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Routes 3 -アデュラリア-  作者: ひまうさ
一章 ルーツの旅
10/59

10#よくある決意

 外は一面に白い靄がかかっている。辺りはまだ白み始めているだけで、かなり暗い。そんな中で私はオーブドゥ卿の屋敷から、その白い闇に一歩を踏み出していた。


 後ろから私についてくるものは誰もいない。昨夜私が酒を飲ませたオーサーは日が完全に昇るまで起きないと幼馴染としての経験から断言できるし、ディもこの屋敷の主と遅くまで飲んでいたようだから、今頃はやっと眠りに落ちた頃ではないだろうか。ここまで一緒だった二人がそういう状態だということはわかっているし、この屋敷の人間が夕食に来たばかりの私を引きとめようはずもない。だから、私についてくるものは間違いなく誰もいない状況だ。


 最初は私もオーサーにだけは共に首都まで、大神殿まで行ってほしかった。だけど、本当はそれさえも私が願ってはいけないのだと、心のどこかでわかってた気がする。生まれたときからひとりで生きてきて今更、誰かを、大切な幼なじみを巻き込む資格なんかないとわかっていたから、私はひとりでここを出ることに決めたんだ。


「ごめん、オーサー」

 荷物は最初の予定通り、衣類と少しの食料、それから、少しのお金だけ。イブニングドレスはここの執事に返しておいてもらえるように頼んだ。オーサーは私がいなくなったら少しは探すかもしれないけれど、見つからなければさっさと村に引き返すことが出来る距離だ。それでいいと、ここで夕食を食べながら、オーブドゥ卿と話をしながら私は決めた。


 最初から、時が来たら村は出て行くつもりだったし、マリ母さんには悪いけれども、もう二度と村に戻ってくることは出来ないだろう。私だって、この年までただ生きてきたわけじゃないし、いくら口では否定してきても本当のところは自覚している。


 屋敷の門まで歩いてたどり着いた私の前に、淡い灰色の影が立つ。白い靄の中では目立つその闇色に、何故か私は安堵の息を漏らしていた。


「私を狙う刻龍、か」

 それさえなければ、私だってこんな決断をしなかった。狙われてさえいなければ、オーサーに一緒にいてほしかった。いてくれるだけで、無理に強がろうとしなくても私は強くいられたから。自然体でいられたのは、オーサーがいつも私の隣にいてくれたからだ。


 狙われる心辺りというのならば、私の系統(ルーツ)が判明していないせいだろう。私が私自身の秘密のすべてを明かして、違うとわかれば狙われることもなくなる可能性はある。


 左足を引いて、体を開き、私は影に向かって拳を構える。


「私はアデュラリア。あなたの名前は?」

 別に答えが帰ってくることを期待していたわけではない。だが、影は答えた。


「メルト=レリック」

 存外、親切な男だ。


「メルト=レリック、私を殺しに来たなら殺されてあげられない。誤解で死にたくはないからね」

「だから、ひとつ契約をしましょう。もしも私が女神の眷属であるなら、あなたに私を殺させてあげる」

 構えも何もなく近づいてきた影の顔が見え、この白い闇の中でも影の目がわずかに開かれたのが私にもわかった。


「でも眷属でないときは、あなたの命を貰うわ」

「何故」

 初めて私が聞く影の声は、意外にもテノールだ。この朝の白霧の中で澄んで聴こえる声は私の眉を潜めさせるには十分で、襲撃者にそぐわない澄んだ眸と済んだ眼差しを持っている。近くで見ると鍛えられた中肉中背の青年であることがわかる影は、私には意識して口数を少なくしているように見える。


「あら、正当な取引でしょ。悪いけど、私は勝てない勝負はしない主義なの」

 だからといって、影が相当の使い手であることに違いはなく、私は強がって笑って見せていても、こうして目の前にしているだけで冷や汗が背中を滑り落ちてゆく。自分には勝てない相手と肌で感じる。この白い霧が間に無ければ、私には強がることさえ出来ないかもしれない。


