9 A GO GO!
心地よい青空が広がる今日は、絶好のお出かけ日和となったせいか、想像していたよりもずっと人が多かった。
構内も、電車の中も、沢山の人で溢れている。
それでも、通学時の満員電車に比べると人は少ない。
瑞希も私も、押し潰されるような事はなく、余裕をもって自分のスペースが確保できた。
「晴れて良かったね、今日」
「うん、いい天気」
瑞希も半袖のシャツを着ている。今日は暑くなりそうだ。
「そういえば、私瑞希の携帯番号知らないな。人多そうだし、はぐれた時の為に、番号交換しといた方が良さそうじゃない?」
今気づいたのだが、私は瑞希の電話番号を知らない。
避けてたというのもあるし、隣に住んでいるから、直接話した方が早かったというのもある。
「んー」
瑞希が微妙な表情をして斜め上に目線をやる。
「オレ、持ってないんだよね、スマホ」
「え?」
「いや買ってもらったんだよ、高校入学の時にお祝いで」
「使ってないの?」
「使ってみたんだけどさ…ライン始めてみたら、みんなにアドレス交換お願いされて、軽い気持ちで教えまくってたんだ。そしたら……ピコピコピコピコピコピコピコピコ、四六時中、いろんな子からメッセ届きまくって怖くなって解約した」
ぶっ。
思わず吹き出してしまった。
「人気者は大変だね~」
「笑うけどなぁ、ほんとーーに怖かったんだぞ、あれ。返事を打つより鳴る回数の方がずっと多いし、返事をしたらしたで、そっこー返事返ってくるし、ノイローゼになるかと思った…」
電車の天井を見上げる瑞希の疲れたような表情を見て、笑いが止まらなくなってしまった。
「む、笑いすぎ」
瑞希の手が私の口にぎゅっと覆いかぶさる。
手の温もりにどきりとして、笑い声が一瞬でどこかへ消えた。
「着いたよ」
手が離れ、口元に籠もっていた熱気が解放される。ほっとしたのも束の間、今度は私の手を掴んだ。
「こうしてたらはぐれないだろ」
人混みに紛れて、私はゆらゆら、手を引かれて目的地へと向かうのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「うわーすっごい人!」
入場ゲートの隣にあるチケット販売所には、既に行列が出来ていた。
開園まであと15分。
私達も並んでチケットを買う。
沢山の人を見て…なんだかふつふつと燃えてくる私。
「瑞希、絶叫系とか平気?」
「え?こういうとこ初めてだからよく分からないよ」
「そう…ふふふ」
不気味に笑う私に慄いたのか、瑞希の手が緩む。
今度は、私の方から瑞希の手を鷲掴みにした。
「行くよ、着いてきて!」
入場と同時に、弾かれるように、パーク内随一の絶叫系マシンの元へ、瑞希を引き連れて行くのだった。
遊園地は、朝一番が一日のうちで一番、空いている。
故に、一番乗りたいものの中で一番混みそうなやつを、一番最初に行く必要がある。
絶叫系は遊園地の目玉アトラクションだ。
中でも一番、強烈なやつほど、列は後半、伸びに伸びまくる。
急いでお目当てのアトラクションに着くと、列はまだ短かった。
パンフを見て、真っ先に目を付けたこのアトラクションは、傾斜角度が直角に近く、右へ左へ回転しながらパワフルに突き進む、とっても楽しそうなやつだ。
「これ乗るの?」
瑞希が不安そうにこちらを見る
「乗るの♪」
私たちは3巡目に席へと案内された。
迷わず最前列を目指す。
スタッフが、安全バーの確認をする。
「…これ、動くの?」
「動くの♪」
カタカタと機体が動き出す。
「……なんか段々、空に向かって上がっていくんだけど?」
「あとでちゃんと落ちるから、大丈夫だよ♪」
「え?え?えーーーーー?」
驚く瑞希と興奮する私を乗せて、コースターは一気に落ちて行き、そのまま回転し駆け抜けていった。
「…なんかまだ目が回ってるんだけど…」
「え、まだまだ始まったばかりだよ、次は、アレ!」
さっきのコースターとは違い、今度のアトラクションは回転がメインとなって楽しめるやつだ。
「ええと…ブランコみたいに高いところでゆらゆら揺れるのかな?」
瑞希がビクビクしながら聞いてくる。
「うん、ゆらゆら揺れて…そのまま座席がグルグル回転とかするかなっ」
ブランコも一回転、座席も一回転、ダブルで一回転するとっても楽しいやつです!
