少年みたいとは聞いてたけど、そのものね」
「………」
「あ、私のコトはナルって呼んでね。女同士、仲良くしましょ?」
心なしか「女同士」を強調された気がして、僕は正体がばれているのかと警戒した。だが、ナルはそれを気にせずに手を引いて歩き出す。
「案内は明日になってからでいいわよね」
先ほどは距離があったから聞こえなかっただけなのか、ナルの足首にはめられた数本の細いシルバーのアンクレットがシャララと優雅な音を立てている。そのアンクレットが月光に微かに煌めくのは宝石だろう。透き通る青さが時折石畳を彩る。
僕も流石に声までは変えられないので、アディたちと別れてからずっと声を出すのは避けていた。だから、ここでも言葉にはしなかったが、この人物は何者だろうと、困惑した瞳でナルを見つめる。視線に気づいたナルははにかんだ顔で、嬉しそうに口端を上げた。
「なあに? 今なら出血大サービスでなんでも教えちゃう」
最初はただの美女と思ったが、内面はずいぶんと可愛らしい女性にみえる。そんな女性をだますのは忍びないが、これもアディのためだ。
「……王族……?」
囁くほどに小さな僕の声は、かなりかすれていた。おかげで怪しまれることなくナルは答えてくれる。
「あら、わかる�? やっぱりアタシの美貌は隠し切れないものなのねっ」
ただし、その返答はやけに軽い、ということはからかわれているのだろうか。ナルは僕から思っていた反応が得られなかったのを少しつまらなそうにしながらも、やはり楽しげに足を進める。
「一応、本名はナルサースクっていうんだけど、長いし堅っ苦しいでしょ。だから気にせず、ナル、って呼んでね」
余計な気を遣われるのは好きじゃないのよ、と形のいい眉を顰め、小さく口元を曲げる。それはアディのやる表情によく似ていて、僕は気づかれないように小さく笑った。
ナルに連れられて一階分の階段を上り、やがて彼女の身長の二倍はありそうな大扉の前に連れてこられる。扉の向こうが彼女の部屋かと思ったけれど、ナルは片手で軽くノックした。
「シャトー、いいかしら?」
部屋の中からはよく通る落ち着いた男の声が入室を促す。彼女はそれに対して、片手でその大きな扉を引っ張った。ギギギ、と重そうな音が響くがナルの表情も崩れず、汗一つかいていない。見た目よりも軽い扉なのだろうと、この時の僕は勝手に納得した。
ナルに背中を押されるようにして僕が部屋に入ると、後ろで大きな音を立てて扉が閉まった。
「遅かったな、ナル」
月光を背にして影だけでも豪奢とわかる椅子に座った人物が笑いを含ませた声をかけてきた。
「話も聞かずにお姫様を連れてきてあげたんだから、文句を言われる筋合いはないわよ」
口を尖らせて抗議しているが、ナルの表情は明るく微笑んでいる。二人の仲の良さ、それから王族であるナルにこれだけ気さくに話す様子からして、やはりこの者も王族なのだろう。
つまりはアディを狙う敵かもしれない、ということだ。
「賢者殿から何か預かっていないかな、お嬢さん?」
身構えたとたんに笑いながらかけられた問いに、僕は目を丸くする。
「フィッシャー様、から……?」
確かに僕はフィッシャー様から書状を一つ預っている。だが、それを知る者はここに僕以外いるはずがないのだ。
「そう。イフでもいいけど、こういう時は自分だって彼もわきまえてはいるはずだからね」
椅子から立ち上がった男の姿が月に照らされる。三時の陽光を閉じ込めたような柔らかで温かな金髪、それから地表の藍鉄鉱のような灰青色の双眸が穏やかそうな笑顔からのぞいている。ナルとは似ても似つかない平凡な顔だが、作られたような笑顔を湛えた表情に僕は見覚えがあった。
「あ……っ」
彼はアディを大神殿に向かわせる理由をつくった、村に来た三流神官と同じ顔をしていた。
>>追記
初稿
(2009/02/09)
改訂。
いろいろ考えて、予定通りにオーサー話を進めることにしました。
何より、ナルを出したかったのが一番の理由かもしれません!←
そんなわけで、しばらくオーサーの話を続けます。
(2012/03/01)