7 どうしよう
もうすぐ中間テストが始まる。
憂鬱、憂鬱なテスト期間。
今朝も玄関のドアを開けると瑞希がいた。
憂鬱、憂鬱な駅までの距離。
沈んだ気分で地面を見ながら私は歩いているというのに…。
「明日からテスト始まるね」
爽やかな朝にとてもよく似合う爽やかな声をして、およそ爽やかでない内容の言葉を瑞希は言い放った。顔を見ると、お馴染みのふんわりスマイル。
何その嬉しそうな発言。
テスト楽しみなの?頭いいやつって好きなのテスト?
「瑞希は余裕だね、私さっさと終わって欲しい…」
本当に憂鬱なのはきっと、テストが返却された瞬間なんだろうけれど、もう蓋しちゃう。
「早く終わらせて遊びに行きたいね」
ふわりと瑞希の笑顔が咲き誇る。
いつもとスマイル度が桁違いな気がする。
あれ、もしかして結構、楽しみにしてる?
「オレ、遊園地って行ったことないんだよね。テレビで見たことあるけど、楽しそうなとこだね」
なんだかわくわくしている様子。
行ったことなかったのか。意外。
大通りに出て一気に人が多くなる。普段よりランクの高い瑞希の笑顔に、周りの視線が普段よりきつめに突き刺さる……気がしてずっと下を向く。
ゆかり、良かったね。瑞希はご機嫌なようです。
ゆかり、私頑張ってるよね、偉いよね。
だからお願い現れて…
こんなに嬉しそうな瑞希の隣、1人で歩くの、辛いんだよ助けて…
大通りに知った顔は誰もいない。
散々念じたにも関わらず、結局、駅に到着しても、ゆかりにも香奈にも出会えないのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「真紗、ゴメン!」
学校に着くと突然ゆかりに謝られた。いえ、感謝されるところなんですけど。
瑞希のOK貰えたんですけど。大喜びで褒めてもらうところだと思うんですけど。
「例のカレ、もういいわ」
あっさりとゆかりは言い放つ。えええなんだそれ…。
「実はその…こないだメイクしてくれた人が気になってしまって…土日もこっそり見に行ったの。やっぱり素敵でさー」
こないだのイケメン店員さんか。カッコいいけど相手は社会人。高校生とか相手にするかなぁ?
なんて思ってみたものの、ゆかりの勢いに圧倒され、口にできない。
「ごめん、テーマパークの件、キャンセルでお願い♪」
なんて軽やかなお断り。
私の頑張りって一体…。
初遊園地に浮かれていた今朝の瑞希を思い出す。あの隣で耐えてた私って一体…。
「ゆかりが行かないなら私も辞めるね~、乗り物とか、実は苦手なんだ」
香奈がホッとした様子で辞退する。
え、2人共行かないの?
瑞希……どうしよ?
◇ ◆ ◇ ◇
「ねえ真琴、来週の日曜、一緒に遊園地行かない?」
「行かない」
即答されてしまった。
「えー、好きでしょ?真琴って」
「遊園地は好きだけど、真紗と瑞希と3人で行こうとは思わないな。大体、ああいうところは偶数で行くものよ、1人あぶれるじゃない」
確かに、乗り物は2人シートが多い。
てか、瑞希が一緒って、なんで知ってるの?
「窓開けてすぐそこで話してて、聞こえてないとでも思ってんの?」
そうですね、あの時部屋には真琴もいましたね。
経緯は筒抜けのようですね。
「んじゃ、真琴も友達呼ぶ?」
「何言ってんの?誰か呼ぶなら、その子と2人で行くけど?」
提案したものの、即却下されてしまった。取りつく島もない。
んー、真琴ダメかあ…
瑞希と2人かあ…
「しょうがない、断るか…」
「なんで断るのよ。真紗ってば瑞希と2人で行くつもりで誘ってたんじゃないの?」
「え、違うけど?」
両手を腰に当て、ジト目をする真琴。なんだかコワい。
「友達に誘うようお願いされてさ、4人で行くつもりだったんだけど、2人に行かないって言われちゃって…」
「そんなの聞こえてこなかったけど?」
真琴が睨み付けてくる。キリリ系の真琴は目力があるので睨むと非常に怖い。声のトーンが普段よりずっと低いのもあってか、何とも言えない圧力を感じる…
一歩づつ私の元へとにじり寄ってくる。
「ああ可哀想、瑞希とっても可哀想」
「楽しみにしてるのにキャンセル、あー可哀想っ」
そんなこと言われると罪悪感かんじるんだけど。
今朝の瑞希の笑顔がちらついた。確かに、かなり浮かれていた…
「誘った責任とって、一緒に楽しんであげなさいよ」
真琴の強烈な圧力を受けて、否と言えない自分がいた。
◇ ◇ ◆ ◇
コンコンコン
瑞希の部屋の窓をノックする。
背後から真琴の強いオーラを感じる。
瑞希が窓を開け、顔を外に出す。私を見て、ふわっと笑顔をみせた。
「どうしたの?」
「瑞希、悪いんだけど日曜、私と2人でもいい?」
「…いいよ?」
「私と2人が嫌だったらいつでも言ってね」
「嫌じゃないよ」
「誘いたい人いたら誘ってきてもいいから」
「誰も誘わないけど?」
「見られたらまずい人いるなら、私、遠慮するから」
「そんな人いないから大丈夫」
「具合悪くなったらドタキャンしてもいいからね」
「風邪ひかないように気を付けるよ」
にっこり笑う瑞希。ううむどうしようか…。
カン、カン、カンッ
背中の方から、窓枠を叩きつける音がして振り返る。
真琴が冷気を漂わせて睨み付けてくる。
ひえっ。
怖くなって再び瑞希に顔を向ける。
いや別に私断ってないよ?
別方向への道を模索してるだけだよ?
失敗してるけど…
「えっと、日曜日…」
その後、次はなんて言おうか考えて、少し間が空いていると。
「楽しみにしてるから」
桜の花びらが舞うようなふわりとした笑顔を向けられ、私はそのまま、すごすごと部屋へ戻るのだった。