ゲーム
僕は山村浩司、32歳独身。
今日はゲーム仲間とリアルで飲み会に来ている。今日は四人。普段はオンラインゲームでつるんでいるメンバーだ。僕の元同僚で先輩の杉田さん、そしてその友達の滝野さん、それから紅一点の中川さんは、まだ来ていない。他にも一緒にやっているメンバーはいるけれど、比較的家が近いのでたまにこうして、リアルでもつるんでいるんだ。
僕は医療機器メーカーに勤務している。その前は車の部品を作るメーカーにいたのだけれど、自動車業界は浮き沈みが激しく、ほとほと嫌になってしまった。海外向け製品が主だった為、世界情勢などの影響を受けてしまうのが理由の一つでもある。
安定志向の僕は、医療業界を選んだのだ。仕事自体は前と変わらない。機械を作る機械を作る仕事だと言ったら分かりやすいだろうか。前の仕事も会社自体も嫌になってやめた訳ではないから、こうやって前から一緒にゲームをしている先輩とも関係が続いているという理由。
滝野さんは柔和な笑顔が印象的だと思う。彼は営業職らしく、人当たりが良い気さくな性格。杉田さんは一見気難しそうだけど、喋ると明るくて冗談なんかも言う人で、職場ではギャップがたまらないと女子社員に人気だった。この二人はゲームで仲良くなって、よく飲みに行く様になったのだとか。
僕は四人がけのテーブルの、向かい側の席に座る杉田さんと滝野さんの左手の薬指に嵌る、指輪をチラリと見た。二人とも既婚者だからだ。
杉田さんや僕の様に技術職の人間は、手先を使うため、指輪が仕事の邪魔になる。だから、既婚者の人でも面倒臭がって、結婚指輪をつけていない人が多いんだけど。でも杉田さんは、律儀に仕事始めに指輪を外し、仕事終わりに嵌めている。そんなところも、僕は好感が持てて好きなんだ。奥さんとも仲が良くて、子煩悩で。彼みたいな家庭を築けるなら、結婚も悪くないと思う。いや、その前に彼女を作らない事には、お話にならないんだけど…。
「ミッチー、オムツデビューだって。」
滝野さんがビールを飲みながら、思い出したかの様にフッと笑った。ミッチーもゲーム仲間だけれど、遠方に住んでいるので会ったことはない。
「あら、ついに?大学、大丈夫なのかねぇ?」
杉田さんは苦笑いした。ハマってるんだなぁ…。時間がある大学生が羨ましく感じるのは、僕が社会人だからだろう。
「一、二回生の時にビッチリ詰め込んで、単位を取ってるから大丈夫なんだと。」
その辺の抜かりなさは、冷静沈着キャラの彼らしい。
「最近はもっぱらゲームかバイト、たまに大学って順番らしい。」
ゲーム中、席を外したくない人はオムツをするらしいと聞いた事がある。僕はまだその境地には至っていないが、それはそれで別の気持ち良さもあるのかもしれないとも思う。でもどうせなら、そう言う楽しみは、老後まで取っておきたい。
スマホが震えてメッセージが届いたのに気付く。
「中村さん、駅着いたから、もうすぐで着くって。」
僕が報告すると、杉田さんが何か言いたそうな顔をした。業務連絡にしかスマホを活用してないのか?と呆れた顔をする。
「どうして山村は、脈があるって言ってんのに、俺の言葉を信じないんだ!?」
杉田さんは、まだここに来ていない中川由貴さんと僕をくっ付けようとしていた。それは僕が彼女を好きだから、と言う理由だからなんだけど…。
「…だって、怖いし。」
折角仲良くなったのに、この関係が壊れてしまったらと思うと、怖くて出来ないんだ。意気地が無いのはのは自覚しているんだけど。
「ゲームでは勇猛果敢な、頼り甲斐のあるキャラなのにね。」
滝野さんも苦笑いだ。
「リアルだと、何でこうなのかなぁ?」
そもそも、ゲームとリアルじゃ違うでしょ?性格が出たりはするけれど、恋愛はまた別だと思う。
「それより、順長に出世してるらしいね、山村。入社して一年経たずに課長だって?」
杉田さんはビールを飲みながら、ニヤリと笑う。
「人手不足なだけですよ。残業代が高くつくからでしょ?名ばかり管理職ですよ。」
「出張でまた、フィリピン?」
滝野さんも焼き鳥を頬張りながら、僕を見る。
「そうなんです。明日出発予定で。」
建設中の工場のラインを組む仕事の為、二ヶ月に一度ぐらい、二週間ほど向こうに行っている。ホテル生活は快適だけれど、インターネット回線が不安定なのが困る所でもある。
「実は転勤の話もあったりするんですけどね。」
「もしそうなったら寂しくなるなぁ。こうやって会えないだろう。」
「独身だから、断る理由もないし。」
独身って身軽だと思われるんだよなぁ、仕方ないけど。
「転勤…、大変だなぁ。」
「でもまだ…。」
正式に告げられてもいない話だ。
「あの…、さっきの話って…。」
振り返ると今日一番会いたかった彼女がそこに居た。相変わらず可愛いなぁ、なんて頬が緩みそうになる。
「ああ、気にしないで。」
ただの可能性の話だし。
「ビールで良い?」
「…はい。」
いつもの様にゲームの戦略や、PCの環境の話をしているのに、何故か彼女は浮かない顔で…。どうしたのかなぁ?と思いつつ、踏み込んだ質問をするのは躊躇ってしまう。
時間が経つにつれ、彼女の笑顔が戻ってきてホッとする。仕事で何かあったのかも知れないけど、今、ゲームの話をしている彼女は笑顔だ。
グラフィックボードは、やっぱりここのメーカーでしょ?とか、CPUはどうだとか、マニアックなゲーム好き故の会話が楽しいのだ。引かずに、この会話についてくる彼女は、やっぱり素敵だと思う。
年上二人は二軒目に行くらしい。お酒があまり強くない僕と中川さんは、早々に離脱するのがいつものパターンだ。あの二人に合わせていたら、身体が持たないから。彼女を改札まで送る為、並んで歩くのもいつもの光景。
隣にいたと思った中川さんが、いない。背後を振り返ると、僕から三歩ほど後ろに俯いて立ち尽くしている。どうしたんだろう…。そう思って近付き、顔を覗き込むと、瞳に涙が滲んでいた。
「どうして泣いてるの!?」
慌てふためいて、話し掛ける。さっきまで笑顔だったよね!?
