008 文武両道
5歳となった。
最近の新しい変化と言えば、「貴族令嬢たるもの一つぐらい武器を嗜むべし」とかいう謎の格言のもと、どちらも職業騎士の両親から剣を習うことになった。
一応女の子なので、護身術程度に剣の扱い方を覚えさせると言う名目で。
そのはずだったんだけど、【身体強化】が使えちゃう上に、アニメやゲームを見て覚えていた体捌きや、やたら立体機動的な動きを知っている私は、この若さと幼児故の柔軟性をもって両親の度肝を抜いたらしい。
それで何故か本格的な剣の稽古をさせられるようになった。
5歳児なので足りない分の体力は魔法で補う形で。
「【強化】以外の魔法に頼るな! もっと踏み込め! そうだ! 腰を低く!」
「はい」
武術方面で教育熱心になってしまったアレンジーク指導のもと、がんばる私は、指導を受けて3日後には、護衛であるリヒトより強くなっていた。
と言っても【身体強化】ありきだけど。
その【身体強化】の発動時間も半日(12時間)以上は持つようになっている。
他の魔法を併用したとしても5時間くらいは魔力が持つ、ちょっとした魔力お化けになっていた。
普通の人は【強化】と呼ばれている魔法を数十分維持するのが限界らしいし。
5歳でコレなので、将来が末恐ろしいとまで言われている今日この頃。
【身体強化】された体で地を蹴り飛び上がって上段に木剣構え、アレンジークの頭上めがけて振り被る。
それを迎え撃つアレンジークは自分の木剣で弾くように私の木剣をいなす。
体の軽い私は身体こそ魔法で強化されているけど、自重まではどうにもできない。
大の大人で騎士でもあるアレンジークがちょっと剣をはじいただけで私は簡単に吹っ飛ぶ。
私は吹っ飛ぶ先を確認し、後方にそりかえって回転しながら態勢を整え、最後に横ひねりを加えてから猫のように着地した。
それからまたすぐにその低い姿勢のままダッシュし、今度はアレンジークの太もも目掛けて突きに転じる。
ここは小回りとスピード勝負だ。
けど当然それも弾かれる。
でも大丈夫。
これはブラフさ。
弾かれた剣をそのまま体ごと回転し、その回転を利用して私はアレンジークの太もも側部に剣を入れることが出来た。
「くっ…」
「はい、そこまでだね」
不意打ちの痛みにアレンジークが声を漏らしたところで、エリオットが稽古のおしまいを告げる。
うん。
アレンジークから一本取れた。
やったね。
【身体強化】と【身体操作】のゴリ押しだけど。
ゴメン、こっそり魔法二つ使ってました。
だからそんなにへこまないでよ、アレンジーク。
最近新たに覚えた【身体操作】の魔法は、強化するだけじゃ剣はうまく振れないというのを知ったので、何とかイメージ通りに体が動くようにと新たに開発した魔法だ。
うまく説明出来ない魔法なので、この事はまだ誰にも言ってない。
しかしこの魔法のおかげでアニメやゲーム知識が存分に発揮出来ている。
ここに風魔法とかを運用出来れば空中戦も出来ちゃうね!
ひゃっほう。
朝の稽古が終われば朝食。
最近は食事の改善も出来て来た。
年齢を重ねるごとに手先の細かい作業にも対応できるようになってきたので、精密な錬金術の他、料理にまで手を出せるようになった来たのだ。
貴族家で白パン的なものを食べられると言っても、その歯ごたえと重みはずしっとしたものだった。
なので酵母を使ってふんわりしたパンを作ったんだよ。
その成功を得て、その後はまた色々作った。
気兼ねなくお金が使えたので。
エリオットもアレンジークも、私がレシピを売って得たお金は好きに使っていいと言ってくれたので、お言葉に甘えて手当たり次第色々な素材を買い集めた。
元の世界にない魔物の素材とか謎植物とか。
その甲斐あって今日に至るまでに簡単でおいしいお菓子や料理まで作れるようになっていた。
それでもこの世界の人からすると目新しく、とても美味しいものだったみたいだ。
どれも前世での孤児院生活で、職員に教わったり自分で調べるなどして子供でも作れる簡単レシピだったけど。
この世界の人においしいといわれ、なんかちょっと心が温かくなった。
しかしまだ私は納得できていなかった。
材料はなんとかなりそうだけど、道具的な物が足りない。
これは私の野望の為には本格的に魔道具作りが必要になって来た。
料理だけじゃなくて、生活面でもちょっと不便なところとかあるし、お金あるし、いいよね?
