005 お買い物
屋敷と言う名の城で過ごすことになり、数カ月。
4歳になったよ、私。
両親も子供がいる生活に慣れて来たのか、本格的に愛し合うようになっていた。
家の中で二人揃うといつもラブラブです。
目の前でリア充見てると砂を吐きたいです。
罰ゲーム級の政略的な結婚だったっぽいんだけど、世の中どうなるかわからないものだよね。
私はこの生活に慣れるにつれ、簡単な言葉なら話すようになっていた。
なまじ前世の記憶があると言葉って出ないもんだよね。
つい頭の中で日本語に変換してしまうから。
それでも根気強く私に話しかけてくれる両親を始め、家で働く人たちのおかげで、簡単な会話なら現地語をそのまま理解できるようになった今日この頃なんだよ。
文字も一週間くらいで大体は覚えることが出来た。
その事でも周囲は心折られていたけど、素直に私を褒めてくれたのはすごいと思う。
文字さえ覚えてしまえば後はこっちの物。
とばかりに私は家にあった本を読みまくった。
私が小難しい本を読んでいると知った両親は、魔法だけじゃなく他の家庭教師もつけるようになり、4歳になる数カ月の間に私は貴族学院に入学できるまでの知識を得るほどになっていた。
今はもう家庭教師をつける意味もないので、暇になった。
家にある本は全部読んでしまったし、何をするわけでもない1日が長いこと長いこと。
そんな日がな一日ぼんやりするようになった私に対し、両親は私に気遣うように声を掛ける。
場所はリビングで、ソファーに隣合って座る両親に挟まれて可愛がられている状態の私。
気分はぬいぐるみだ。
「ファル、何かしたいことはあるかい?」
「どこか行ってみたとか、何か欲しいものでもいいぞ」
頭を優しく撫でられる心地よさに、ボーっとしていてところに声を掛けられたもので、一瞬びくっとしてしまった。
あぶないあぶない。
……ヨダレ垂れて無いよね?
おっと、えーと?
やりたい事に行ってみたいトコに…欲しい物?
「ある」
そりゃ勿論あるよー。
一応何不自由ない生活はさせてもらって、とても素晴らしい待遇は受けてるけど、物足りない物は多いし、生まれ変わってせっかくお嬢様になれたんだからしたい事もたくさんある。
この世界では教育を受けられる以上の贅沢はないと言われているらしいけど、前世の記憶がある私からするとなんかこう、物足りないよね。
前世でも孤児だった私でさえ物足りなく思うのだよ。
食事の味だってそうだし、布生地の高級感の割には着膨れしてるような野暮ついたデザインの服や靴もそう。
それになにより石鹸の質!
毎日贅沢にお風呂に入れてくれるのはありがたいけど、肌は幼女にして既にガサガサ、髪もゴワゴワ。
食事も服も靴もまだこの世界ではそういうもんだと納得は出来るけど、石鹸は納得できそうにない。
だってせっかく毎日入浴させてもらえるなら、良い状態になりたいもんね!
ってことで、思いついたのが、錬金術と薬術。
前世知識とここで得た錬金術と薬術を駆使してシャンプーとコンディショナー、それから保湿成分配合のボディーソープを手に入れたいです!
「ん? なにがしたいの?」
穏やかな笑顔でエリオットが聞いてくる。
リア充の余裕を感じさせる雰囲気を醸し出してるな。
アレンジークと心身ともに満ち足りた生活してるからだろう。
昨日も寝入ってすぐにアシカ達の夢を見たぞ。
チッ、我が親ながらなんてリア充だよ!