「取引か」

「そうよ」

「それを誰が信じると?」

「互いしかないでしょうね。だから、私が契約を違反したら、貴方は迷わず殺せばいい」

 これは私の賭けだ。狙われたまま道を進めると思うほど、自分は愚かではいられない。まして、その道に誰かを巻き込むことがあってはならないのだ。そのために、私はひとりで行くと決めたのだから。


 影の手が剣を正面に立てて構える。


「……悪いが無駄な契約だ。おまえは既に定まっている」

「あら、誰が決めるわけでもないでしょう?」

 私は失敗したと歯がみするまもなく、影の繰り出す剣を左斜め後方へ避ける。と、私のすぐ目の前を切っ先が通過した。すべての動きが読まれている上、この距離ではギリギリで交わすのも困難だ。だからといって、影は私に距離をとることを許してくれない。


 逃げ遅れた髪の一房が切れて風に流れ、二の腕や頬、足、と掠り傷が増えてゆくのを感じながらも、やむことのない連撃から私は必死に逃げ回った。私にとっては何時間もそうしている気分だけれど、おそらく影にはほんの少しの間のことだろう。


 必死になりすぎて足元をおろそかにした私の足がもつれ、隙を逃さず影の剣が私に向かってくる。


(駄目、まだ殺されるわけには)

 向かってくる影の剣に反応できず、私はただ見つめることしかできなくて。その後のことはやけにゆっくりと時間を感じた。


 目の前に飛び出る大きな影が、私の眼前にあった死の光を弾き飛ばし、辺りの靄ごと一瞬にして払う。影は、メルト=レリックは驚いたように後方へ飛び退いた。その場所を彼の剣が通り抜ける。


 遅れて翻る白い布が私の前に来るのを見ながら、受身も取れずに私は地面に倒れ込む。痛みもあったが、だが何よりも私と影の間に入り込んだ男を凝視したまま、私は身動きが取れなくなっていた。


 私の前に出てきた男は、ディだった。昨夜、オーブドゥ卿と飲んでいたはずで、執事から私が起きるほんの一時間ぐらい前に部屋に行ったと聞いたはずの、ディだった。


「あんたには悪いがこいつを殺させるわけにゃいかねぇ」

 ディは出会ってからの飄々とした様子から一変していて、私がまるで本物の騎士みたいだと思った瞬間にディはその構えを解いて、大剣を肩に担ぐ。こちらから見える口端をあげて笑っている様子は今まで通りのどこか食えない不敵な男で、だけど私をちらりと見たその視線だけが安堵を物語る。


「何しろ俺は今、このガキの護衛でな。殺されちゃ、信用に関わるんだよ」

 護衛と言い切るが、こちらは雇った覚えのないかなり身勝手な護衛だ。これぐらいの強さであれば、私に巻き込まれることもないだろうが、ついてきて欲しくないからおいてきたのに。


「いつ誰が雇ったのよっ」

「ウォルフ=バルベーリとマリベル=バルベーリからもう金は貰ってある」

 ディが出した名前を聞いて、一瞬目元が緩んでしまいそうになる。それはオーサーの両親の名前で、いつのまに二人から依頼を請けていたのか、と言いかけた私はやめた。それはこの男にいう言葉じゃないし、文句を今なら言える距離だ。しかし、折角の好意を無にするほど、私は薄情にもなりきれない。


「刻龍のことは、マリ母さんが知らせたの?」

 マリ母さんは趣味の占いをやることがあって、それは外れたことがないからだと思った。だから、もしかしてすべてわかっていたから、こんな護衛を雇ってくれていたのかと。


「いや、旅の占者とかって怪しいじーさん」

 しかし、ディの返答から知られていないのかと私は胸を撫で下ろす。知られていたら余計に心配しているだろうし、離れていくにしてもマリ母さんにだけは私は心配をかけたくないから。――そんなことを思っても、大抵はマリ母さんにはバレているようだけど。