と言うことで、私はエリオットに魔道具の勉強がしたい旨を伝える。
前に受けていた教育は貴族学校に入れるようになる勉強や、貴族学校で勉強する範囲の勉強であって、魔道具などの専門的で技術的な勉強ではない。
それに魔道具作りなんて貴族はしない。
発注側だ。
私も発注すればいいんだろうけど、うまく説明できない。
説明する面倒があるんだったら自分で作ればいいのさ。
「どんな物が欲しいの? お金が足りないなら買ってあげるよ」
「ない。だから自分で作る」
5歳となり、語彙も増えてきた。
他の子よりもまだまだ口数は少ないみたいだけど、エリオットもアレンジークもその辺は気にしてないみたいだから私も気にしない。そのうち言葉にも慣れて滑らかに話せるようになるだろう。
物を書く分には全く問題ないしね!
元日本人だからか分かんないけど、リスニングとリーディングまでは順調なんだけどスピーキングがちょっとアレなもんで。
「職人に発注するのではダメなのか?」
アレンジークも不思議そうにたずねてくる。
「うん。魔術式が必要。それも学びたい」
「あー…そっか。魔術かー。魔術式…うーん」
エリオットが何故かちょっと疲れたような納得している様な変な態度を取っている。
なんだその気になる反応は!?
「ダメ?」
「いや、ダメではない。…が、あまり良いものでもない。『貴族の令嬢的には』という言葉が付くという意味で」
「そうなんだよねー」
二人の話を聞いて頭の中でまとめると、魔法と違って魔術って言うのは、アナログ魔法みたいだ。
わざわざ魔法陣を組んで繋ぎ合せて魔法を発動する。
ただ魔法を使うよりも威力は高いし汎用性はあるけど、実用的ではないし、なにより色々突きつめて研究をしなくちゃないので、マッドサイエンティストみたいな感じになっちゃう人が多いらしい。
特殊な環境ゆえに同じような人が集まって研究や討論をするので変な集団と化してしまうことも度々あり、アレンジークは王国騎士としてそれを何度か摘発したりしたこともあるんだって。
エリオットはそんな変な集団に頭を悩ませている王様を何度か見たことがあった為に、『魔術式の研究』と言うモノに良いイメージは抱いて無いようだ。
かといって普通に仕事として魔術式を扱う人や職人もいるのでそこまで言う程のものではなく、あくまで『コアな研究者』に対して煮え切れないでいるだけっぽい。
無宗教で御利益目当てに神社行く人と、ガッツリズブズブに宗教にドハマりする人の違い的なイメージかな?
分かんないけど。
「ま、俺達で普通そうな教師を選べばいいだけだろう」
「それもそうだな。うん。あ、アレクシスも一応魔術式をかじっていたと聞いたことあるな。発動確認だけして後は納得したからそれ以上はやめたって」
「あぁ、あいつなら手広くやってそうだな」
魔法の先生だった人か。
あの人なら見知った顔なので勉強もやりやすいかもね。
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フットワークの軽い両親は、同じくフットワークの軽い知人にまた教師を頼んだことで、「勉強したい」と言った次の日の午後にはアレクシスが今度は魔術の先生としてまたウチに来た。
「魔術師寮より快適だし、王城からも近いし、バイト代ももらえるし、いやー、ここ最高だね!」
「先生、暇な人?」
「え!? ……いや、そそそそんなまさか! 忙しいよ! すっごい忙しいけどファリエルの為になるならって、忙しい合間を縫ってこうして来たわけ! ね!」
彼が同意を求められそうな人はここにはいない。
エリオットもアレンジークも王城で勤務中なので。
「わかった」
「あ、うん。なんかありがとう。…で、欲しい魔道具があるから魔術式を習いたいんだって?」
私が適当に流したところで、スベッった空気を入れ換えるように話題を変えたアレクシス。
この人、実はアレンジークのイトコだという話を聞いたが、全然似て無い。
見た目はもちろん雰囲気も。
それでも本人爵位持ちなのでアレンジーク同様優秀なんだろうな。
同じ伯爵位みたいだし。
ちょっと胡散臭いところはあるけど、基本良い人みたいだし、いいけどね!