【改稿】お姉様、ずっと笑っていて。
───前書き────
どうもこんにちは!
この度、『貧乏性の公爵令嬢』が週間に逆戻りしたということで、お詫びとして登場人物を主人公にした短編を2作品書き下ろしました。イェーイ!
『筆頭執事は今日もおつかれです。』と共に本日初公開で、こちらはアリコスの弟、リドレイが主人公です。
《当作品は2019.11.5に思い切って改稿しました》
それではお楽しみください。
僕自身も、誰も知らないけど、この世界は実現しない。
だけど実現する世界がなんなのか、この世界の人は誰も知らないだろう。
とにかくもうずっと昔に、別次元では一瞬でこの世界が生まれた。
いつだったか、それと同時に僕らには聞こえない次元で、システム音が鳴り響いた。
[システムが起動。恋愛シュミレーションゲーム、『ディア・ラブ』の世界が構築されました…]
「NCP : リドレイ・カルレシアの情報を開示」
だれかが言った。
そのだれかがだれなのか、どこのだれなのか、僕らは知らない。
きっとそういう風にできているんだ。
[読み込みを始めます……完了。表示…再生……]
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「アリーお姉様、アリーお姉様!」
「なあに?」
肩を叩けばアリーお姉様は、女神のような笑顔で僕に笑いかけてくれる。
それが僕の、アリーお姉様の一番好きなところだ。
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なぜか僕には記憶の大半がない。例えば一日、24時間の中で僕の覚えている経験はたったの2時間程度だ。
『リドはまだ子供だから』
いつかレイお姉様が言っていた。
だから子供はみんなそうなのだろうと、僕は思っている。
気付いた時には、家から出たことがないのに友達はできているし、お父様がつけた家庭教師からの宿題も終わっている。
でもひとつ悲しいのは、気付いた時にはアリーお姉様が笑わっていないことだ。
だから僕は、いつもいつもアリーお姉様の気を引こうと頑張っている。
アリーお姉様の勉強においつけるように、記憶のある時も勉強をする。
アリーお姉様に見せられるくらい、上手な絵を描く。
アリーお姉様の部屋に行って、寝る前にわっと驚かす。
アリーお姉様に喜んでもらえるように、好きでもない剣の練習を始める。
アリーお姉様のドレスをこっそり隠してみたり。
アリーお姉様宛にラブレターを書いてみたり。
でも、どれも失敗に終わった。
いつも「なあに?」で終わってしまう。
そのたった一言で、機械仕掛けのように声が聞こえなくなってしまう。
それはきっと、僕がアリーお姉様の気を十分に引けていないからだ。
5歳分の穴を埋められるほど、僕は勉強ができなかった。
「アリーお姉様、アリーお姉様!」
「なあに?」
「12×12は?」
「144よ」
「アリーお姉様、僕っ」
「………………………」
「…あ。アリーお姉様、アリーお姉様!」
「なあに?」
「僕、13×13もできるよ。169。すごいでしょ!」
「そうね」
「「……」」
絵は大好きなアリーお姉様に見せられるほど、上手に描けなかった。
驚かせるのは帰ってきたら帰ってきたらと思っているうちに、僕が寝てしまっていた。
剣は最初から僕には重すぎて、持てるくらいにはいった。
「アリーお姉様、アリーお姉様!」
「なあに?」
「みてて。…ほらっ持ち上がったっ。すごいでしょ」
「そうね」
「僕ねっ」
「………」
「…あ。アリーお姉様、アリーお姉様!」
「なあに?」
「僕、アリーお姉様の騎士になるんだ」
「頑張ってね」
「……僕…」
「…………」
ドレスは翌日には新しいのが届いていた。
一番成功したのはラブレターだ。
「アリーお姉様、アリーお姉様!」
「なあに?」
「これ読んで」
「…ふふふっ……」
「どうだった?」
「………………」
「あ、アリーお姉様、アリーお姉様!」
「なあに?」
「そのお手紙、どうだった?」
「ええ、リドは可愛いわね」
と言われた。
つかの間、魔法書から目を離して、こうして頭を撫でてくれるアリーお姉様が好きだ。
大好きだ。
初めてのことで至福の時間に感じる。
この温もりを全身で感じようと目を閉じる。
ふと頭に触れる手が止まった。
手の重みがなくなった。
目を開ける。
もうその瞬間には、笑顔が、消え去っていた。
見なければよかったといまでも何度も後悔している。
アリーお姉様は僕なんていないかのように、魔法書を読み込んでいる。
ほろりと涙が落ちた。
泣くなんて男らしくないと言われるだろう。でもこの時だけは精一杯泣きたかった。
そうして僕は部屋を走って出て行った。
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僕の話せた人は、みんな、合言葉を話さないと応えてくれない。きっと人はそういう風にできているのだろう。
「アリーお姉様、アリーお姉様!」
これがアリーお姉様こと、アリコス・カルレシアの合言葉。
だから今は、アリーお姉様をみつけたら、走っていって声をかけるようにしている。そしてすぐにまた合言葉をかける。それならずっと笑ってくれる。ねえ、そうでしょ?