「そんなもんに言われてきたわけ?」

「俺も馬鹿らしいとは思うぜ。でも、来てよかったと思ってる」

 ディがあまりにも真摯に言うものだから、言われた私の方が困惑してしまう。最初に出会った時から、私を守ってくれる本当の理由を明かしてくれないディを信用するのは、私だって変だと思っている。だけど、認めたくはないけれどディに守られることは、私にとって何よりも自然な気がするのだ。まるで最初から、ディがこうして私を守ってくれるのが当たり前みたいな錯覚をさせる。


「刻龍が何故、女神の眷属の命を狙うか、おまえらは知っているか?」

 ディの唐突な問い掛けにメルト=レリックは答えず、私も首を振るほかない。貴族や王族が狙うのは伝承のためだとわかるけれど、刻龍に命を狙われたのは今回が初めてだ。だから、私もその存在を知らなかった。


「反勢力ってだけじゃないの?」

「それだけで何代にも続いて同じことをするわけがねぇだろ」

 何代もというディの言葉に驚き、私は瞬きする。そんなこと、私は知らないし、視線をむけたメルト=レリックは微動だにしない。


「俺の知ってる刻龍の男は言っていた。今の刻龍を作り上げた男が定めたことだ、と。無念の死を遂げた自らの妹を見て、その身が永久に利用されることのないように殺してしまう方が幸福だと定めたと、俺は聞いた」

 ディの言うことが真実かどうか、私が判断することはできない。だが、真実だとすると純粋に私の心に浮かんでくるのは怒りだ。


「殺されることが、幸せっ? 誰よ、その馬鹿男はっ」

 語気を強める私にあっさりとディは答える。


「刻龍の創始者にして、唯一の女神の眷属の家族であった男。通り名を黒い龍――黒龍という男だ」

 ディの言葉はあまりにそれは突拍子もなさ過ぎたし、私の知る伝承とは、一般的に聖典に残されている記録とは違いすぎた。


「女神に家族などいない」

 私が何かを口にするより先に、メルト=レリックが反論する。


「女神は常に一人で生まれ、一人で死んでゆく。そう定められている」

「誰に?」

 ディの問いに対して、メルト=レリックは口ごもる。同じことが聖典にも記されているが、私も何度も問いかけたことがある。そう、誰が女神は常にひとりと定めたのだ。まして、眷属には女神の理屈まで当てはまらないだろう。だって、女神の眷属と言うのは女神の力を行使することができる以外には、他の人間となんら変わりはないのだから。


「おまえらだって知っている一説があるはずだ」

 疑念の目を向ける私とメルト=レリックを見て、ディは聞き分けの無い生徒を見るような目をして続ける。


――女神の眷属。そは至高にして、至宝の恵み。手にし者らに全てを与えん。


 唄にしても伝えられているその伝承は、あまりにも有名な詩の一節だ。


「黒龍の妹と伝えられる女神の眷属は、数百年ぶりに世界に見出され、奴隷として飼われていた」

 メルト=レリックが動揺しつつ、ディに向けて、剣を構える。


「俺の聞いている話によれば、奴隷であった女神の眷属は逃げられないように腱を切られ、恐怖の為か視力を失い、声を失っていたらしい」

 メルト=レリックの動きに気がついているはずなのに、ディは動かず、私をまっすぐに見つめてくる。深い闇のような視界の奥で私以外を見ている気がする。


「最初の女神に従者はいなかった。次の女神にも、その次の女神にも。女神の従者が生まれたのはその黒龍ってヤツの妹が亡くなってからだ」

「ディ!」

 飛んでくる斬撃をディは、私を抱えて避ける。そんなことをしなければ容易に避けられたはずなのに、彼の顔にも一筋の血が滲む。


「貴様……!」

「短気はよくねぇぞ? その程度でこの俺を殺せると思うな」

 私は地に降ろされることなく、ディはそのまま私を肩に乗せる。


「わ、わわっ?」

「こいつの運命はまだ定まっちゃいない。そう、雇い主に伝えておくんだな」

 私が上から見下ろすディは実に頼もしく、そして同時に計り知れない強さと不可思議な理由のつけられない信頼に包まれる。その理由はきっと、ディが私を本気で守ろうとしているから、だから信用してしまうんだ。