「…どうして平気なんですか!?」
平気って何がだろう?どうすれば良いのか分からなくて、彼女の前に立ち尽くす事しか出来なかった。
「…いつ行くんです?」
出張の事かな?
「明日だけど…。」
「どうして、そんな大事なことを話してくれないんですか!」
瞳に滲んでいた涙が、耐え切れず流れた。
「だっていつものことだし…。」
「いつもの事って、期間が違うでしょう?」
彼女の瞳から、どんどん溢れ出てくる涙に、僕は成す術もない。
「期間…、期間?」
頭をフル回転させて、彼女の言葉の意味を考える。どんな会話をしていたっけ?あれ?もしかしてと思い当たる。転勤の話をしていた時に、彼女が来たのを思い出した。
「あの?何か勘違いしてない?」
「勘違い?」
「…確認なんだけど、僕がいなくなったら、君は平気じゃないのかな?」
僕は狡い質問をしていると自覚しながら、彼女の反応を伺う。
「……。」
耳まで真っ赤な君は、その場にしゃがみ込んだ。もしかして、もしかして…?いや、でも…と臆病な自分が顔を覗かせる。
…だけど、もしかするなら…もしもそうなら、言うなら今だ!タイミングと言うものが大切なのは、ゲームもリアルも一緒だろう。
僕は腹に力を入れて勇気を振り絞る。勇猛果敢なキャラクターに、自分を重ね合わせて…。
「あの…さ、付き合ってください!僕はずっと君が好きだったんだ。」
「本当?」
彼女が顔を上げて、目を見開いた。
「本当。」
僕はしゃがみ込んだままの彼女に、右手を差し出す。そしてポケットからタオルハンカチを取り出して、左手で彼女に差し出した。逃げ道を用意する辺り、僕は勇猛果敢なキャラにはなれそうもない。
だけど、彼女が掴んだのは僕の右手で…。恥ずかしくて…、でも嬉しくて。
「転勤は、決定事項じゃないからね?」
「…良かった。」
中川さんは微笑んだ。そして僕達は、めでたく付き合う事になったのだった。
「詐欺だな。」
冷静な声で、杉田さんは言う。
「だな。」
杉田さんの隣の滝野さんも頷く。出張先のホテルの部屋で、パソコンの画面越しに向かい合っている。向こうは居酒屋、酒好きコンビはまた飲んでいるらしい。連チャンですけど!?
「違います!わざとじゃないです!」
人聞きの悪い事言わないでくださいよ。あなた達もその場に居たくせに!
「ゲームでは頼りになるのに、リアルではからっきしだもんなぁ。山村が奥手過ぎて心配してたんだけど。やっとかぁ。…長かったな。」
杉田さんはビールを飲み干した。
「まぁ、何はともあれ、上手くいって良かったよ。由貴ちゃんの勘違いに感謝だな!」
滝野さんもハイボールをグビリと飲んだ。
詐欺師扱いはされたけれど、心から祝福してくれているのは分かる。おめでとうの言葉に、愛が籠もっていた。
僕はFaceTimeを切って彼女を思う。知らずに顔がにやけていた。帰ったらゲーム三昧の生活が待っている。もちろん隣には君が居るんだ。
初めましての方も、いつもの方も、お読みいただきありがとうございます。
私はゲームが昔から苦手でして…。いわゆる才能が無いと言うか、根気が無いと言うか…。RPGを一度たりともクリアしたことが無い人間なのです。どれ程のものか、お察しくださいませ(笑)
そんな私が書いた話なので、変な所があったらごめんなさいなのですが、書いちゃったから読んで欲しいな♪と思って投稿致しました。
感想頂けると嬉しいです☆ではまた!どこかで♪