003 気になるあの子は黒髪黒眼
~エリオットの事情~
災難としか思えない。
それとも人災か。
どちらにしても、押し付けられるべくして押し付けられた感じではある。
それにしてもどうだっていい。
自分はただ王族に仕え、護り、そして散りゆくだけなのだから。
幼いころより家族とはそりが合わなかった。
家から追い出されるようにして、それでも昔からの名家としての体面を保つために半ば強引に実家から遠く離れた王都の騎士学校に入れられた。
俺としても都合が良かったのでこの事は黙って親の言うことを聞き入れ、騎士学校に入った。
騎士学校は全寮制で、卒業と同時に騎士見習いとして国に仕えることになる。
試験の結果であらかじめ振り分けられ、俺は近衛騎士学科へ入ることになった。
とくに希望もなかったので、振り分けられるままに授業を受け、なんの問題もなく卒業する事が出来た。
卒業と同時に近衛騎士団への配属が決まり、城が職場となる。
職場は思った以上に殺伐としたものだった。
王国騎士団と仲が悪いと聞いてはいたが、過剰と思えるほどの仲の悪さだった。
王家の前ではなんとか体面は保っていられるものの、王家の目から離れるとそれはもう酷いものだった。
何故こんなにも仲が悪いのか分からない。
伝統的なものだと言われてしまえばそれまでだった。
だとしても俺にはどうでも良かった。
俺の仕事は王家を護ることなのだから。
王族が夏の避暑地へ向かう際の旅路、盗賊に襲われ、同時に魔物に襲われた際、武功をたてたとして貴族位を賜った。
その後も王族を暗殺者から守ったとして陞爵。
気付けば侯爵となっていた。
給金や貴族手当は多く入るが、生活はほとんど変わることはなかった。
そんな中、事件は起こった。
些細なことを引き金に、近衛騎士団と王国騎士団が衝突。
俺は護衛の任務に当たっていた為、詳細はわからない。
それでも被害は甚大で、誰かが責任をとらなければならない。
その誰かはそれぞれの団のトップとなる。
各長は辞任し、次期長となる者にも責任を取り、かつ次がないように戒められた。
それが婚姻。
何をバカなと思ったが、王はほとほとうんざりし、余程腹にすえかねていたようで、真面目に命を下していた。
よって次期近衛騎士団長と次期王国騎士総長は力ある未婚の者をと言うことになり、俺とロキシス卿がその地位に就くことになった。
就任の儀と同時に、婚姻の儀がまとめて取り行われた。
貴族同士の婚姻だからと言って大々的にするわけでもない。
王命による婚儀。そこに華やかな祝福などない。
それは一種の戒めだったのだから。
それでも祝儀として屋敷と金銭をもらえた。
寮から通う方が断然近いのだが、仕方ない。
これも一つの罰なんだろうなと思った。
夫婦と言っても人それぞれで、別居生活する夫婦もいるなか、俺とロキシス卿はこの屋敷でそろって暮らさなければならない決まりになっていた。
そして仕事の話も大体はこの屋敷で二人であらかじめしておき、それから団員に通達するようにとも言われている。
屋敷の中ではどんなに醜く言い争いや武力行使をしようとその屋敷の中だけの最小限で済むからだろう。
前回は王家も監督責任を問われた為、騎士団同士の城内での諍いごとに王も嫌気がさしたのだろうと察せられる。
就任の儀と婚姻の儀が恙無く終わったその夜から、俺とロキシス卿はこの館で過ごすことになる。
もちろんお互い話すこともなければ生活空間を共にすることもなかった。
食事もそれぞれ別室で取ったし、話し合いがある時はそれぞれの従者に相手の都合の窺いをたてさせ、屋敷内に設けた会議室で事務的に話し合った。
そんな日が1年過ぎ、そろそろ子育ての義務について本格的に話しあわなければならなくなり、その議題を消化するうちに、お互いがいつの間にか名前で呼び合い、自然体で話し合えるようになっていた。
子供を引き取るなら自分たちの子としてきちんと育てる。
貴族家の教育をする。
貴族家の子として育てるのなら魔力が豊富な方が望ましいが、それだけにこだわることはしない。
まずはこの事だけを決めた。
それからは休みが合う度に二人で何軒かの孤児院を回った。
一通り孤児院を見てまわって、それから改めて決めようと話していた。
しかし、最後の孤児院を訪問した際、その子はいた。