 最初から思った通りであれば、ディは絶対に私を裏切らない。その力できっとほとんどの襲撃から私を守ってくれるだろう。メルト=レリックは強いが、私が見る限りディの技量がわずかに上だ。だから今ここで、私が殺されると言うことにはならない。そう確信してしまうほどに私もディ信頼してしまう。


「ディ、降ろして」

「まて」

「メルト=レリックと話をさせて」

「……駄目だ」

「ディ!」

 ディは深く息を吐いた後で、ゆっくりと私を地に降ろした。だが、さすがにわずかも離れることはなく、気迫を放ってメルト=レリックを威嚇する。


「メルト=レリック」

「なんだ」

「契約をしましょう」

「できない」

「いいえ、契約してもらう。私についてきなさい、メルト=レリック。ディの話が真実であれば、こんな馬鹿げた話はないわ。殺されて幸福? 利用されたら不幸? そんなものを他人が決めるなんて、私は認めない」

 ディに女神の眷属と刻龍の関わりの話を聞いてから、私はより強く思った。私はここで死ぬわけにはいかないし、メルト=レリックの手にかかるわけにもいかない。


 幸せは他人が決めることじゃない。黒竜の妹だった女神の眷属だって、それが不幸だったとなんで勝手に言えるだろう。そんなもの本人でなければわからないし、黒竜がそんな理由で本当に妹を手にかけたとでも言うのだろうか。そうだったとしても、女神の眷属当人が望んでいたら、それは不幸じゃない。


 もしかしたら、利用されてもいいと思っていた女神の眷属だっていたかもしれないじゃないか。そんなもの、他人が一概に決めていいことじゃない。


 少なくとも今私は、数多くの友達を、仲間を失っても自分が不幸だったとも思わないし、自分の命を投げ出すつもりはない。だって、この命はいろんな人に助けられて生きてきた証なのだから。


 私は強く足を踏みしめ、メルト=レリックに向けて手を差し出す。


「それに、貴方ほどの人が黙って利用されているのも見ていられない。生き方ぐらい、自分で選びなさいよ」

「本当は貴方自身が疑問に思っているはずよ。女神の眷属かもしれない子供を殺せなんて命令を素で聞けるような凶刃であれば、ディがいてもいなくてもいつだって私を殺せたはず」

 ここまで私が生きていることが迷いの証だと、はっきり言い切ってやるとメルト=レリックは怯んだ。そこへ私は畳みかける。


「確かめたいのなら、私を依頼人のところへ連れて行って。その人が本気で私をそうだと信じているのなら、ぶん殴ってやるわっ」

 はっきりと言い切る私を後ろから見つめていたディは深く深ーく、息を吐いた。


 笑いたいなら笑えばいい、呆れるなら呆れればいい。でも、使われるだけの人形にさせておくには、メルト=レリックは惜しいと私は思ってしまったのだ。ディと張る腕前、そして、その澄んだ瞳と声からメルト=レリック自身が純粋な悪だと、私にはどうしても思えない。それは剣の使い方に似ていて、良くなるも悪くなるも使い手次第。そして、染まりきるにはメルト=レリックはまだ若すぎる気がした。


 手を差し出したままの体勢の私は、ディに強く後ろから引っ張られ、放り投げられる。間一髪、私の喉があった位置を線状に光の軌跡が通り抜けた。一度目を閉じて無念を感じつつ、私は身体全体で受身をとって、地に落ちる。


