8 魔法をかけて
日曜がやってきた。
憂鬱な私の心とは裏腹に、素晴らしく爽やかな青空が広がっている。
今日は瑞希と2人でお出かけ。
知ってる人…出会わないよね?
たぶん大丈夫と自分に言い聞かせて、ううんやっぱり誰かいるんじゃない?なんて思いが湧き上がってきたりして、さっきから心がざわざわ、落ち着かない。
8時頃まで寝ていようと思っていたのに、それより1時間も早く目が覚めてしまった。目を閉じても全く寝付けない。諦めてそのまま起きる事にした。
二段ベッドの片方はもう誰もいない。
部活のない日でも真琴の朝は早い。
取り敢えず洗面所へ向かい顔を洗う。
鏡に映る自分の姿をぼんやりと見つめてみる。
瑞希の顔を思い浮かべ隣に並べてみたりして、また憂鬱な気分になる。
「真紗、瑞希と自分を比べてんじゃないでしょーね」
鏡を見て溜息をつく私の後ろに、いつの間にか真琴が立っていた。なぜかバレてるしっ。
「あんなのと比べちゃだめよ。あれと比べたら誰でもヒキガエルよ」
そう言って洗面台の隣に置いてあるラックの引き出しに手をかける。上から3段目、真琴のスペースだ。
一本のスティックを取り出しキャップをあける。
「んんん?」
ぐりぐりぐりっと真琴が私の唇に押し当ててきた。
リップクリームの甘い香りが広がる。
「これくらい塗ってったら?ガサガサだったよ?」
唇に油っぽい違和感が広がる。真琴ってばこんなの使ってたんだ…。
鏡に向かい自分の口元を確認する。塗っているのが分かるような、分からないような微妙なピンク色。
いつもと違って、唇が特別に感じて、どきりとする。
ふとこの前のゆかりのメイクが脳裏に浮かんだ。
「私もお化粧してみたら、少しはマシに見えるかな?」
「…」
真琴が呆れてる。
可愛くなんて贅沢言ってないよ?
「私さっきも言ったと思うけど、瑞希と比べちゃだめよ?瑞希と比べたらこの前の美少女だって霞むわよ」
「そんな事言うけどさ、周りの人達にはきっと、比べられるんだよねぇ…」
周囲の視線って残酷なんだよ、真琴…。
「ふん。部外者の意見なんてカエルが鳴いてる位に思っておけばいいのに」
カエルとか無理だよ。どうしても人間の声にしか聞こえないよ…。
「まあ真紗が気になるって言うなら…」
真琴がニヤリと笑う。
「頑張るわよ、私」
「え?いや気にしない気がしてきたから大丈夫」
「先ずはこの髪どうにかしましょうか」
不穏な空気を感じる。なんだか嫌な予感…。
3段目の引き出しが開く。真琴が銀色の物体に手をかける。
「どうにか、って、なにそれ」
「ヘアアイロンだけど?」
「いや知ってるけどっ、何する気?」
「髪に当てる以外に使い道なんてないわよ」
私の髪を一房持ち上げる。ヘアアイロンが近づいてきた。
「ちょっと待った!」
慌てて動いた瞬間、耳に衝撃が走る。
「熱っ、耳熱っ」
「動くと熱いから気をつけてね、これ今200℃だから」
にっこりと威圧するような笑みを浮かべてまた、真琴が私の髪に手をかける。
これ…髪を挟む部分だけじゃなくて、周囲全部が熱いのか…なにこの焼きごて。
怖くなりぴたりと動きを止める。真琴の手は止まらない。
「真琴これ毎朝してるの?」
「そうよ」
「怖くないのコレ?」
「女の子って体張って綺麗になってんのよ、知らなかった?」
にっこりしたまま真琴が続ける。マジだ。
その後暫くの間、私は借りてきた子猫のように大人しくならざるを得ないのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
玄関のドアを開けると瑞希がいた。
なんて流れになると思っていたら違った。家の前には誰もいない。
そういえば駅で待ち合わせ、って言ったっけ。
ゆかりと香奈が来ないなら、駅なんて人の多いとこで待ち合わせる必要なかったな。失敗した。
1人でぶらぶら駅まで歩く。思いの外日差しがきつい。
ふと今日の格好に思いを巡らす。
真琴コーディネート。
『今日は暑いから長袖はやめなよ、この白のティアードワンピなんて可愛いし涼しげだよ。一枚でもいいけど、遊園地だしボトムにジーンズ足そうか』
『お日様対策で帽子は必須だわ、コレ被っていきなよ』
真琴が貸してくれたラフィアハットは、麦わら色でシックな黒のリボンが巻いてあり、とても可愛いかった。
ドキドキしながらつばの縁に手を掛け、なんだか居心地の悪さを感じる。普段、帽子なんて被り慣れていないので、余計に気恥ずかしい。
普段と言えば、学校ではずっと長袖のカッターシャツを着ているので、3分袖のワンピースは露出した腕がなんだか落ち着かない。フワフワしたデザインも着慣れなくて違和感がする。
そして、真琴に巻かれて、少しカールの付いた髪の毛…
なんかこれ、凄く気合い入ってるように見えちゃわない?
いや気合い入ってるけど。真琴の気合いがたっぷりと。
…
でもこの格好って…
……
なんかまるで…
………
………
…………デートみたいじゃないか………
ダメダメダメ!と首をぶんぶん振り、駅へと、足取り重く向かうのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
約束の10分前に到着した。
駅前は人混みとなっていたけれど、瑞希はすぐに見つける事が出来た。
白いTシャツに黒のボトム。
至ってシンプルな格好をしているにも関わらず、流れる空気が周囲と違う。
瑞希を中心にして切り取るだけで、一枚の作品が出来上がりそうだ。
真琴に作って貰った自分の姿が、急に恥ずかしく思えてきた。所詮はこの程度なのに、一生懸命になっちゃって馬鹿みたいと、誰かが笑っているような気さえしてくる。
どうして私は、一瞬でも、可愛くなれたような気分になったのだろうか。なんて痛々しい。こんなことなら、普段の地味な私の方がまだ良かった。
声がかけ辛くなり、思わず今来た道を家の方向へと引き返そうとした時、瑞希に見つかってしまった。
「おはよう、真紗」
ふわりとした笑顔を向けられ、居たたまれない思いが一層、胸の内に膨れ上がるのだった。