とても魔力が豊富な子だった。
部屋の隅でポツンと壁に向かってぼんやりしていた。
そしてなにより、黒髪と言うのが特徴的だった。
あぁ、だからこの子はずっとここにいるのか。と納得できた。
と言うのも、どの孤児院にも魔力量が豊富な子は既に引き取られていた。
でもこの子はいくら魔力量が豊富でも黒髪だと引き取り手が戸惑う。
そしてよく見れば黒眼。
半数以上の貴族家が忌避する色だ。
災いを齎す、と言っていたか。
それも一部の貴族や商人にだ。
全部の貴族や商人に当てはまるわけではないが、噂だけは広まってしまったようだ。
普通の平民はそんな事気にしていないようだったが。
それに一部の貴族や王族の間で、黒髪を気にする貴族や商人は信用してはならないという話も聞いたことがある。
どちらの話が本当かは分からないが、正直どうでもいい。
なんなら実家が黒髪を忌避していたのを知っている分、後者の話を支持したくなる。
それに、この子はどうやら女の子なようだし、騎士団長の家の子として育てるのなら女の子ぐらいで丁度いいのではないだろうか。
程ほどに護身術と魔法を習わせ、普通に貴族教育をし、普通に貴族家の令嬢に育ってくれればいい。
男の子だとそうはいかないだろう。騎士家の子として厳しく育てなきゃならなそうだ。それも正しい事なのだろうけど、いざ子育てするとなれば、やはり子は可愛がりたい。
軽くアレンジークに聞いてみたが、彼も同意してくれた。
それからは黒髪の女児を引きとることを前提に話をすすめた。
子供部屋を作り、家具や身の回りのものを揃えたり、そんな話をするうちに、アレンジークとは完全に打ち解けていた。
アレンジークは結構話のわかる、正しくも清々しい性格の男だった。
引きとる子の為に、なるべく子供と年の近いメイドと護衛を揃えたり、そのサポートにベテランを就かせたりと甲斐甲斐しさまで見せてくれた。
職場での「俺様」な態度は全くない。あれは何なんだろうかと言うくらいプライベート時の彼の真摯で爽やかな態度、これもいったいなんなんだろう。
そんな彼に、彼の気さくで話しやすさも影響し、ガラにもなく色々な事を話してしまう。
黒髪のあの子を我が家に迎え入れる方針に決まってから、色々なことがうまく回るようになった気がする。
気分的なものかもしれない。けどアレンジークをはじめ、家に仕える者たちとも身構えずに話せるようになったかもしれない。
子供を迎え入れるにあたってかなり多くの用事を頼むようになった為、慣れも生じてきたというのもあるかもしれないが。
昔から俺の傍に仕えてくれていた者によれば、最近の俺は物腰が柔らかくなったというが、それについてはあまり実感はなかった。
それもたぶん生活が変わって他人と多く接するようになったから多少は周囲に気遣うよう心がけるようになったから…。
そうか。
いままで俺は周囲に気遣うことはしていなかったかもしれない。
子供を迎え入れることは、俺にとって大きな変化をもたらしてくれた。いい方向に。
血のつながりは全くないが、これから我が子となる子には自分と同じ轍は踏んでほしくない。
俺は率先して我が子を可愛がろうと思う。
したい事はさせ、自由な思想を持たせ、のびのびと育てていきたい。
~とある孤児院の職員~
私はローラ。
くたびれきった孤児院の職員をしている。
ある日、時々あるように、孤児院の玄関前に赤子が置かれていた。
またいつもの子捨てか。
そう思って、赤子が収まっている籠を持ちあげ、急いで院内に入り、院長のもとへ報告に行く。
「あら、また?」
院長も「困ったわねえ」と言いつつも、優し気な視線を赤子に向ける。
このお人はなんだかんだ子供が好きだ。
孤児院の経済は火の車だが、かといって赤子を放ってはおけない。
「あらあら、めずらしいこと。黒髪だわ、この子。それに…訳ありかしら? よく見れば籠もおくるみも上質なものだし、なによりこれって…」
確かにそうだった。
院長の言う通り、籠も赤子を包んでいる布も上等なもの。
赤子を抱いている院長に変わり、院長の視線の先にあった小袋を籠から取り出すと、その中には金貨が入っていた。
それも何十枚も。
「ま、まあ…なんということでしょう。手紙なんかは入っていないの?」
