033 おにく!!
「おにく」
『ええ。お肉』
「おにく!!」
おおおおおおっ!
ファンタジーが現実に!
魔法の存在を知った時以来の感動がここに!
『うふふ。ファルちゃんヤル気ねえ』
『お肉、ボクも好き! わーい! ファルちゃん、一緒にお肉でカンパイしよーね!』
「かんぱい!」
慈母の眼差しで私達を見守る美亀乃さんを横に、私と瞬獺はエアお肉カンパイで盛り上がる。
「あの、お嬢様…」
「お嬢様」
それを悲しげに見つめるリヒトとロティル。
『まあまあ、リヒトちゃん、ロッテちゃん。そんな悲しいお顔しないの。何を不安がることがあるの? 今のあなた達のレベルなら余裕…とまでは言えないけど、トントンといったところじゃないかしら?』
「「えっ?」」
『そんな二人にファルちゃんが加わるし、わたしやシュンタちゃんが間に入るのよ。どう考えても勝てないわけないのよ』
「「!!」」
『それよりあの子たちのやる気すぎるやる気をどうにかする事を考えた方がいいと思うの』
美亀乃さんとロティル達がそんなお話をしている事とは知らず、私は瞬獺とはしゃいでいた。
後半、素のジャンプ力を競っていたかもしれない。
・・・・・・・・・・
「う…あ…」
「っ…!」
『ひゃー、でっかいねー』
『まあ、こんなものかしらね?』
「おおきなおにく」
階層主部屋に入ったら、オスのキリンくらいデカいミノタウロスがいた。
想定していた3メートルは余裕で超えてきたね。
美亀乃さんと瞬獺の索敵通りの2体。
大きな斧を持っている。
アレで何十本分の剣が作れるだろうってくらい大きいね。
ミノタウロスは思った以上に大きいけど、思ったほど人感はない。
ほぼ二足歩行の牛だ。ならいっそ普通の牛でよかったのに…。
魔物図鑑はミノタウロスを無駄に美ボディーに描いていたようだ。
ブモオオオオオオオォォォォォ
と威圧を込めた咆哮来た。
既にバトルは始まってるのね。
『さあリヒトちゃん、ロッテちゃん、ぼんやり眺めてないで行くわよ!』
「っ、はいっ」
「はいっ」
とりあえず、みんな遠距離から1発ずつ魔法を打ってみて、どの程度削れるか検証。
美亀乃さんが土魔法でミノタウロスの足元から土や石、岩などでできた槍を出して下から突く。
個人的にはあの魔法、エグイ魔法だと思うんだ。
瞬獺は2体のミノタウロスの頭上から雷魔法でドカンと一発ずつ、凶悪そうな紫色した雷で打ち抜く。
可愛いナリして鼻歌交じりで恐ろしい事をしている金色コツメカワウソがここにいます。
美亀乃さんと瞬獺の魔法で既に2体のミノタウロスはへろっている。
ウチの子たち最強説が出てきたな。
一瞬呆気にとられていたリヒトとロティルだったけど、すぐに気を取り直して自分達が使える一番効果の高い魔法を放つ。
リヒトは剣に風の刃をまとわりつかせて剣を振り、斬撃を飛ばす。
魔法剣とか言うやつだね。
剣と魔法の世界って感じ。カッコいいね。
私もアレ、帰ったらで練習するんだ。
日本刀で斬撃とばすとか絶対カッコいいよね!
ロティルは王道の火魔法のファイアーアロー…の上位互換にあたるフレアアローを10発作って放った。
何気にすごいことしてるよね。
アレクシス先生は「3発も打てれば宮廷魔術師になれるよ!」って言ってたから、ロティルは既に宮廷魔術師級の魔法を使えるメイドさんに進化しているね。
そうなんですよ。
二人ともここに来てレベル的なものがものすごく上がっているんだよ。
大魔法もバンバン打てちゃうくらいにね。
みんなが攻撃し終わったのを確認して、私も攻撃に参加する。
ミノタウロスはちょっと吠えただけで本気出せないまま既に虫の息。
私がいいとこ取っちゃうみたいで申し訳ないですね。
光魔法と火魔法の混合魔法のレーザーで一気に2体のミノタウロスの首を落とした。
「え…?」
「あ…」
呆気なく、2体のミノタウロスは魔石とドロップ品を落としていなくなってしまった。
あまりにあっけなさすぎたのか、リヒトとロティルが驚いている。
でもそれ以上に驚くのは私だよ!