「こっの、わからずやっ」

 そのままメルト=レリックに向かっていこうとする私を守るように、ディが私の前に立つ。


「一度叩きのめさんとだめだな、ありゃ」

「私が、やる」

「無理すんなって」

 メルト=レリックは強いし、今ここに他の刻龍でも出てこられたら打つ手がなくなる。そうでなくてもメルト=レリックは強すぎるというのに、こんな状況なのに、ディは至極楽しそうに笑っている。


「ガキは黙って守られてろ」

 大きな手で私の頭を柔らかに叩き、ディが私の一歩前へ出る。メルト=レリックは苦々しげに歯噛みして、距離をとる。


「どけ」

「アディを殺ろうってんなら、できねぇ相談だ」

 問答の必要はないとでも言うように、メルト=レリックが両手に五本ずつの投げナイフを構える。剣ではディを抜けないとの判断を下したのだろう。ディが小声で、面倒くせぇな、と舌打ちしているのが私に聞こえた。私は誰かを巻き込むのも嫌だけど、足手まといになるのはもっと嫌だ。


 私が立ってディを押しのけようとしたところで、ナイフが飛んでくるのが見える。私だって避けられるかどうかという速さでナイフが向かってきたというのに、ディが体格に似合わない速さで俊敏に動き、ナイフをひとつ残らず手元に回収したのが私にわかった。ひとつも逃さないなんてどんな魔法だと、疑わずにはいられない。


「チッ」

 舌打ちしたメルト=レリックはそれで諦めたのか、あっさりと姿を消した。構えていた私はメルト=レリック戻ってくる様子もないので、影が消えた方向を見つめたまま、まったく動く様子のないディを見上げる。しばらくして私の視線に気が付いたディは、私の前で片膝を突いて座った。


「女神の、従者?」

 ディはあまりに女神について詳しすぎた。伝承や聖典だけでは知り得ないことを知るものは、オーブドゥ卿のような貴族がほとんどで、一般にはそこまでの余裕がある生活をしている者はいない。ただでさえ、今は女神信仰など薄れている時代だ。学のある傭兵だって、女神について調べたりなどしない。


 さっき、ディが自分で言ったように「女神の従者」であれば、ある程度の納得できる事柄がある。何故、ディが私を守ってくれるのかとか、そういったことも含めてだ。


 私の問い掛けに、ディは少し哀しそうな顔で頷く。


「俺はアディを見極めなきゃならん」

 大きな手でぐしゃぐしゃと私の頭を雑に撫でるディの手は心地よく、私は思わず目を閉じる。


「そんなの……決まってるじゃない。私は、女神の眷属じゃないんだから」

 女神の従者が従うのは女神の眷属であって、それを否定する私ではないはずだ。顔を上げられない私に、ディから意外な返答が返される。


「だな」

 あっさりと肯定されたことに吃驚して私が目を見開くと、口端を上げて笑う人の悪そうなディの顔がある。


「言ったように、俺はおまえらの親に雇われてんだ。だからアディを守るのは当然。これはわかるな?」

「っ、それぐらいわかるわよ」

 私はディをそのまま直視していようとしたけどできなくて、目を細めて笑った。ディは自分で気づいていないのだろうか。ディの視線は私が女神の眷属、ないしは関係者であるとほとんど確信していて、だからこその愛情の隠る眼差しを私に向けているというのに。


 ただの依頼だからって、そこまで真剣に依頼人を守る傭兵なんて私は知らない。いくらマリ母さんたちから金をもらって依頼を受けていたのだとしても、ここから大神殿までの道のりは長いというのに、ただの傭兵がここまで真剣に私を守ってくれるものだろうか。私みたいなただの小娘を守ったところで得があるとは思えない。ディが騎士だとしたら尚更、私のように何も持たない女を守る意味がない。


 私が見上げるディの目は真っ直ぐで柔らかで今にも泣きそうに見えて、逃げ出したいほどの信頼を私に向けていて。私は何も言えずに踵を返して、背を向けるしかなかった。

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