でもその事をアリーお姉様は覚えてないって言うんだ。
みんな時間がズレている。
前から僕は思っていた。
いつも誰かは、僕が一緒にいたように、僕の知らない話をする。
一日中ずっと僕の隣にいた人は、僕の今日あった話を初めて聞くように驚く。
それと、合言葉で話しかけたことも、覚えていないという。
「───何があるの?」
答えてくれる人はいない。
でもそれは答えが出る前に、消えていく。
それはお父様が、キデンを作った日だ。
日が南に登りきった時、お父様の研究室から発された光が世界を包んだ。
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異空間にて突如その音声は再生された。
[ユーザーが確認されました。ゲームが起動ししししし……sisss…しました]
異空間で、人工知能研究家ならびにゲームクリエイターと呼ばれるその男は、巨大スクリーンのパソコンに対峙していた。
本物の人間をゲーム世界に取り込んだ、業界初の試み。
これが成功したということらしい。待ちに待ったことだ。ようやくかと、男は胸を高鳴らせ声を発する。
「ユーザー確に…」
しかしその声を遮るように、前のアナウンスから数秒の間をあけず警報が鳴り響いた。
[警告、電圧が高すぎます。警告、ソフト内部からシステム一部破壊が確認されました]
「ん、ショートか」
なるほど。要はAIの暴走か偶然だが、なんせ人間並の知能と行動力をもつキャラクターの動く世界。確率は低くみていたが、これも予期していたことだ。私の焦ることではない。
「破損の割合は?」
[30%から90%……40%から90%…]
膨大な情報と機能で作られた、最先端リニューアルゲーム世界。それだけにシステムの解析が遅い。
この事態には対処法を定めていないが、時間が命取りだ。
男は気を揉んだ。
「もういい。予備サーバに切り替え、復元を開始」
[復元可能部分を割り出します…26%……37%……98%………100%。復元を開始しししししし…sssssss……ます]
「どうした?」
[システムの破壊の可能性がががが…gggg……復元が間に合いま…せ……n……]
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その光が目の前を通り抜けていったことを、僕は知っている。
目で見ていた。
光が、見えた。
友達にも話したけど、誰も知らない。だからそれを知っているのは僕だけらしい。
これもなんでかなんて、誰も答えてくれる人はいない。
でも僕は昔から、スープだけで入ってる具材がわかるし、匂いだけで何が夕食かわかるし、細かい葉っぱの模様も目で見えるし、近くにいればどんな小さい音も聞こえてくる。
そういう不思議な力をひとまとめに、『スキル』というのだと、こないだ、マリコッタさんに習った。
だからその時には、僕のスキルが動いていたんだろう。なんか特別な気がする。
とにかく、そこから僕の記憶は飛ばなくなった。
「アリーお姉様、アリーお姉様」
「なあに?」
「あのね…」
なんと言えば聴きたい一言が返ってくるか、僕はいつものように考える。
「うふふふっどうしたの」
なんてことを。またやってしまったらしい。待たせてしまうとこんな…
顔を上げると口角と頰の上がったアリーお姉様が目に入る。
…に?…こんな……
いつもの微笑んだアリーお姉様じゃない。だけどその表情を僕は知っている。
「…アリーお姉様が、笑ってる!」
リドレイは思い切り飛びついた。
アリコスは今日も魔法書の勉強をしていたが、ペンを置いて、そんなリドレイを快く受けとめた。
「なによ、私だって笑うわよっ?」
アリーお姉様はそうして少し怒ったように、膨れてみせる。
初めて見る表情だ。
「あのねあのねっ」
言葉が溢れそうだ。
すごくすごく胸がドキドキする。いつになく笑ってしまう。言いたいことがありすぎて、下が絡まって言葉になりそうもない。
どうしよう、すごくすごく嬉しい。
「ふふふっ。私、聞いてるわ。ゆっくり話して」
アリーお姉様は真摯に、膝に座る僕を見てくれている。本当に僕だけを。
「アリーお姉様、なあにって聞いて」
「わかったわ。あぁリドはかわいいわね」
アリコスはぎゅっとリドレイを抱きしめた。
アリーお姉様が笑っている。
ころころ笑っている。
こっちの方がいいよ、アリーお姉様は。
お願い、ずっと笑っていて。
「いくわよ?」
だから僕は、
「なあに?」
お姉様を守れる騎士じゃなくて
「お父様みたいな、ケンキュウシャ《研究者》になるよ!」
アリーお姉様は目を丸くした。
猫みたいだ。
あ、でもこれは
驚いてくれている?
「アリーお姉様、アリーお姉様!」
「一回でわかるわよ」
「本当に?」
「ええ」
「本当のほんとに?」
僕のそんな言葉にアリーお姉様はまた笑う。
今度は僕らが家庭教師、マリコッタさんに教わった、ゆうがな笑い方だ。
このアリーお姉様も好き。大好き。
「本当のほんとに。それでなあに?」
アリーお姉様は穏やかに応える。
「いつまでも僕のお姉様でいて?」
「もちろんよ。願ったりかなったりだわ。忘れないでね、約束よ?」
「もちろん!」
「「指切りしよう!」」
あの閃光の走った日から、僕の、僕らの言葉を交わす人全員に、文数の制限はなくなった。
合言葉の指定もなくなった。
隣にいれば同じ時間を過ごせるようになった。
だけど僕がそれに気がつくのは、制限や規則性の意味を覚えた時だから…ここから相当先の話だ。
➖完➖
最後までお読みいただきありがとうございました。
ーちなみにこの主人公は『貧乏性の公爵令嬢』にて絶賛稼働中ですー
https://ncode.syosetu.com/n7641fe/
なおこの話は、上記作品の第1部、本来の日常を元とし、アリコスの勉強中の会話はそこから半月後ほどを想定しています。