「かいもの。れんきんじゅつ」
「う、うん。思ってた答えとちょっと違うな…。もっとこう、子供らしい買い物とかじゃなく、錬金術に使う素材が欲しいと」
エリオットが私の回答にちょっと引く。
けど私が欲しい物は理解してくれたようだ。
「錬金術の勉強では教師が全部用意してくれたからな。他にも興味あると言うことか。危険な事をするのであれば承認できないぞ?」
どこか納得した上で、アレンジークは許容してくれるみたいだ。
ついでに危険な事はしないとしっかり約束させられた。
「で、何を作りたいんだ?」
「かみをあらう」
自分の髪に触れ、アピールする。
「石鹸じゃダメなのかい?」
「うん」
「そっか。そういうのだったら別に良いのかな」
「そうだな。危険とも思えないしな」
「ふふ、そうだね。手段が錬金術と言うのはどうかと思うけど、ファルも女の子らしい物が欲しいみたいでよかったよ」
「あぁ。男所帯の環境でもきちんと育っているみたいで安心、ってところか?」
「そうだね」
と、どことなくうっとりと見つめ合う両親。
これから始まるのか?あの甘いヤツが。
さぁ、執事よ、私を速やかに助けるが良い。
それからマジで速やかに私は執事によって抱きあげられ、ロティルに預けられ、部屋に戻った。
・・・・・・・・・・
翌日。
両親は仕事に出かけ、それを見送ってから私はリヒトに護衛されながらロティルに抱きあげられ、街に買い物へ出かける。
何気に初外出だ。
この家に引き取られてから家の敷地内から出たことがなかった。
出る必要もなく、至れり尽くせりだったから別に良いんだけどね。
それに出かけると言っても馬車みたいだし。
外を歩くわけじゃないっぽい。
流石侯爵家のお嬢様だけあるよね。
レオンドール侯爵家の屋敷は貴族街と言うところにあった。
馬車で街へ向かう途中、車窓から他の貴族家の庭が望め、そこでお茶をしている貴婦人だったり、お嬢様を見かけ、私の両親の服のセンスが悪いわけじゃない事を知れたのは良かったのか悪かったのか。
少なくとも私が着せられている服は他の子に劣っているわけでもなく、なんならちょっとあか抜け感すらあるデザインのものだった。
貴婦人が着るドレスでも贅沢に布をたっぷり使えばいいみたいな服ばかりなのはちょっとショックだったけど。
外を興味津々で眺めているうちに、大きな商店についた。
ロティル情報によれば、ここに来れば何でも揃うとか言う店らしい。
あらかじめ、紙に書いた欲しいものリストをエリオットとアレンジークに見せ、怪しい物が無い事を確認された上で多めに予算をもらった。
予算は執事預かり。
貴族は基本、ツケで買い物をするようなので、買った商品を配達してもらった時に彼が商人に支払うシステムなようだ。
貴族家と商家の信用云々とか教えられた。
商店では、10歳くらいの少年が私たちの乗ってきた馬車を確認し、大人を呼びに店に入り、それから商店の立場ある大人を連れて私達を出迎えた。
「これはようこそいらっしゃいました。レオンドール侯爵家の方でお間違い無いでしょうか?」
中肉中背の片眼鏡の中年が、私達が下りてきた馬車の紋章を見ながら対応してくれた。
その後ろには数人の従業員が控えている。
「間違いない。お嬢様が買い物をご希望だ。まずはこの覚え書きの物を揃えてほしい。後は品を見て追加を買う」
「承知しました。ご案内いたします」
片眼鏡の中年の人が案内してくれて、他の従業員はリヒトに渡された欲しい物リストに書かれた物を集めてくれるようだ。
店内はちょっと薄暗い。
明かり取り用のガラス製の窓はあるけれど、大きくないのでそれほど店内は明るくない。
それでも孤児院の中より随分明るいんだけどね。
我が家はゴツイ建物だけあって昼間でも建物内は薄暗いので昼夜問わず明かりの魔道具で室内を照らしている。
侯爵家だけあってお金はあるからね。
それに伯爵位持ちのアレンジークのお金も一緒になってるみたいだしなおさらだ。
なので我が家の家計は他の家より余裕があるっぽい。
貴族手当や貴族年金などが2家分もあるからね。両親がそれぞれ爵位持ちだとこういう時ありがたいよね。
贅沢に暮らさせてくれてありがとう!
と言うことで、店内をくまなく案内してもらったけど、欲しいものリスト外で欲しい物はとくになかった。
でも変わったものや見たことない物も結構あったから楽しかったかな。
魔道具とかもあったけど、私が欲しいと思うモノはなかった。
魔道具か。
無ければ作ればいいのかな。
前世でも小物作りやDIYは結構得意だったし(というか作らなきゃ自由に手に入らなかった。1人分作るのも憚られたので、欲しい人の分もまとめて作ったっけ)。そこへこの世界の錬金術を組み合わせればなんとかイケそうな気がする。
これからの楽しみが出来たね!
次は魔道具の勉強をしてみようっと。
せっかく買い物に来たのに何も買わないで帰るのもさびしいので、ノートというか”帳面”という表現がしっくりくるような紙の束を紐で綴じたモノと、絵具として使えそうな水性の染料をいくつか買い、その日の買い物を終えた。