「はい。これ以外は何も」
「そう…ここで育てる以上、この子の為だけにそのお金を使うことは出来ないけれど、大事に使わせていただきましょう」
「そうですね。まずは雨漏りを直しませんか?」
この孤児院はいたるところで雨漏りが発生し、雨の日が続くと寝具はびしゃびしゃになるし、おちおち寝てもいられなくなるくらいになる。職員も子供たちもその頃は寝不足と体温の低下で体調を崩しがちになってしまう。
「そうね。あとはおいもをたくさん買おうかしら」
大量に購入すれば安くしてもらえますからね。
それも良いと思います。
芋は日持ちするし、小麦より安いですから、子供たちもいつもよりはたくさん食べられるでしょう。
その後も院長と話し合い、細々として修繕や補修にお金を使わせて貰うことにした。
そこでまたお金が余るようなら食費に使わせて貰おうという話になった。
この孤児院では子供を受け入れる一方で、孤児達が自立して院を出ていく以外ではなかなか子供が減らない。
貧民街にある孤児院と言うこともあってか、なかなか引き取り手が足を運びたがらない。
それでも孤児院の前には捨てられる子が多い。
悪循環でしかないが、それでもここの院長は子供達を見捨てられない。
自分の食事を減らしてでも子供に尽くす。
そんな院長に、私も育てられた1人。
ある日から、ぽつりぽつりと里親になりたいという人達が院を訪れるようになってきた。
院長は雨漏りや壁の穴を補修したからだと言うけれども、それだけで里親候補が見に来てくれるほど甘い世界だろうか?
そのうちに毎日と言っていいほど当院を里親候補たちが来るようになり、孤児の世話や対応に追われる。
それでも院を訪れた人達が多少の心付けを置いて行ってくれるので助かる。毎日ジャガイモだけだったスープに、豆と、少ないけど野菜を入れることが出来るようになったし、院を卒業し、冒険者としてやっていけるようになった元孤児達が、自分達が狩った魔物の肉を差し入れしてくれ、週に一度は肉を子供たちに食べさせることも出来るようになった。
孤児院の運営は順調となっていた。
それでもまだ貧乏孤児院ではあるけれど。
そんな中、例のあの黒髪の子が倒れているのを他の職員が見つけ、ちょっとした騒ぎになった。
私と、それから院長がその話を聞き、青ざめる。
しかしたまたま回復魔法が使える冒険者がボランティアでやってきていて、最悪の事態は避けることが出来た。
比較的に他の子よりは注意してあの黒髪の子の面倒は見るようにしていたのに。ちょっと落ち込んだ。でも無事でよかったと安心もした。
院長の言う通り、孤児院を補修できたおかげでこの院がまともな運営が出来て来たのだとしたら、きっとこの子のおかげで今がある。それなのに、この子に何かあったらとおもうとゾッとする。
これからはもう少し多めに様子を見ていた方がいいかもしれない。
と思ったんだけどね。
もう、ね。職員が目を離した隙にあの子はいつの間にか倒れるようになっていた。
心配して掛け寄り、回復術師に見せたりもするけど異常はなく、疲れているだけだと診断される。
疲れるような事は一切させていないはずなのに。
もしかして他の子より体力が著しく低いのかも。そんな子はたまにいる。軽い運動しただけで倒れる子が。きっとこの子もそうなのだろうと思った。だとしたらもっと気に掛けていた方がいいのかもしれない。
そんなあの子も里親が決まった。
まさかの貴族家だった。
しかもきちんとした養子として育てるとか。
孤児が貴族家で、まともな養子として育てられるのはとても稀なことだ。貴族家に引き取られると言ったら大体が丁稚の様な扱いだ。成人するまで衣食住の保障をする代わりに家の手伝いをさせるという。
それでも孤児院で過ごすよりは待遇はいい。
個室を与えられ、食事もきちんとしたものが取れるし、多少とはいえ給金がもらえるから。
でも心配が過る。
黒髪の噂を聞いたことがある。貴族や商人が嫌がるとか言ってたっけ。
でもあの子を引きとりたいと言った貴族様はあの子の髪色や病弱さを気にした様子もなかった。
あの子と話してみて、あの子が嫌がることもなかった。
なら大丈夫なのかな。
もちろん他の子にだって同じように願うけど、あの子にも幸せになって欲しいと思う。