今度のアトラクションは、さっきよりも列が長い。
それでも少しずつ前へ進んでいく。
「ねえ、段々近づいてくるね…」
「当たり前じゃない、だんだん離れていく列なんて誰も並ばないよー」
あははっ。変なこと言う瑞希だなっ。
この後、テンションの上がった私は、瑞希がビギナーであるという事をすっかり忘れ、引きずり回してしまうのであった。
◇ ◆ ◇ ◇
「真紗、ちょっと、休憩、休憩しよ!」
瑞希がベンチに腰掛ける。私も隣に腰を下ろす。
時計を見るともう13時になっていた。いつの間に。
「ごめん、ちょっとはしゃぎすぎちゃったね」
「ううん、真紗が楽しそうにしてたから、いいよ」
ふわりとした笑顔で瑞希が言うので、なんだか申し訳なくなってしまった。
「遊園地初めてって言ってたのに、最初っから飛ばしてしまって…」
「あはは、あれはいきなりでビックリしたけど、慣れると浮遊感があって楽しいね。ただ…意外と終わった後に疲れが…」
「私全然疲れてないよ、なんでだろー」
思わず私も笑みが零れる。瑞希の方がタフそうなのに、意外で可笑しくなってくる。
周囲をざっと見まわした。
レストランは人が沢山いて、すぐには入れなさそうだ。軽食があちこちで売られているから、ここで食べる方が早い。
「瑞希はそこで待ってて、私なにかお昼買ってくるから!」
立ちあがって売店を目指そうとしたら、瑞希も慌てて一緒に立ちあがる。
「大丈夫、一緒に行くよ」
疲れている筈なのに、なぜか瑞希は、私と一緒に売店の列に並びだした。
◇ ◇ ◆ ◇
お昼の後は比較的穏やかな乗り物を乗った。
メリーゴーランドやコーヒーカップ、レーザーショット系や、ファンタジーの世界を眺めるやつとか、不思議ハウス系とか、色々。
正直、遊園地デビューなら、先にこういったものを回った方が良かったような気がする。
瑞希がまた疲れたようで、ベンチに座る。
もう17時を過ぎている。
夜のパレードもあるので、閉園までまだまだ時間はあるのだが、そこまで遅くは居られない。
もうすぐこの楽しい時間も終わる。
ベンチの傍にあるアトラクションに目がいく。私が一番好きなやつだ。
瑞希はだいぶ疲れているようなので、一人で向かう事にする。幸い、列は出来ていなかった。
「待ってて、一人で乗りに行くから」
空中ブランコ、丁度一人乗りのアトラクションだ。
瑞希が微笑んだ。いってらっしゃい、と、穏やかな目が語っているように見えた。
両手でチェーンをしっかり持つ。
音楽に合わせてブランコが舞いだす。くるり、くるりと回っていく。
宙に投げ出されるような感覚。
ブランコに乗っているのだけれど、このまま、空へと飛び出して浮かべそうな浮遊感。
魔法みたい。
まるで魔法にかかったヒロインみたいな気分で。
空に放たれる開放感。
くるくる踊りだす。私は自由に空を浮く。
やがてメロディーと共に動きが止まり、シンデレラになれた私の時間は終わった。
「ひゃっ」
ブランコから戻ると、冷たいものが首筋に当たった。
「飲む?」
瑞希が笑って、私にスポーツドリンクを手渡した。
「…飲む」
ひんやりとした首筋の感覚にむっとしたものの、のどが渇いていたので一気に飲んだ。
「そろそろ…時間かな」
名残惜しそうに私が呟く。
「そうだね、そろそろ帰らないと、遅くなっちゃうね」
「最後に・・遊園地の〆でも乗って、帰ろっか」
大きな観覧車を指さした。瑞希は軽く頷いた。
今度は瑞希が、観覧車まで私の手を引いていった。