「『おにくー!』」
瞬獺も同時に興奮してくれた。
すごいよ!
ドロップ率10パーセントのお肉だよ!
それが2つ!
シュールにも解体済みっぽい感じの状態のお肉!
枝肉っていうんだっけ? えーと、よく冷蔵倉庫で丸ごと一匹吊るされている、あんな感じのやつが、モツやタンの部位一緒に。ラップっぽいもので包まれた状態でドロップされてある!
これどんなリアルファンタジー!?
その巨大な2つの包みの近くには巨大な斧が1つ、ミノタウロスの角が1対、大きな魔石が2つ落ちていた。
『あら、やっぱりファルちゃんがとどめさすとすごいわねえ。脅威のドロップ率だわ』
「?」
瞬獺と喜んでいたら、美亀乃さんがおっとりと呟く。
たまたまその声を拾ってしまった。
『ファルちゃんの種族特性ね。ファルちゃんが楽しくしている分にはラッキーが起こりやすいのよ。反面、ファルちゃんが悲しいとちょいちょいよくないことが起こりやすいから、ファルちゃんは毎日楽しく過ごすといいわ』
へー。
めっちゃザシキワラシじゃん!
だからと言って今のところ何の不自由もない。でも美亀乃さんのお言葉はしっかりと心に留めておくよ。
「うん」
『さあ、ドロップ品を回収して。魔法陣を起動させて帰るんでしょう?』
「「「!!」」」
そうだった!
あれだけ心の中で「帰ることに専念して早くダンジョン出るんだ」とか決心しときながら目先のお肉に心をとらわれてしまっていた!
なんて不甲斐ない私!
貪欲か!
家族に顔向けできない…。
唖然としていたリヒトとロティルも我に返り、リヒトは魔法陣を探しに、ロティルは私のところに来た。
「お嬢様…」
なんともいえない顔をしている。
でもそんなロティルの顔をみて私はちょっと安心して、冷静になれた。
ドロップ品を全て回収。
大き過ぎるお肉の塊はロティル達の【アイテムボックス】の魔具には入りきらないから、私がせっせとドロップ品を回収するのさ。
『もう大丈夫そうだし、わたし達、そろそろお暇しようと思うの』
「『え?』」
私と瞬獺が驚く。
私達って事は、美亀乃さんと瞬獺を送還すると言うことになるんだよね?
「おにくは?」
『わたしはいいわ。シュンタちゃんはまたあとで召喚してもらいなさい』
『えーー』
『わたし達は大勢の人前にでるべきではないわ。美しすぎるわたしたちはひとの欲を駆りたててしまうもの』
なるほど。
美亀乃さんの甲羅はまるでひとつの巨大な宝石のようだし、瞬獺の毛皮は成り金のマフラーになりそう…。
『うー、わかった。ファルちゃん、後でぜったいまた呼んでね!』
何かを想像したのだろう。瞬獺は一瞬ぶるりと体を震わせ、納得の返事をした。
「わかった。必ず」
約束し、私は美亀乃さんと瞬獺を送還した。
二人がいなくなると一気に場が静かになる。
残っているのは寡黙系の3人ですからね。
ちょっとだけさみしさをかみしめていると、間を読んだようにリヒトが声をかけてくれた。
「あちらに魔法陣が見つかりました。ここは特殊階層だったようで、どの階層にも属してない、隠し階層と言われる場所だったようです。選択肢は帰還のみでした。…帰りましょう」
リヒトから差しのべられた手を取る。
そっか。
帰るんだ。帰れるんだ。
キュっとリヒトに指を握り、もう片方の手でロティルと手をつなぐ。
3人で一緒に魔法陣へと進んだ。